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第256話 捨てたプライド、守る尊厳

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セメリト達が包まれていた、ブヨブヨの金属体が落下した地点。
ベシャッと液状の物体がぶち撒かれ、木々はなぎ倒されている。
クッションの役割を果たしたせいか、セメリト達は無傷だったのだが。
体力を温存していた分、ルーシェのダッシュが一足早かった。
コロンとセメリトの手から転がった一瞬、リリィをかすめ取ると。
即座に南へ向けて走り出す。
ワンテンポ遅れて、セメリトは反応するが。
時既に遅し。
そこから。
ゼエゼエ言いながらの、セメリトの追跡劇が始まる。



そして、今。
今度は、元居た方へと走っているルーシェ。
がむしゃらに動いていたので、体力のロスが激しく。
流石にスタミナが無くなってきた。
ルーシェを回復させようと、リリィが魔力を分け与えようとするが。
何故か打ち消されてしまう。
ルーシェがリリィに気を遣い、受け取りを拒否しているのか。
それとも、魔力を受け付けない体質なのか。
とにかく、ルーシェの逃走へ力を貸せない事に嘆くリリィ。
ルーシェも、足が段々重くなる。
何としても、逃げ切らないと。
懸命に足を動かし、前へ進もうとする。
そうやって、木々の間をすり抜けて行くと。
着地点が見えて来た。
そこで安心してしまったのか。
どっと、疲れが湧き出し。
ルーシェの身体を一気に襲う。
思わず足がもつれ、転んでしまうルーシェ。
右手から、大事に抱えていた筈のリリィがコロコロと転がって行く。
ああっ!
慌てて右手を伸ばすが。
リリィを掴んだのは。



「手こずらせやがって!」



そう吐き捨てながらリリィを持ち上げ、ルーシェの右手の甲を上から踏ん付ける。
痛っ!
うつ伏せになっていたルーシェが顔を上げると。
そこには、左足をルーシェの手へと突き出しているセメリトの姿が。

「どうして!かなり引き離した筈なのに!」

驚くと共に、苦々しさが心に込み上げて来るルーシェ。
見下す様に、セメリトが言葉を返す。

「俺を誰だと思ってる!舐めんなよっ!」

再び手の甲を踏ん付けるセメリト。
『これは手間賃だ』と言わんばかりに、何度も何度も。
踏み付ける。
そして、漸く気が済んだのか。
セメリトが答える。
嫌味ったらしく、ねっとりと。

「俺様程のレベルになるとなあ、辺りから魔力を吸収出来るんだよ!」



プライドが邪魔して、拒絶していた事。
賢者の石を通して、周りに漂う魔力を掻き集め。
身体に取り込めば。
追い駆けながらでも、体力は戻って行く。
でもそれは、弱者のする行為。
ケミーヤ教の幹部とあろう者が、そんな弱っちい真似をしては。
恥晒しも良い所だ。
だから敢えて、やって来なかった。
しかしもう、プライド云々を言っている場合では無くなった。
そんな物、適当に誰かへくれてやる!
これは、俺個人の問題。
俺が満足しないんだよ、それじゃあ!
怒りが沸点を越え、自我を振り切る。
こうなったらもう、セメリトには。
ルーシェしか目に入らない。
後はどうでも良い。
リリィも魔物も、二の次だ。
俺を侮辱した罪、必ず味わわせてやる!
自然と、セメリトの周りは魔力が濃くなり。
懐に在る賢者の石を通して、ゆるゆると身体の中へ入って行く。
そうして体力を回復させながら、ルーシェよりも移動速度が速くなる。
こうなると、追い付くのも時間の問題。
着地点へ到達する頃には、セメリトとルーシェの立場は逆転していた。



「どうだ!恐れ入ったか!フハハハハ!」

セメリトの高笑いが、森の中をこだまする。
悔しさの余り。
踏み付けられ血まみれになった右手を、ギュッと握りこぶしに変えるルーシェ。
力が強かったのか、手の平からも血がにじみ出す。
うつ伏せのまま、ルーシェの目からは涙が止まらない。
首根っこを掴み、軽々とルーシェの身体を持ち上げるセメリト。
逆上の程度が激しかったらしく、身体能力がかなり強化されている。
今度は逃がさんぞ。
絶対に!
フハハハ!
更に高笑い。
そして、そのままルーシェを引きりながら。
森を出ようと、進み出すセメリト。
一歩一歩足を踏み出す度に。
足元の草が枯れて行く。
木は何とか耐えているが。
セメリトの魔力吸収の煽りを受けて、力の弱い草々は命を奪われる。
その光景を目の当たりにしながら。
ルーシェは、悲しみのふちへと追い込まれて行く。
救えなかった。
リリィを。
失ってしまう。
リリィを。
嫌!
もう、何も失いたく無い!
あれ?
私、今まで何か失ったっけ?
意識が混濁して行くルーシェ。
自分を見失って行く様に、リリィには感じた。
このままでは、ルーシェの精神が崩壊してしまう!
仕方無い……。
どの道、ここでルーシェ共々終わりそうだ。
潔く、ここで消えよう。
闇の魔物がこの世界に解き放たれ、迷惑を掛けてしまうが。
危険極まりないこの男の暴走を止められるなら、対価として許されるだろう。
みんな、済まない。
そして娘よ、許して欲しい。
父は、この世界でも助けられなかった様だ。
また人間に生まれ変われるなら、今度こそは……。
そこまで思い詰めて。
リリィが呪縛を開放しようとする。
それを察知して、セメリトのリリィを握る力が増す。
そんな事、させるか!
ここで俺が、死ぬ筈無いわ!
充満して行く、体内の魔力……!
そうだ!
これが俺の本来の力だ!
ワルスだろうが何だろうが、ねじ伏せてやる!
今の俺なら、造作も無い!
カカカ!
カカカカカ!
いつの間にか、セメリトの高笑いは。
気持ちの悪い響きへと変わっていた。
その時。



「誰だ!」



何かを察知したのか。
前方へ威嚇の様に怒鳴り、セメリトは立ち止まる。
今のこいつの感覚は、ギンギンに研ぎ澄まされている。
生半可な気配の消し方では、簡単にバレてしまう。
なのに、こいつは感知出来ないのか?
辺りをきょろきょろしている。
《彼等》は、すぐ目の前に立っていると言うのに。
そう思いながら、リリィは驚く。
目の前に居るのは。
不格好な鎧を纏った、騎士風の男と。
黄色いローブが森の中で場違いな、シュッとした出で立ちの男。
騎士が叫ぶ。

「姉さん!姉さんなのか!」

「う、うーん……。」

その言葉に反応するルーシェ。
続け様に言い放つ騎士。

「俺だよ!〔ロッシェ〕だよ!気付いてくれよ、〔ルーシェ姉さん〕!」

「ロッ……シェ……?」

「そうだよ!ロッシェだよ!今助けるからな!」

そう言って、近付こうとするロッシェ。
ルーシェは声を振り絞って言う。

「危な……い……から……逃……げて……。」

「こいつの警告が聞こえなかったのか?ああん?」

声でようやく見つけたのか、ロッシェの方を向き。
居直るセメリト。
俺は悪くない。
刃向うこいつが悪いんだ。
そう言った感じで。
左手一本で、ルーシェの身体を吊し上げる。

「何しやがる!今すぐ開放しろ!さもないと……!」

そう言って、背負っていた槍を手にし。
穂先をセメリトへ向けるロッシェ。
それに対し、ニヤリと笑いながら。

「そんなに大事なら、くれてやるよ!ほらっ!」

ブンッ!
セメリトが、ルーシェの身体をロッシェ目がけて投げ付ける。
慌ててロッシェは槍を手放し、ルーシェの身体を受け止めようとする。
そこへすかさず、セメリトが飛び込む。
『シュッ!』と、ルーシェとロッシェの間へ回り込み。
ロッシェの腹へ一発、拳を入れようとする。
しかし。



「俺を無視とは。良い気なものだ。」



ローブに身を包んだ男は。
セメリトの動きよりも早く、ルーシェの身体を金の縄で掴み。
網に変形して、頭上から手繰り寄せる。
一方で、ロッシェの放した槍を金の糸で操り。
ロッシェの身体共々、自分の方へ引き寄せる。
余りの素早さに、ロッシェの残像へ殴り掛かるセメリト。
寸での所で拳を止め、その移動先へと振り向き。
キッと睨み付ける。
そして後ろへ飛び退き、警戒心を露わにする。
右手にリリィを握り締めたまま。

「何だ、お前は!」

セメリトが言い放つ。
しかし、黄色のローブを脱ぎ捨て。
地面へ横たわるルーシェの身体に、そっと掛けると。
圧倒的な威圧感と共に、冷酷な眼差しでセメリトを睨み返す。
それは、今まで一緒に旅して来た中で。
ロッシェが一度も感じた事の無い程、背筋がゾッとする感じ。
このまま辺りが凍ってしまいそうな、冷たい空気を身に纏い。
何処かに感情を置き忘れたかの様な、片言の口調で。
この様に、セメリトへ告げる。



「自分が使っている術の【あるじ】も分からんのか?愚か者が……!」
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