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27 私達の夢
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私の名前を名乗る聖女の正体がフェイだなんて、にわかには信じられなかった。
「フェイ、何を言っているの?」
たちの悪い冗談だ。そう思っていたのに、フェイはもう一度はっきりと言った。
「何って・・・・・・。だから、私がシアの名前を名乗ったの」
「どうして?」
「そろそろシアの実力を見せつける時期かと思ったのよ」
「私の実力?」
何を言っているのかさっぱり分からない。首を傾げると、フェイは「やっぱり覚えてないのね」と呟いた。
「あのね。昔、私達はお互いの夢について語り合ったの」
夢の話が"私の実力"というものに何の関わりがあるのだろう?
「だから、私の夢を知っていたの?」
フェイはこくりと頷く。
「シアは素敵な騎士様と結婚して幸せなお姫様になるんだって教えてくれたわ。そして、その後に私も自分の夢を話したの」
「そう・・・・・・」
フェイから打ち明けられても、それらしき記憶は全く思い出せなかった。
「ごめん、もう一度フェイの夢を教えてくれる?」
「勿論よ」
私が何も覚えていないというのに、フェイは気を悪くした様子もなく、にこりと笑った。
「私の夢はね。ティターニアになる事だった」
「ティターニア?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
「妖精の女王に与えられる称号よ」
「女王様になりたかったの?」
「うん」
フェイは頷いた。
「妖精の女王様か・・・・・・。フェイにぴったりね」
「どうして?」
「だって、あなたの綺麗な金の髪には銀の王冠がよく似合う筈よ。金細工のネックレスは白くて細い首を強調して彩ってくれるわ。それにガラスの靴だって誰よりも美しく履けるはず」
そこまで言って、違和感を覚えた。
━━どうして、ティターニアが銀の王冠をかぶって、金の首飾りをして、ガラスの靴を履く物だと思ったんだろう。
疑問を浮かべる私をよそに、フェイはくすくすと笑った。
「シアったら、あの頃と同じ事を言ってる」
「そうなの?」
言った覚えは全くないけれど、フェイの微笑みが嘘ではないと告げていた。
「ティターニアになるという私の夢を否定しなかったのはシアだけだったわ。他の子達は私には絶対に無理だと言って笑うだけだった」
「それは、あなたと同じ妖精も?」
「うん」
「どうして?」
「ティターニアと呼ばれる妖精達には、必ずと言っていい程、途方もない魔力を持っているものなの。でも、私にはなかった」
そう言ったフェイは、苦笑いを浮かべていた。
「魔力がないとティターニアには絶対になれないものなの?」
「ええ。そうよ。妖精の女王だもの」
フェイは断言した。
フェイも私と同じように現実を知ってしまったのだろうか。どんなに憧れていてもなれないものがあるって。
素敵な騎士様が迎えに来てくれるなんて事はなくて、結婚したからといって幸せになれるわけではない。
頭では分かっていたけれど、それでも辛いと思ってしまう。
「シア、また暗い顔をしてるわ」
フェイは私の頬に手をあてた。
「きっと勘違いしてるのね。私の夢は叶ったのよ」
「え?」
フェイが自分と同じ境遇なのだと思い込んだ自分が恥ずかしい。こんなにも美しい妖精が私と同じであるはずがないのに。
「シアったら、そんな顔をしないで。私の夢が叶ったのはあなたのおかげなんだから」
「私のおかげ?」
「そう。シアが私と契約をしてくれたから、私はシアの神聖力を借りてティターニアになれた」
━━契約? 私の神聖力?
彼女の言葉に私の頭は混乱した。
「私は生まれつき神聖力を持っていないわ」
「本当に? よーく、思い出してみて?」
「そんな事を言われても、ないものはないの」
「怪我をしたアンドリューを治してあげてたじゃない」
「アンドリュー卿を? そんなはずないわ。私達が初めて会ったのは結婚式の直前で、まだ2年も経っていないもの。ここ数年の事なら、流石に記憶ははっきりとしてるわよ」
アンドリュー卿から結婚を申し込まれてからも、当然、私には聖女としての力が目覚める事がなかった。だから、彼を治療したくてもできないのだ。
「私の幻術が効きすぎたのかしら」
小さな声だったけれど、フェイがそう呟いたのが聞こえた。
「幻術って・・・・・・。もしかして、私に何かをしたの?」
衝動的に質問すると、フェイはあっさりと認めた。
「そうよ。私はあなたに幻術をかけた。覚えていないでしょうけど、シアが望んだことよ」
「私が? 何を望んだの?」
「アイネ山の麓で暮らしていた日々の記憶を隠す事よ」
信じられないと思う一方で、思い当たる事が一つだけあった。服を買おうとした時、アイネ山の麓の気候が頭に浮かんだ事だ。
フェイに消された記憶がほんの少しだけ思い出したとなると、それの説明がつく。
「ねえ、シア」
考え込む私にフェイが声をかけた。
「少しだけ、あの頃の事を思い出してみない?」
今まで話したフェイの本当なら、昔の私が記憶を封印した理由を知りたい。でも、同時に怖いとも思った。忘れたいと思っていた事なら思い出さない方が幸せなんじゃないかと思う。
「怖い? でも、それでも思い出した方がいいと私は思う。アンドリューの事もあるでしょ?」
彼の名前を聞いて、心が揺らいだ。
フェイの話しぶりだと、私達は昔、出会っていたようだ。アンドリュー卿がその事を覚えていて、私との結婚を申し込んでくれていたら・・・・・・。そんな希望が胸の奥から湧いてくる。
━━アンドリュー卿の求める"ジョルネスの娘"が私だったらいいのに。
そうだったら、彼の優しさに後ろめたさを感じずに堂々と隣りに立っていられるんじゃないか。
そんな事を考える私の背中をまたフェイが押してきた。
「アンドリューとの結婚生活を少しでも良いものにしたいと思うのなら、思い出しましょう」
「・・・・・・分かったわ」
私は迷った末にそう言った。
フェイは私の決断を喜んでいるのか、飛び切りの笑顔を見せた。
「それじゃあ、今から幻術を少しだけ解くわね」
フェイはそう言うと手を高く上げて指先に光を集めた。
「少し眩むかもしれないけど、身体に害はないから大丈夫よ」
フェイは集めた光を私に投げつけた。
「フェイ、何を言っているの?」
たちの悪い冗談だ。そう思っていたのに、フェイはもう一度はっきりと言った。
「何って・・・・・・。だから、私がシアの名前を名乗ったの」
「どうして?」
「そろそろシアの実力を見せつける時期かと思ったのよ」
「私の実力?」
何を言っているのかさっぱり分からない。首を傾げると、フェイは「やっぱり覚えてないのね」と呟いた。
「あのね。昔、私達はお互いの夢について語り合ったの」
夢の話が"私の実力"というものに何の関わりがあるのだろう?
「だから、私の夢を知っていたの?」
フェイはこくりと頷く。
「シアは素敵な騎士様と結婚して幸せなお姫様になるんだって教えてくれたわ。そして、その後に私も自分の夢を話したの」
「そう・・・・・・」
フェイから打ち明けられても、それらしき記憶は全く思い出せなかった。
「ごめん、もう一度フェイの夢を教えてくれる?」
「勿論よ」
私が何も覚えていないというのに、フェイは気を悪くした様子もなく、にこりと笑った。
「私の夢はね。ティターニアになる事だった」
「ティターニア?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
「妖精の女王に与えられる称号よ」
「女王様になりたかったの?」
「うん」
フェイは頷いた。
「妖精の女王様か・・・・・・。フェイにぴったりね」
「どうして?」
「だって、あなたの綺麗な金の髪には銀の王冠がよく似合う筈よ。金細工のネックレスは白くて細い首を強調して彩ってくれるわ。それにガラスの靴だって誰よりも美しく履けるはず」
そこまで言って、違和感を覚えた。
━━どうして、ティターニアが銀の王冠をかぶって、金の首飾りをして、ガラスの靴を履く物だと思ったんだろう。
疑問を浮かべる私をよそに、フェイはくすくすと笑った。
「シアったら、あの頃と同じ事を言ってる」
「そうなの?」
言った覚えは全くないけれど、フェイの微笑みが嘘ではないと告げていた。
「ティターニアになるという私の夢を否定しなかったのはシアだけだったわ。他の子達は私には絶対に無理だと言って笑うだけだった」
「それは、あなたと同じ妖精も?」
「うん」
「どうして?」
「ティターニアと呼ばれる妖精達には、必ずと言っていい程、途方もない魔力を持っているものなの。でも、私にはなかった」
そう言ったフェイは、苦笑いを浮かべていた。
「魔力がないとティターニアには絶対になれないものなの?」
「ええ。そうよ。妖精の女王だもの」
フェイは断言した。
フェイも私と同じように現実を知ってしまったのだろうか。どんなに憧れていてもなれないものがあるって。
素敵な騎士様が迎えに来てくれるなんて事はなくて、結婚したからといって幸せになれるわけではない。
頭では分かっていたけれど、それでも辛いと思ってしまう。
「シア、また暗い顔をしてるわ」
フェイは私の頬に手をあてた。
「きっと勘違いしてるのね。私の夢は叶ったのよ」
「え?」
フェイが自分と同じ境遇なのだと思い込んだ自分が恥ずかしい。こんなにも美しい妖精が私と同じであるはずがないのに。
「シアったら、そんな顔をしないで。私の夢が叶ったのはあなたのおかげなんだから」
「私のおかげ?」
「そう。シアが私と契約をしてくれたから、私はシアの神聖力を借りてティターニアになれた」
━━契約? 私の神聖力?
彼女の言葉に私の頭は混乱した。
「私は生まれつき神聖力を持っていないわ」
「本当に? よーく、思い出してみて?」
「そんな事を言われても、ないものはないの」
「怪我をしたアンドリューを治してあげてたじゃない」
「アンドリュー卿を? そんなはずないわ。私達が初めて会ったのは結婚式の直前で、まだ2年も経っていないもの。ここ数年の事なら、流石に記憶ははっきりとしてるわよ」
アンドリュー卿から結婚を申し込まれてからも、当然、私には聖女としての力が目覚める事がなかった。だから、彼を治療したくてもできないのだ。
「私の幻術が効きすぎたのかしら」
小さな声だったけれど、フェイがそう呟いたのが聞こえた。
「幻術って・・・・・・。もしかして、私に何かをしたの?」
衝動的に質問すると、フェイはあっさりと認めた。
「そうよ。私はあなたに幻術をかけた。覚えていないでしょうけど、シアが望んだことよ」
「私が? 何を望んだの?」
「アイネ山の麓で暮らしていた日々の記憶を隠す事よ」
信じられないと思う一方で、思い当たる事が一つだけあった。服を買おうとした時、アイネ山の麓の気候が頭に浮かんだ事だ。
フェイに消された記憶がほんの少しだけ思い出したとなると、それの説明がつく。
「ねえ、シア」
考え込む私にフェイが声をかけた。
「少しだけ、あの頃の事を思い出してみない?」
今まで話したフェイの本当なら、昔の私が記憶を封印した理由を知りたい。でも、同時に怖いとも思った。忘れたいと思っていた事なら思い出さない方が幸せなんじゃないかと思う。
「怖い? でも、それでも思い出した方がいいと私は思う。アンドリューの事もあるでしょ?」
彼の名前を聞いて、心が揺らいだ。
フェイの話しぶりだと、私達は昔、出会っていたようだ。アンドリュー卿がその事を覚えていて、私との結婚を申し込んでくれていたら・・・・・・。そんな希望が胸の奥から湧いてくる。
━━アンドリュー卿の求める"ジョルネスの娘"が私だったらいいのに。
そうだったら、彼の優しさに後ろめたさを感じずに堂々と隣りに立っていられるんじゃないか。
そんな事を考える私の背中をまたフェイが押してきた。
「アンドリューとの結婚生活を少しでも良いものにしたいと思うのなら、思い出しましょう」
「・・・・・・分かったわ」
私は迷った末にそう言った。
フェイは私の決断を喜んでいるのか、飛び切りの笑顔を見せた。
「それじゃあ、今から幻術を少しだけ解くわね」
フェイはそう言うと手を高く上げて指先に光を集めた。
「少し眩むかもしれないけど、身体に害はないから大丈夫よ」
フェイは集めた光を私に投げつけた。
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