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21-2 毛皮のコート
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私が嘘を正さなかったから、結局、セーブルのコートを買うことになってしまった。後ろめたい気持ちが積もっていく中で、ヒルデン夫人はコートのデザインについて話し出した。
夫人は、店に置いてある商品をいくつか見せてくれて、それぞれの服の特徴を説明してくれる。
「この中に、奥様のご希望するデザインのものはありますでしょうか」
ヒルデン夫人に尋ねられて、私は迷うことなく一つの商品を指差した。
「これがイメージに近いですね」
せっかく高価な物を買うのだから、できるだけ長く使いたい。だから、流行に左右されないコンスタントでどんな服装にも合いそうなものがよかった。その旨をヒルデン夫人に伝えると、彼女は私の希望に沿うようにと様々な提案をしてくれた。
話し合いが終わると、私達はエントランスに戻った。辺りを見回してみても、そこにはジェシカと同伴の男性はいなかった。
「あの、ジェシカがどこに行ったのか知りませんか」
尋ねると、ヒルデン夫人はエントランスにいた店員達に目配せをした。すると、一人の店員が、二人はもう用事を終わらせて帰ってしまったと教えてくれた。それから、私に言伝を預かったと言ってメモを差し出してきた。
私はメモを見るとヒルデン夫人達にお礼を言ってから店を出た。
店を出てすぐに私はアンドリュー卿にメモのことを話した。
「ジェシカが私と話したいことがあるそうなの。二件隣のカフェに来て欲しいと書いてあって・・・・・・」
話しているうちにアンドリュー卿の顔がみるみる険しくなっていく。よく怒った顔をする彼だけれど、今はいつにも増して機嫌が悪いように思える。「行ってもいい?」と聞きたかったけれど、こんなにも不機嫌さを露わにされてしまったら、言いにくくて仕方がない。
━━どうしよう。
ジェシカがどうして王都にいるのか気になるし、同伴していた男性との関係も詳しく聞きたい。何より、別れの挨拶をせずにジョルネス領を離れたことを謝りたかった。
もし、この機会を逃したら次にジェシカと会えるのはいつになるのか分からない。アンドリュー卿の領地はジョルネス領から遠く、気軽に出かけられる距離ではない。それに、結婚した女が夫の下を離れて一人遠い場所へと旅行するなんてありえないことだ。
ジェシカと話をしたい。でも、アンドリュー卿をどう説得したらいいのか分からない。考えあぐねていると、アンドリュー卿が重い口を開いた。
「行って来い」
彼は不機嫌な顔のまま、そう言い放った。彼の思わぬ言葉に、私は吃りながらもありがとうと返事をした。
「ただ、あまり長話はしないでくれ。宝石商の所にもいかないといけないから」
「はい。では、一緒に・・・・・・」
アンドリュー卿は首を振った。
「行かない」
「え?」
「俺は行かない」
むすっとした表情で彼はもう一度言った。
「どうして?」
「俺は彼女に嫌われているから」
「ジェシカが?」
人懐っこくて誰にでも優しいジェシカがほとんど関わりのなかったアンドリュー卿を嫌いになるなんて信じられない。
「誤解じゃないかしら?」
アンドリュー卿を宥めるためにそう言ってみたけれど、アンドリュー卿は首を振った。
「シアが妹と会っている間、俺は馬車にいる。馬車は店前に止めておくから」
彼はどうしてもジェシカと一緒にいたくないらしい。私の返事も待たず、馬車の扉を開けてしまった。
私は彼の自分勝手な行動に呆れながらもその背中に声をかけた。
「分かったわ。一人で待つのも退屈だろうから、なるべく早く戻るね」
アンドリュー卿は振り返って私の頬にキスをした。突然の彼の行動にびっくりして、私は思わず一歩後ろに下がった。
そんな私をアンドリュー卿は淋しげな目で見た。
「ど、どうしたの!?」
「別に。・・・・・・嫌なことをして悪かったな」
彼はぶっきらぼうに言うと馬車に乗り込み、そのまま扉を閉めた。そして、椅子に座り、何事もなかったかのように前をじっと見つめている。
━━さっきのキスは何なのよ。
うるさいくらい、心臓がバクバク鳴っている。私はその音を隠すために、ジェシカの待つカフェへと走った。
夫人は、店に置いてある商品をいくつか見せてくれて、それぞれの服の特徴を説明してくれる。
「この中に、奥様のご希望するデザインのものはありますでしょうか」
ヒルデン夫人に尋ねられて、私は迷うことなく一つの商品を指差した。
「これがイメージに近いですね」
せっかく高価な物を買うのだから、できるだけ長く使いたい。だから、流行に左右されないコンスタントでどんな服装にも合いそうなものがよかった。その旨をヒルデン夫人に伝えると、彼女は私の希望に沿うようにと様々な提案をしてくれた。
話し合いが終わると、私達はエントランスに戻った。辺りを見回してみても、そこにはジェシカと同伴の男性はいなかった。
「あの、ジェシカがどこに行ったのか知りませんか」
尋ねると、ヒルデン夫人はエントランスにいた店員達に目配せをした。すると、一人の店員が、二人はもう用事を終わらせて帰ってしまったと教えてくれた。それから、私に言伝を預かったと言ってメモを差し出してきた。
私はメモを見るとヒルデン夫人達にお礼を言ってから店を出た。
店を出てすぐに私はアンドリュー卿にメモのことを話した。
「ジェシカが私と話したいことがあるそうなの。二件隣のカフェに来て欲しいと書いてあって・・・・・・」
話しているうちにアンドリュー卿の顔がみるみる険しくなっていく。よく怒った顔をする彼だけれど、今はいつにも増して機嫌が悪いように思える。「行ってもいい?」と聞きたかったけれど、こんなにも不機嫌さを露わにされてしまったら、言いにくくて仕方がない。
━━どうしよう。
ジェシカがどうして王都にいるのか気になるし、同伴していた男性との関係も詳しく聞きたい。何より、別れの挨拶をせずにジョルネス領を離れたことを謝りたかった。
もし、この機会を逃したら次にジェシカと会えるのはいつになるのか分からない。アンドリュー卿の領地はジョルネス領から遠く、気軽に出かけられる距離ではない。それに、結婚した女が夫の下を離れて一人遠い場所へと旅行するなんてありえないことだ。
ジェシカと話をしたい。でも、アンドリュー卿をどう説得したらいいのか分からない。考えあぐねていると、アンドリュー卿が重い口を開いた。
「行って来い」
彼は不機嫌な顔のまま、そう言い放った。彼の思わぬ言葉に、私は吃りながらもありがとうと返事をした。
「ただ、あまり長話はしないでくれ。宝石商の所にもいかないといけないから」
「はい。では、一緒に・・・・・・」
アンドリュー卿は首を振った。
「行かない」
「え?」
「俺は行かない」
むすっとした表情で彼はもう一度言った。
「どうして?」
「俺は彼女に嫌われているから」
「ジェシカが?」
人懐っこくて誰にでも優しいジェシカがほとんど関わりのなかったアンドリュー卿を嫌いになるなんて信じられない。
「誤解じゃないかしら?」
アンドリュー卿を宥めるためにそう言ってみたけれど、アンドリュー卿は首を振った。
「シアが妹と会っている間、俺は馬車にいる。馬車は店前に止めておくから」
彼はどうしてもジェシカと一緒にいたくないらしい。私の返事も待たず、馬車の扉を開けてしまった。
私は彼の自分勝手な行動に呆れながらもその背中に声をかけた。
「分かったわ。一人で待つのも退屈だろうから、なるべく早く戻るね」
アンドリュー卿は振り返って私の頬にキスをした。突然の彼の行動にびっくりして、私は思わず一歩後ろに下がった。
そんな私をアンドリュー卿は淋しげな目で見た。
「ど、どうしたの!?」
「別に。・・・・・・嫌なことをして悪かったな」
彼はぶっきらぼうに言うと馬車に乗り込み、そのまま扉を閉めた。そして、椅子に座り、何事もなかったかのように前をじっと見つめている。
━━さっきのキスは何なのよ。
うるさいくらい、心臓がバクバク鳴っている。私はその音を隠すために、ジェシカの待つカフェへと走った。
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