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22 ジェシカの下へ

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 仕立て屋からカフェまでの距離は短かったけれど、運動不足の私にとって息切れを起こすには十分だった。

 ━━心臓がバクバク鳴っているけれど、これは走ったせいだから。頬にキスされたことはもう何ともないんだから。

 そう自分に言い聞かせながら、カフェの中に入った。

「いらっしゃいませ」
 ウエイトレスの明るい声を聞きながら店の中を見渡した。じっくりと見てみたけれど、その中にジェシカはいない。
「すみません、待ち合わせをしているんですけど」
 ウエイトレスに声をかけてジェシカの特徴を伝えると、彼女は私を個室に案内してくれた。



 個室の扉を開けると、ジェシカはカーライル殿下と呼んでいた男性とお茶をしていた。私が入室したことに気づくと、彼女は勢いよく立ち上がった。
「お姉様!」
 ジェシカは私の下に急ぎ足でやってくると席を勧めてきた。私が椅子に座ると、用意されていたカップにジェシカはお茶を入れてくれた。
「ありがとう」
 お礼を言ったらジェシカはにこりと笑った。まだ、ジョルネスの城を離れてから一月も経っていないのに、その笑顔をとても懐かしく思える。
 ジェシカは明るい笑顔のまま、男性に向き直った。
「カーライル殿下、改めて紹介します。私の姉のシアリーズ・ジョルネスです」

 ━━シアリーズ・

 私はアンドリュー卿と結婚して、シアリーズ・カルベーラになった。それは本当の夫婦になる前からの事で、城で暮らしている時も私はカルベーラだった。ジェシカもそれを知っているはずなのに、どうしてジョルネスと言ったのだろう。
 私が疑問を口にする前に、ジェシカは私に男性のことを紹介し始めた。
「お姉様、こちらの方はカーライル殿下です。第三王子殿下と言えば、お姉様も分かるでしょうか」
 政治に疎い私のためにジェシカは補足を入れてくれた。
「殿下は先のモンスター討伐に参戦なさっていたんです。そのご縁があって、私は今、カーライル殿下の下に滞在させてもらっているんです」
「王子殿下の下に?」
 未婚で年頃の女性であるジェシカが婚約者でもない男の人の家に滞在するなんて・・・・・・。遊び人と捉えられかねないのに。
「お父様がよく許してくれたわね」
 私のつぶやきにジェシカは首を振った。
「許しはもらってません。もらう必要もないもの」
「え?」
「ジェシカ嬢、順を追って話そう。その方がシアリーズ嬢にも理解ができるだろうから」

 ━━シアリーズ

 その敬称は、未婚の女性に使うものだ。
 私達の結婚式には国王陛下からの祝の品が届いていた。

 ━━それなのに、第三王子ともあろう方が私達の結婚を認めていないというの?

「・・・・・・あの」
 私は迷った末に口を開いた。
「何だい?」
「私はシアリーズ・カルベーラです。1年半前に結婚して、教会からも本物の夫婦だと認められています。だから」
「お姉様、無理しなくてもいいんです」
 ジェシカはそう言って私の言葉を遮った。
「無理って・・・・・・」
「私、知ってるんです。カルベーラ卿が"ジョルネスの娘"を求めているのに、お父様が詳細を確認もせずにお姉様を嫁がせたって。私を・・・・・・聖女を渡したくないからお父様はお姉様を身代わりにしたってことも・・・・・・」
 私は思わず目を見開いた。
「ジェシカ、その話を誰から聞いたの?」
「お父様から。お姉様達が本物の夫婦になったと教会から連絡があった日に言ってました」
 お父様はなんてことをしてくれたんだろう。真面目で誠実で優しいジェシカにそんな話をしたら、彼女がどんな気持ちになるか、少しは考えて欲しかった。

「私、お姉様とカルベーラ卿の結婚はなかったことにされるべきだと思うんです」
 ジェシカの思い切った言葉に、私は戸惑いを隠せないでいた。
「どうして?」
「カルベーラ卿は騙されたんです。そして、お姉様はお父様に従うしかなかった。違いますか?」
 確かにそれはその通りだ。でも、本物の夫婦になった今となってはそれだけが理由で離婚などできない。
 そのことを言うと、ジェシカは首を横に振った。
「離婚ではありません。婚姻がそもそも無効だったと証明しましょう」
「婚姻が、無効?」
 それはつまり、私達の結婚は最初から成立していなかったことを表す。でも、そんなことをできるのかしら。
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