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第253話 混乱、そして鎮まり

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ハハハハ!
これだけの高さを飛べば、地上からも手出し出来まい!
さらばだ!
セメリトが、ジェードやベイスの頭上を通過しようとする。
その時。



ブチッ!



粘り気の高いもちを両端から引っ張った末に、真ん中からブチ切った感じの。
大きく鈍い音が、周りに響く。
縮んでいたブヨブヨの、先の方。
大体家1件分の容積が、丸ごと本体から切り離されている。
本体は勢いを増して、どんどん遠ざかり。
数秒後には、姿が見えなくなった。
残された先の部分は、空気抵抗によって形状を保てなくなり。
ブワアッと膜の様に広がった後、急激に失速しながら落下。
燃え盛る砦の南方数キロメートル当たりに、『ベシャン!』と言う音を周りへとどろかせ。
こちらも姿を消した。



何が起きたのか、分からない両軍。
ジェードを始め、ウォベリ側の錬金術師は。
《誰が》この結果をもたらしたのかだけ、予想が付いた。
きっとここへ現れ、どう言う原理なのかを説明してくれる筈。
自分達だけでも、落下地点へ駆け付ける事は出来るが。
待ち受けている者の正体が分からないので、リスクが高いと判断。
そのままここで待機する事とした。
一方、ヅオウ軍は。
次々と起こる異様な出来事を目の当たりにして、完全に統制を失う。
一目散に逃げ出す者、動けなくなる者。
その中で、流石は騎士。
ベイスだけは気丈に振る舞い、兵士達に対して声を掛けて回る。

「落ち着け!ここで乱れては、敵の思うつぼだ!」

その中で。
我を忘れて、ウォベリ側へ突撃する者も出始める。
何とか止めようと、ベイスが叫ぶ。

「止まれ!危ないぞ!」

その声が耳に届いていないのか。
良く聞き取れない悲鳴を上げながら、兵士が続々と突っ込んで行く。
彼等にしてみれば、ウォベリ側が余りに落ち着いているので。
敵側に、救いの手を求めているのかも知れない。
何とも無謀な賭けではあるが。
頭が空っぽになる程、衝撃的な光景だったのだろう。
その顔は必死そのもの。
わらにもすがる思い。
手に持っていた武器は、とうに捨てている。
空中を掻く様に動かす手が、切迫感を醸し出している。
それに対して、あくまで牽制の態勢を取り続けるウォベリ側。
ここで簡単に受け入れてしまっては、作戦が崩れる可能性も有る。
非情では有るが、敵として睨み続けなければならない。
ウォベリ軍の誰もが、《彼》の登場を待ちわびる。
この混乱した状況をがらりと変えるには、それしか無い。
何時しか祈る様な気持ちとなる、ウォベリ軍。
助けを求め、もがく兵士達。
どうしようも無い焦燥感に駆られるベイス。
司令官としての使命が全う出来無かった事。
兵士の家族に対して、申し訳無い気持ち。
守れないのか……!
また失ってしまうのか……!
愕然とするベイス。
雇われ傭兵は、既にトンズラして誰も残っていない。
自分の身の安全が最優先。
傭兵が聞いて呆れる、小心者の鏡。
まだか……!
まだなのか……!
ウォベリ軍の中から、拝み出す者まで出始めた時。



ビシュンッ!



やや北の方角から、ブヨブヨの物体が飛んで来る。
金色に輝いたその物体は。
先程上空を横切った奴の様に、ビヨーンと伸びた後。
燃え盛る砦に、先っちょが落ちかける。
慌てて砦から距離を置く、ウォベリ軍。
敵側へと駆け込もうとしていた兵士達も、一瞬怯む。
その目の前で。
ズシャアアアンッ!
上から砦を破壊し、地面に『ビターン!』と張り付く。
そしてそこを起点に、『シュルルルルーッ!』と縮んで行くと。
バチャーン!
砦を包むかの様な大きさの、金色のプルプルした塊が目の前で形作られ。
プルプルが外側から、スウーッと消えて行く。
鎮火した砦の残骸を背にして、消滅して行く金塊の中から出て来たのは。
血まみれの少年と。
不格好な鎧を身に着けた騎士と。
黄色いローブを纏った、《彼》。
その姿を見て、歓声が飛ぶウォベリ軍。

「〔クライス〕殿!御無事でしたか!」

そう叫びながら、ジェードが思わず駆け寄る。
続いて、錬金術師達も。
その様子を見て、作戦が完遂したと思い。
ウォベリ軍の兵士も集まって来る。
対して、呆気に取られたままのヅオウ軍。
その場に座り込み、腰が抜けて身動みじろぎ一つ出来ない。
その傍へやって来る、金塊の中から現れた騎士。
目の前でしゃがまれ、震える兵士に対して。
右手を差し伸べながら、落ち着いたトーンで語り掛ける。

「安心しろ。俺達は、お前等を救いに来たんだ。」

「そ、それはどう言う……?」

「ええと、説明し辛いんだけど……。」

後ろを振り返ると、黄色いローブの男に話し掛ける。

「おーい!悪いけど、お前の方から説明してくれないか!」

「〔ロッシェ〕も不器用だなあ。じゃあ、ウォベリ側への状況説明を頼むよ。」

「分かった!じゃ、また後でな。」

兵士に対してシュタッと右手を軽く掲げ、ロッシェとやらは向こうへ戻って行く。
代わりに兵士の前にやって来たのは、クライスと呼ばれていた黄色いローブの男。
さっきの騎士と同様に、目の前でしゃがみ込んで。
ゆっくりとした口調で語る。
その内容は、兵士を驚かせるに十分だった。



「潰して来たんだよ、ケミーヤ教の本拠地を。いや、勝手に潰れたと言った方が良いか。」



「な、何を言って……?」

信じられないと言った顔をする兵士。
周りに居たヅオウ軍の者達も、びっくりした様子で聞いている。
クライスは続ける。

「さっき伸びて行った、変な塊を見ただろう?あれで、幹部連中が逃げて行ったのさ。」

「逃げ……た?」

「そう。もうヅオウ内には、ケミーヤ教所属の者は殆ど居ない。残党狩りでも直に始まるだろう。」

「ほ、本当か……?」

「それはこれから、町に戻って自分の目で確かめると良い。」

え?
何を言ってるんだ?
ここは戦場だぞ?
情けを掛けると言うのか?
戸惑う兵士。
クライスのジッと見つめる目に、一転の曇り無し。
恐る恐る確認する兵士。

「逃がしてくれるのか?敵だぞ?俺達は。」

「戦うべきは、ケミーヤ教の奴等とだ。違うかい?」

そうクライスに問われ、周りのヅオウ軍兵士も思い返す。
あいつ等が来てから、ヅオウは随分と物騒になった。
俺達から何でも奪い、争いの矢面に立たせ。
あいつ等自身は、遠く被害の及ばない場所から。
俺達の無様な光景をニヤニヤしながら眺め、楽しんでいる様だった。
もう奴等の言いなりになんか、成りたく無い。
関わりたく無い。
この男が主張している『ケミーヤ教本部の壊滅』が事実なら、こちらとしても喜ばしい事。
しかしこいつ、本当に信用に足る男か?
変な物体を操っていたみたいだし。
その割には、ウォベリ軍が慕っている様にも見える。
もう、俺達では判断出来ん……。
そう考えた兵士達は、皆ベイスの方を見る。
視線を浴びせられ、その場で考え込むベイス。
望んで戦闘を仕掛けた訳では無い。
赤々と燃える炎を見て危機感を覚え、『攻めて来るのなら』とこちらも動いたまで。
しかしこれまでの敵側の動きからは、殺気をまるで感じなかった。
それが不思議だった。
だとすると、一連の出来事はただの演出……?
考えて迷う、ベイス。
その様子を見て、軍を指揮する者と判断したのか。
クライスが、敵軍の中をつかつかと進んで行き。
ベイスの目の前まで来ると。
名乗りを上げる。

「俺はクライス・G・ベルナルド。錬金術師宗主家の者です。貴方が司令官ですね?」

「あ、ああ。俺はベイス・アレンド。ナラム家に、雇われ同然の身で世話になっている騎士だ。」

突然の事に、成すがまま名乗りを上げるベイス。
度胸が据わっているな、この男。
何々、宗主家……。
宗主家!
ま、まさか!
グスターキュに居ると言う、あの宗主家と言うのか!
一騎当千の、比類無き力を持つと言う……。
勝てる筈が無い!
俺達とは、格が違い過ぎる!
ウォベリ軍が、彼等の姿を見て歓喜したのも。
そう言う背景があるなら、当然の事と納得出来る。
そう考え、ベイスは恥を忍んで。
この場に居るヅオウ軍全員に、大声で通達する。

「彼は錬金術師の頂点、宗主家の者だ!俺達が束になって掛かっても、到底勝ち目は無い!ここは彼に降伏し、従う事とする!」

騎士として、高らかにうたう敗北宣言は。
屈辱に他ならない。
しかしこうまでしなくては、ヅオウ軍の兵士達を守る事が出来ない。
その覚悟が伝わったのか。
ヅオウ軍は皆、ベイスに従い。
この小競り合いは、ようやく幕を下ろすのだった。
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