偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

文字の大きさ
上 下
16 / 58

13 教会へ

しおりを挟む
 アンドリュー卿は怖い顔で私を見ている。さっきの発言が気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
 馬車が動き出した途端、アンドリュー卿に問い詰められた。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
 アンドリュー卿は謝罪を受け入れる気はないようだ。

 ━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。

「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
 声を荒げて言うアンドリュー卿に、私は身震いをした。今までとは比べ物にならないくらい、彼が怒っていることに気がついたからだ。

 ━━怖い。・・・・・・殴られたらどうしよう。

 彼の姿がお父様と重なる。彼の握りこぶしが怖くてたまらない。

 ━━私、何を勘違いしていたのかしら。

 ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で私は無能の役立たずシアリーズのままなのに。
 これまでアンドリュー卿は怒鳴らなかったし殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。口ごたえをしたり意見をしたりすることが私に許されているはずがないのに。
 私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかったのに。

「シア・・・・・・?」
 気がついたらアンドリュー卿は怖い顔をやめていて、伺うように私を見ていた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
 そう言った私の手は震えていて自分でも驚くほど説得力がない。

 ━━これもまた、口ごたえすることになるのかしら?

 もう話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からない。私には彼を不快にすることしかできない。

 ━━もう余計なことをしないから私に構わないで。

 私の想いとは裏腹にアンドリュー卿は私に向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、手を取られて身体を引き寄せられた。転ぶと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止めた。

「シア」
 彼は耳元で囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出してどきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
 アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
 アンドリュー卿は抱きしめるのをやめて私と向き合った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かないから目を逸らした。窓の外を見たら遠くに教会があるのが見えた。

 ━━本当は"大事な妻"だなんて思っていないくせに。

 教会へ本物の夫婦になったと報告にいかないからそんなことを言われても説得力が全くない。
「教会に行きたいのか」
 アンドリュー卿に心を見透かされているのかと思ってびっくりした。
「俺は、絶対に離婚しないから」
 続けた彼の言葉に私はさらに驚かされた。
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
 離婚する気がないのなら、なぜ教会に行かないのだろう。アンドリュー卿の言っている意味が分からない。
「離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」

 ━━「本物の夫婦になりたいから」と正直に言っても大丈夫かのかしら。また怒らせてしまわない?

「シア、頼む。怒らないから」
 彼は真剣な眼差しで、私の目を見つめた。何も言わなかったら、それはそれで怒らせそうな気がする。
 私は意を決して口を開いた。
「本物の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
 彼の反応を見るのが怖くて私は俯いた。どうかまた怒らせませんようにと祈りながら。
 しかし、彼の反応は思ってもいないものだった。
「本物の夫婦って、・・・・・・何だ?」
 彼の言葉に思わず顔を上げた。
「え?」
「教えてくれ」
「は、はい」
 夫婦は初夜を過ごした後に、教会へ報告をして、本物の夫婦になるものだとアンドリュー卿に説明した。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
 彼はそう言うなり馬車の窓を開けて御者に指示を出した。
「あそこに見える教会に寄れ」
「隊長? どうしたんです?」
 馬に乗って馬車に並走していた男がアンドリュー卿に話しかけてきた。
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ」
 怪訝そうな顔で見る男を気にも止めずアンドリュー卿は窓を閉めた。

「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
 教会へ行って本物の夫婦になったと報告してくれるのならありがたい。でも、ただでさえも移動に時間がかかっているのに大丈夫なんだろうか。
「少しくらい寄り道したって大丈夫だ」
 アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。その手は教会に到着するまで離れることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...