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第148話 してやられたが……

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「ちょっと!俺はあんたなんか知らな……!」

クライスは、がっしり掴まれている手を老人から振り解こうとする。
しかしその時。

「まだ甘いな。」

老人はそう呟くと。
老人の右手人差し指にめてある指輪が、カッと光った。

「しまっ……!」

瞬間、クライスはガクッと左膝を地面に付いた。
老人はクライスの革鎧の懐をゴソゴソ探し、入れてあった亀を取り出す。

「こいつはまだ、利用価値が有るんでな。返して貰うよ。」

その声は、完全に老人では無かった。
成人男性の声。

「何者!」

トクシーが咄嗟に槍を構える。
ロッシェとセレナも続いて武器を取る。
すかさず、クライスと老人の間に入る。
完全防御態勢。
流石に1対3は不利。
老人は少し後ろに下がる。
そして、高笑いしながら言った。



「俺の《仕掛け》があれだけだと思うなよ!じゃあな!」



地面に手のひらサイズのボールを叩き付けると。
辺り一帯は煙に覆われた。
それが晴れた頃には、老人はまんまと逃げおおせていた。
クライスに駆け寄るラヴィとアン。

「大丈夫!?」
「しっかりして、兄様!」

下を向いていた顔を起こすクライス。
一言。

「油断していた訳じゃ無いんだがな……。」

「良いから!これを飲んで!」

アンは液体の入った瓶を差し出す。
中には栄養剤、解毒剤、魔力補給剤などが混ぜられている。
一気に飲み干すクライス。
幸い、毒や呪いと言った類の攻撃は無かった様だ。
吐き捨てる様に、クライスは言う。

「出来るな……。」

「相手に感心してどうするの!」

ラヴィはクライスの肩を掴み、ゆっさゆっさ。
頭を前後に揺さ振られながら、クライスは言う。

「気配を感じないから、おかしいとは思ってたんだ。」

「気配?」

ラヴィが聞き返す。

「そう。どうやら一瞬でかたを付けようとして、必要以上に気配を消していたらしい。」

クライスは冷静に分析する。
と同時に、取り囲む連中を睨む。
あいつの仲間か?
暗に返答を求める。
すると。
顔を伏せる者有り、背ける者有り。
真っ直ぐこちらを向いているのは、年端も行かない子供だけだった。
仲間では無いが、関わりたく無い相手でも有る。
そんな感じに受け取れた。
クライスは言い放った。

「ここではとやかく追求しまい。でも警告だ。あいつに関わるな。俺の様な目に会いたくなければな。」

群集は皆、うな垂れる。
カモかと思いきや、とんだ災厄。
折角、何かをせしめるチャンスだと思ったのに。
全部台無し。
ケイがクライスに言う。

「あいつ、前も来たんだ。その時もおんなじ様な感じになって、それで……。」

「それは、見知らぬ人間が前にもここを歩いていたって事かい?」

「うん。その時も邪魔されたんだ。」

群集の1人が呻く。

「何回目だ!あいつが邪魔したのは!」

それに呼応する様に。

「本当に、何時も台無しにしてくれる!」
「ふざけるな!」
「あいつを入れたのは誰だ!」

いつの間にか、群衆同士で言い争いに。
収集が付かないかと思いきや。



「うるさーーーーーーい!」



甲高い声で、ラヴィが叫ぶ。

「元はと言えば、あんた達がこんなとこでくすぶってるからでしょ!」

ラヴィの意見に、反発する群衆。
取り囲む輪を縮めながら、迫り来る。

「あんたに何が分かるってんだ!」
「俺だってなあ!こんな生活嫌なんだよ!」
「抜けられるもんなら、とっくに……!」

皆、思いのたけをブチまける。
それを見て、泣き崩れるネル。
気持ちは同じだった。
こんな環境、脱したい。
でも……。
そこへ、クライスが大声で尋ねる。

「変わりたいのか!?」

おーーーっ!
群集は片手を上げて、声を張り上げる。

「覚悟は有るか!のたれ死んでも良い覚悟が!」

おーーーーっ!
さっきより若干声が小さくなった。
流石に死にたくは無いらしい。

「ここを故郷としない覚悟は!」

おーーーーーーーーーーっ!
今までで一番大きな声。
クライスはその声援に応える。

「なら、俺がチャンスをやろう!変われるチャンスを!」

え?
今度は驚きの声に変わる。
信じられないと言う思いと。
出来る訳が無いと言う思いが。
重なった。
しかし、もうここでジトッとした生活を送りたくは無い。
光の当たる場所で暮らしたい。
皆、心底そう思った。
クライスは叫んだ。



「付いて来い!これは俺からの門出祝いだ!」



シュンッ!
叫んだ瞬間。
周りの建物が消えた。
置いてあった道具も。
盗んで来た食べ物も。
一切。
無くなった。
その代わりに金製の食器やフォーク、ナイフが置いてある。
クライスは続ける。

「これでもう、前に進むしか無くなったぞ!良いかお前ら!胆に銘じろ!ここは『終わり』じゃ無く、『始まり』の地だ!」

おおおおおおぉぉぉぉ!
ドギツい歓声。
怒号とでも言おうか。
何故か、皆の気持ちが高揚していた。
ビビるケイ。
どうなっちゃうの?
みんな、何かおかしいよ……。
その心配を拭う様に。
ラヴィが手を握る。
そして、確信的に言う。

「あいつがそう言うなら、大丈夫よ。今までそうして来たもの。」

期待を背負って、しっかりと応える。
クライスは、背中で立証してきた。
だから、ラヴィは言うのだ。
今度も大丈夫、と。
ラヴィの表情を見て、少し落ち着くケイ。
クライスがやって来て、ケイに耳打ちする。

『教会だけは残してあるよ。約束の証にね。』

その優しい口調。
さっきまでの荒々しい言葉遣いとは違う。
どっちが本当?
子供心に複雑な心境を残す、クライスだった。
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