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第181話 検問所、その手前と向こう側にて

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『こんにちは』と笑顔で衛兵に声を掛けながら、会釈して検問所の前を何気無く通り過ぎるクライス。
そして、ラヴィ達が座り込んでいる場所まで到達。
早速ラヴィが文句を付ける。

「遅い!遅いわよ!」

「何をカリカリしてるか知らんが、これでも早い方だぞ?」

クライスは王宮を真面まともに出て、ぐるっと迂回して来た。
対してラヴィ達は隠し通路を使い、ほぼ直線的に現在地まで進んでいる。
本来ならもっと合流が遅れる筈。
なのに気を遣って、時々小走り気味に道を通過していた。
ゆっくりだったのは、検問所の手前から。
そんな事は分かっている。
でも口に出さないと、ストレスが溜まってしまう。
兄様、お気の毒に。
アンは、いわれの無い責めに晒される兄へ同情の念を向ける。
セレナも分かりながら、『もう良いでしょう』とラヴィを止めに入る。
粗方気が済んだのか、ラヴィは落ち着きを取り戻す。
その様子を見て『大丈夫なのか?』と心配するテノ。
『いつもの事でさあ』と、まだ敬語が抜け切らないロッシェが答える。
かくして無事、クライスが加わった。
テノがクライスに尋ねる。

「あの検問所、どうやってやり過ごすのか?」

「そんなの、普通に通れば良いだけ。」

「いや、向こうも警戒を……。」

あっさりとした返しに戸惑うテノ。
もっとあれこれ悩むと思っていた。
それでも、クライスが言うのなら。
皆立ち上がる。
遅れて、テノも。

「さあ、行こうか。」

クライスが先頭で歩き出す。
『やっとかあ』『ほんとにね』と各自ボヤきながら、本格的な今回の旅の始まりを実感する。
不安が拭えないテノに対し、ラヴィがささやく。

『リラックス、リラックス。顔が強張こわばってたら、衛兵が気にするでしょ?』

そう言って、テノの左肩を軽くポンと叩く。
気付かぬうちに、肩にも力が入っていたらしい。
一度だらりと脱力すると、深呼吸を一度。
テノの顔から緊張が消える。
それを見て、ただニコッと笑うラヴィだった。



「どうも済みません、お手間を取らせてしまって。」

クライスが衛兵に声を掛ける。
遠くで何やらやり取りをしているのをジッと見ていた衛兵は、クライスに対して警戒心を和らげる。

「ん?何だ?ここから出るのか?」

「はい。ここでの交渉事も纏まりましたんで、次の取引先へ。」

「そうか。後ろは同僚か?」

「行商仲間です。各自取引先を回った後、集合地点でやっと揃いました。」

「それにしては揉めていた様だが?」

「お恥ずかしい限りで。俺がちょいと時間に遅れただけで、あの剣幕でして。」

「それはお前が悪いな。気を付けた方が良いぞ?」

「もっともなご指摘、ありがとうございます。」

衛兵とにこやかに会話を交わすクライス。
時々頭を掻きながら、愚鈍な行商人を演じている。
さぞ傍からは滑稽に見えただろう。
他の衛兵も笑っている。
そして、最後には。

「まあ大変だろうが、頑張ってな。」

「では、失礼します。」

簡単に衛兵は通してくれた。
検問所をくぐるクライス。
後に続くラヴィ達。
にへらと作り笑顔で。
外周の外側にも衛兵が立っていたが、会話を聞いていたらしく笑顔で見送ってくれた。
こうして一行は、易々と検問所を突破した。



「検問所の在り方を考え直さねばならんな……。」

歩きながらテノが悩む。
思っていたよりも軽く通過出来てしまった。
これでは防衛ラインが簡単に破られてしまう。
危惧を覚えるテノに、ラヴィが言う。

「クライスが一枚上手なだけよ。衛兵の人を責めちゃ駄目。」

「そうそう。あいつは、こう言う事は上手いんだよなあ。」

感心しながらロッシェもフォローする。
クライスはテノの心配に答える。

「衛兵はちゃんと俺達を見ていたよ。その上で害が無いと判断したんだ。実際そうだったしな。」

「そう言われるとそうかも知れんが……。」

まだ納得が行かないテノ。
『どうでも良いじゃない、今は』と、テノの右肩に乗りっ放しのメイが言う。
『そうそう、まだガティを離れて無いんだから』とアン。
これから何処へ向かう?
その相談がまだなのだ。
話し合うには、ガティから十分に離れなければならない。
誰かに悟られぬ様に。



しばらく進んで、丁度良い空き地が見えた。
どうやら旅人の休憩所らしい。
簡単な木製のベンチ、やや小ぶりのテーブル。
弁当の様な食事を広げるには、十分な大きさ。
合流途中にクライスが調達したランチを、皆笑顔で頬張る。
食事を済ませた後、これからの道のりを話し合う。
早速Pをテーブルに広げる。
フサエンから受け取ったコピー。
そこに、テノからの最新情報を書き加える。
すると、妙な事が分かる。
警戒すべきとして記されていた、妖精の暮らしていた跡が何箇所か消される事に。
テノ曰く、『人が入れる様になったから』だそうだ。
それはおかしい。
簡単に正常な状態へ持っていける程、生易しい場所では無いからだ。
何者かが介入したと考えるのが妥当。
それがケミーヤ教にる者で、奴等の隠れ蓑に利用されているとしたら……。
消されるべき箇所は、改めて赤丸が付けられる。
現在、これ等の何処かに拠点が在るかも知れない。
或いは、これ等の中を転々としているかも知れない。
ケミーヤ教の壊滅を図るには、どの道訪れる必要がある。
強調する様に目立つ赤丸は、存在の危険度を如実に表していた。
後は、支配地域の関係。
若干変更が有る。
ガティから北に進むと、【ホイヤー】と言う町と【ツベン】と言う村を経て、クメト家が支配する地域【プレズン】に出る。
しかし以前より、支配地域が西に拡大している。
そこは元々、ゲズ家の支配する地域【ツァッハ】が在ったのだが。
デュレイの推測の通り衰退し滅んだ為に、プレズンへ組み込まれつつある様だ。
この辺りも、警戒する必要があるだろう。



これらの変更点を踏まえて、エッジスのあるウォベリに行くには。
まずプレズンに入り、一旦西へ向かってツァッハに入った後。
そこから北へ向かう必要がある。
ツァッハとウォベリの間には【幻の湖】が在るとされ、ここには何も記載されていない。
湖であるにも係わらずその存在ははっきりせず、確認された場所もバラバラ。
存在範囲とされる場所は空白域とされ、立ち入る者は少ない。
物珍さで冒険者が、湖の所在を証明しようとたまに入り込むらしいが。
キツネにつままれた様な顔をして戻って来るだけ。
普通は湖を回避して、ウォベリへと向かうが。
クライスは、そここそが《魔法使いの居場所》だと断言する。
居場所を掴まれない様、湖ごと移動しているのだとか。
クライスは魔法使いから、そう聞いた。
その空間へ入る手順も教わった。
何時どうやって聞いたのかは言及しなかったが、一行は気にしなかった。
どうせ王宮で魔法使いがごにょごにょ言った、その時の内容に含まれているのだろう。
そう思ったのだ。
実際は《それよりもっと前》なのだが。
士気を乱す訳には行かなかったので、クライスは敢えて伏せた。
アンも何と無く事情を感じ取ったが、兄が自分から話してくれるのを待つ事にした。
ともかく、これからの進路は。
ホイヤーからツベンを経て、プレズンに入る。
そこからツァッハを抜け、幻の湖へ。
そこで魔法使いと会った後、ウォベリへ。
しかもエッジスの状況がかんばしくないので、出来るだけ急いで駆け付ける必要がある。
道中で起こる事に対し、素早く対処してやり過ごさなければならない。
クメト家が日和見派である以上、立場が曖昧だと想定しておく必要もある。
ツァッハへ支配地域を拡大している様子を見ると、反対派に鞍替えしている可能性もある。
正に前途多難。
一筋縄では行かないだろう。



「うーん……。」

そこまで相談し終え、ラヴィが考える。
思っていたよりも大変な旅になりそう。
時間の猶予が分からない以上、下手な寄り道は出来ないかも。
そこへクライスが声を掛ける。

「魔法使いが『寄って行け』と言ったからには、その分の余裕は有ると思って良い。」

「そうよね。でないと、クライスに避けられるものね。」

ラヴィは暗に『時間が無いから』と言う理由で、との前提だったのだが。
クライスが避ける理由は他にある。
それは、皆が考える以上の大きな事。
しかし前に踏み出さなければ。
何も解決しない。
今こそ勇気を持って、真正面から受け止めよう。
クライスも覚悟をした様だ。
決着を付ける覚悟を。
静かに燃え出す、決意の青い炎。
それに身を焼く尽くされない様、冷静を装うクライスだった。
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