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26-5 何があっても離婚しない
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「それならジョルネス公爵にはビタ一文たりも金を渡すんじゃない」
第二王子は真剣な顔でそう言った。
「だが、いくらかの金を渡さないとジョルネス公爵はシアとの結婚を認めてくれないんだろう?」
公爵に夫婦生活に影響が出る程の過剰な金を渡すのは嫌だが、シアと結婚できないのはもっと嫌だった。
かといって、これから更に金を貯めようにも、時間的猶予はなかった。シアは結婚適齢期だから、グズグズしていたら他の誰かの物になってしまうかもしれない。
「君はいい加減に頭を使うことを覚えた方がいい」
第二王子が俺に向かってよく言うセリフ。いつもなら軽く聞き流しているそれに、その日はとても苛ついた。
━━それができるなら、俺は冴えた頭を使ってもっと早くシアを迎えに行っている。
そんな俺の気持ちを察したのか、第二王子はさらに忠告をしてきた。
「交渉において、焦りは禁物だ。ましてそれを相手に知られるなんて論外だね」
「説教はいい・・・・・・。結局、どうすればいいんだ?」
「シアリーズ嬢との婚姻を望まなければいいのさ」
第二王子が言った直後、俺は彼の胸ぐらを掴んでいた。
「シア以外の人間と結婚しろって言うのか!?」
俺は結婚がしたいんじゃない。シアと一緒になりたいんだ。俺にとっての結婚は、他の誰かでは意味がなかった。
「誰もそんな事は言ってない」
第二王子は苦しいのか顔を歪めていた。彼は俺の腕を抑えて、離れるように促してきた。
俺は少し冷静さを取り戻して、彼から手を離した。
「すまない」
かっとなって手を出した事を後悔した。そんな俺を第二王子は怒る事はなかった。
「君をからかい過ぎたね。とりあえず、君がシアリーズ嬢を熱望している事は分かった」
第二王子は苦笑いを浮かべて言った。
「俺が言いたかったのは、馬鹿正直に『シアリーズ・ジョルネス公爵令嬢との婚姻を望みます』と言うなって事だ」
第二王子の言葉がよく分からず、首を傾げると、彼は具体的に教えてくれた。
「詳しく言おうか。君はジョルネスの娘との婚姻を求めるんだよ」
「ジョルネスの娘?」
シアはジョルネス家の娘だ。
だが、"ジョルネスの娘"とは、ジョルネス公爵家の聖女の事を指す言葉でもある。そして、今現在、聖女であるのはシアではなく、彼女の妹の方だった。
「何でシアの妹との結婚を申し込まないといけないんだ!」
耳を疑う発言に俺が声を荒らげると、第二王子は頭を振った。
「分かってないね。欲深い公爵を騙すために"ジョルネスの娘"と言うんだよ」
第二王子は続けて説明を始めた。
「"ジョルネスの娘"と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、妹の聖女ジェシカの方だろう? まずは、君の欲しい物を相手に誤認させるんだよ」
「俺が妹の方に求婚したと思わせて何になるんだ」
「"ジョルネスの娘"を引き渡せと王命を下されたとして、公爵はそれを律儀に遂行するような人ではない。彼はケチだから・・・・・・」
第二王子の言いたい事が分かったような気がした。
「公爵は、聖女を俺に渡すのが嫌だから、代わりにシアを嫁がせるのか」
「うん。そうなるはずだよ。聖女を渡す見返りに、君に何かを要求して王室から顰蹙を買うより、聖女でない娘を渡す方を公爵は選ぶんじゃないかな」
第二王子の返事を聞いて、俺は握りこぶしを震わせた。
━━シアをいらないものの用に扱うなんて・・・・・・。
ジョルネス公爵の良くない噂は遠い土地で暮らす俺の耳にも入ってきた。だが、自分の娘に対してまで見下し、物のように扱うような人間とまでは思ってもみなかった。
「腹立たしい? ジョルネス公爵を殴ってやりたい?」
俺の感情を代弁するかのように第二王子は囁いた。
「でも、そんな事をしている場合じゃないんだよ。君は一刻も早くシアリーズ嬢と結婚して、彼女を最低な父親の支配下から抜け出させるんだ」
第二王子の言葉に俺は頷いた。それから俺達は結婚の準備のためにさらに話をした。
※
シアとの結婚について助言をもらってから、約1年半の時が流れた。第二王子から恩着せがましく言われなくとも、俺はあの日の事を忘れてはいない。
「忘れるわけがないだろ。あんたの言う通りに事が進んだんだから」
一つ予定外だった事といえば、ジョルネス公爵が負うべきモンスター討伐の参戦の義務を俺が果たした事だ。
それにしても、なぜあの日の事を切り出してきたんだろう。
「まさか、見返りを求めているのか?」
聞けば、第二王子は「あはは」と声を出して笑った。
「君に物をねだるほど落ちぶれてはいないよ」
そう言った第二王子の笑顔がいつにも増して胡散臭いと思えた。
「俺はただ、君達夫婦が末永く幸せに暮らして欲しいと思っているだけだ」
「そりゃあどうも」
「でも、雲行きは怪しいかもね。君は夫人の妹から良く思われていないそうじゃないか。ジェシカ嬢は君達夫婦の婚姻の無効を主張しようとしているそうだよ」
俺は手にしていたフォークとナイフを机に叩きつけた。
「俺は何があっても離婚しない!!」
俺が叫ぶと、第二王子はとても愉快そうに笑った。
第二王子は真剣な顔でそう言った。
「だが、いくらかの金を渡さないとジョルネス公爵はシアとの結婚を認めてくれないんだろう?」
公爵に夫婦生活に影響が出る程の過剰な金を渡すのは嫌だが、シアと結婚できないのはもっと嫌だった。
かといって、これから更に金を貯めようにも、時間的猶予はなかった。シアは結婚適齢期だから、グズグズしていたら他の誰かの物になってしまうかもしれない。
「君はいい加減に頭を使うことを覚えた方がいい」
第二王子が俺に向かってよく言うセリフ。いつもなら軽く聞き流しているそれに、その日はとても苛ついた。
━━それができるなら、俺は冴えた頭を使ってもっと早くシアを迎えに行っている。
そんな俺の気持ちを察したのか、第二王子はさらに忠告をしてきた。
「交渉において、焦りは禁物だ。ましてそれを相手に知られるなんて論外だね」
「説教はいい・・・・・・。結局、どうすればいいんだ?」
「シアリーズ嬢との婚姻を望まなければいいのさ」
第二王子が言った直後、俺は彼の胸ぐらを掴んでいた。
「シア以外の人間と結婚しろって言うのか!?」
俺は結婚がしたいんじゃない。シアと一緒になりたいんだ。俺にとっての結婚は、他の誰かでは意味がなかった。
「誰もそんな事は言ってない」
第二王子は苦しいのか顔を歪めていた。彼は俺の腕を抑えて、離れるように促してきた。
俺は少し冷静さを取り戻して、彼から手を離した。
「すまない」
かっとなって手を出した事を後悔した。そんな俺を第二王子は怒る事はなかった。
「君をからかい過ぎたね。とりあえず、君がシアリーズ嬢を熱望している事は分かった」
第二王子は苦笑いを浮かべて言った。
「俺が言いたかったのは、馬鹿正直に『シアリーズ・ジョルネス公爵令嬢との婚姻を望みます』と言うなって事だ」
第二王子の言葉がよく分からず、首を傾げると、彼は具体的に教えてくれた。
「詳しく言おうか。君はジョルネスの娘との婚姻を求めるんだよ」
「ジョルネスの娘?」
シアはジョルネス家の娘だ。
だが、"ジョルネスの娘"とは、ジョルネス公爵家の聖女の事を指す言葉でもある。そして、今現在、聖女であるのはシアではなく、彼女の妹の方だった。
「何でシアの妹との結婚を申し込まないといけないんだ!」
耳を疑う発言に俺が声を荒らげると、第二王子は頭を振った。
「分かってないね。欲深い公爵を騙すために"ジョルネスの娘"と言うんだよ」
第二王子は続けて説明を始めた。
「"ジョルネスの娘"と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、妹の聖女ジェシカの方だろう? まずは、君の欲しい物を相手に誤認させるんだよ」
「俺が妹の方に求婚したと思わせて何になるんだ」
「"ジョルネスの娘"を引き渡せと王命を下されたとして、公爵はそれを律儀に遂行するような人ではない。彼はケチだから・・・・・・」
第二王子の言いたい事が分かったような気がした。
「公爵は、聖女を俺に渡すのが嫌だから、代わりにシアを嫁がせるのか」
「うん。そうなるはずだよ。聖女を渡す見返りに、君に何かを要求して王室から顰蹙を買うより、聖女でない娘を渡す方を公爵は選ぶんじゃないかな」
第二王子の返事を聞いて、俺は握りこぶしを震わせた。
━━シアをいらないものの用に扱うなんて・・・・・・。
ジョルネス公爵の良くない噂は遠い土地で暮らす俺の耳にも入ってきた。だが、自分の娘に対してまで見下し、物のように扱うような人間とまでは思ってもみなかった。
「腹立たしい? ジョルネス公爵を殴ってやりたい?」
俺の感情を代弁するかのように第二王子は囁いた。
「でも、そんな事をしている場合じゃないんだよ。君は一刻も早くシアリーズ嬢と結婚して、彼女を最低な父親の支配下から抜け出させるんだ」
第二王子の言葉に俺は頷いた。それから俺達は結婚の準備のためにさらに話をした。
※
シアとの結婚について助言をもらってから、約1年半の時が流れた。第二王子から恩着せがましく言われなくとも、俺はあの日の事を忘れてはいない。
「忘れるわけがないだろ。あんたの言う通りに事が進んだんだから」
一つ予定外だった事といえば、ジョルネス公爵が負うべきモンスター討伐の参戦の義務を俺が果たした事だ。
それにしても、なぜあの日の事を切り出してきたんだろう。
「まさか、見返りを求めているのか?」
聞けば、第二王子は「あはは」と声を出して笑った。
「君に物をねだるほど落ちぶれてはいないよ」
そう言った第二王子の笑顔がいつにも増して胡散臭いと思えた。
「俺はただ、君達夫婦が末永く幸せに暮らして欲しいと思っているだけだ」
「そりゃあどうも」
「でも、雲行きは怪しいかもね。君は夫人の妹から良く思われていないそうじゃないか。ジェシカ嬢は君達夫婦の婚姻の無効を主張しようとしているそうだよ」
俺は手にしていたフォークとナイフを机に叩きつけた。
「俺は何があっても離婚しない!!」
俺が叫ぶと、第二王子はとても愉快そうに笑った。
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