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13 教会へ
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アンドリュー卿は怖い顔で私を見ている。さっきの発言が気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出した途端、アンドリュー卿に問い詰められた。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れる気はないようだ。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げて言うアンドリュー卿に、私は身震いをした。今までとは比べ物にならないくらい、彼が怒っていることに気がついたからだ。
━━怖い。・・・・・・殴られたらどうしよう。
彼の姿がお父様と重なる。彼の握りこぶしが怖くてたまらない。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で私は無能の役立たずシアリーズのままなのに。
これまでアンドリュー卿は怒鳴らなかったし殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。口ごたえをしたり意見をしたりすることが私に許されているはずがないのに。
私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかったのに。
「シア・・・・・・?」
気がついたらアンドリュー卿は怖い顔をやめていて、伺うように私を見ていた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて自分でも驚くほど説得力がない。
━━これもまた、口ごたえすることになるのかしら?
もう話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からない。私には彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないから私に構わないで。
私の想いとは裏腹にアンドリュー卿は私に向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、手を取られて身体を引き寄せられた。転ぶと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止めた。
「シア」
彼は耳元で囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出してどきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は抱きしめるのをやめて私と向き合った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かないから目を逸らした。窓の外を見たら遠くに教会があるのが見えた。
━━本当は"大事な妻"だなんて思っていないくせに。
教会へ本物の夫婦になったと報告にいかないからそんなことを言われても説得力が全くない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿に心を見透かされているのかと思ってびっくりした。
「俺は、絶対に離婚しないから」
続けた彼の言葉に私はさらに驚かされた。
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚する気がないのなら、なぜ教会に行かないのだろう。アンドリュー卿の言っている意味が分からない。
「離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
━━「本物の夫婦になりたいから」と正直に言っても大丈夫かのかしら。また怒らせてしまわない?
「シア、頼む。怒らないから」
彼は真剣な眼差しで、私の目を見つめた。何も言わなかったら、それはそれで怒らせそうな気がする。
私は意を決して口を開いた。
「本物の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
彼の反応を見るのが怖くて私は俯いた。どうかまた怒らせませんようにと祈りながら。
しかし、彼の反応は思ってもいないものだった。
「本物の夫婦って、・・・・・・何だ?」
彼の言葉に思わず顔を上げた。
「え?」
「教えてくれ」
「は、はい」
夫婦は初夜を過ごした後に、教会へ報告をして、本物の夫婦になるものだとアンドリュー卿に説明した。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
彼はそう言うなり馬車の窓を開けて御者に指示を出した。
「あそこに見える教会に寄れ」
「隊長? どうしたんです?」
馬に乗って馬車に並走していた男がアンドリュー卿に話しかけてきた。
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ」
怪訝そうな顔で見る男を気にも止めずアンドリュー卿は窓を閉めた。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
教会へ行って本物の夫婦になったと報告してくれるのならありがたい。でも、ただでさえも移動に時間がかかっているのに大丈夫なんだろうか。
「少しくらい寄り道したって大丈夫だ」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。その手は教会に到着するまで離れることはなかった。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出した途端、アンドリュー卿に問い詰められた。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れる気はないようだ。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げて言うアンドリュー卿に、私は身震いをした。今までとは比べ物にならないくらい、彼が怒っていることに気がついたからだ。
━━怖い。・・・・・・殴られたらどうしよう。
彼の姿がお父様と重なる。彼の握りこぶしが怖くてたまらない。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で私は無能の役立たずシアリーズのままなのに。
これまでアンドリュー卿は怒鳴らなかったし殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。口ごたえをしたり意見をしたりすることが私に許されているはずがないのに。
私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかったのに。
「シア・・・・・・?」
気がついたらアンドリュー卿は怖い顔をやめていて、伺うように私を見ていた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて自分でも驚くほど説得力がない。
━━これもまた、口ごたえすることになるのかしら?
もう話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からない。私には彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないから私に構わないで。
私の想いとは裏腹にアンドリュー卿は私に向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、手を取られて身体を引き寄せられた。転ぶと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止めた。
「シア」
彼は耳元で囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出してどきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は抱きしめるのをやめて私と向き合った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かないから目を逸らした。窓の外を見たら遠くに教会があるのが見えた。
━━本当は"大事な妻"だなんて思っていないくせに。
教会へ本物の夫婦になったと報告にいかないからそんなことを言われても説得力が全くない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿に心を見透かされているのかと思ってびっくりした。
「俺は、絶対に離婚しないから」
続けた彼の言葉に私はさらに驚かされた。
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚する気がないのなら、なぜ教会に行かないのだろう。アンドリュー卿の言っている意味が分からない。
「離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
━━「本物の夫婦になりたいから」と正直に言っても大丈夫かのかしら。また怒らせてしまわない?
「シア、頼む。怒らないから」
彼は真剣な眼差しで、私の目を見つめた。何も言わなかったら、それはそれで怒らせそうな気がする。
私は意を決して口を開いた。
「本物の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
彼の反応を見るのが怖くて私は俯いた。どうかまた怒らせませんようにと祈りながら。
しかし、彼の反応は思ってもいないものだった。
「本物の夫婦って、・・・・・・何だ?」
彼の言葉に思わず顔を上げた。
「え?」
「教えてくれ」
「は、はい」
夫婦は初夜を過ごした後に、教会へ報告をして、本物の夫婦になるものだとアンドリュー卿に説明した。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
彼はそう言うなり馬車の窓を開けて御者に指示を出した。
「あそこに見える教会に寄れ」
「隊長? どうしたんです?」
馬に乗って馬車に並走していた男がアンドリュー卿に話しかけてきた。
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ」
怪訝そうな顔で見る男を気にも止めずアンドリュー卿は窓を閉めた。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
教会へ行って本物の夫婦になったと報告してくれるのならありがたい。でも、ただでさえも移動に時間がかかっているのに大丈夫なんだろうか。
「少しくらい寄り道したって大丈夫だ」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。その手は教会に到着するまで離れることはなかった。
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