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第140話 悲しき豹変

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「はい?」

たまげるリンツ。
慌てるハリー。

「何を言い出すの!無理に決まってるじゃない!」

「何故?」

反抗するハリーに、冷たい返事のクライス。
大声を上げるハリー。

「当然でしょ!人間よ!それも年寄り!」

「流石に言い過ぎでは……。」

セレナも同調する。
無理が有り過ぎる。
それでも。

「取り敢えず、ベッドの上に座って貰えませんかね?」

リンツに声を掛けるクライス。
微妙な笑みを浮かべて。

「じいや!こんな奴に従う事は……!」

ハリーがそう言いかけて。
振り向くと。



冷や汗だらだらのリンツ。
身動き1つしない。
そんな表情、今まで見た事無い。
動揺するハリー。
再び声を掛けるクライス。

「別に座る位、どうって事無いですよね?」

クライスと目を合わせようとしないリンツ。
かなり挙動不審。
ラヴィは気が狂ったのかと思った。

「クライス!やり過ぎよ!あんたの言葉におかしくなってるじゃない!」

見かねたのか、そう声を荒げるラヴィ。
その中で、デュレイだけは冷静に見ていた。
ラヴィが振り上げた腕をガシッと掴み、諭す様に言う。

「それは違いますぞ。」

「え?何で?」

ギョッとした顔で睨まれるデュレイ。
しかし気圧けおされる訳には行かない。
はっきりさせないと。



「彼は《この部屋に入った時から》、この様子です。ずっと。」



俯瞰ふかんの状態で部屋を見ていたデュレイ。
危険な旅をして来たからこそ。
立ち位置を常に後ろにしていた。
裏切られた時、すぐに反応出来る様。
そう言う癖が付いていた。
だから、分かる。
リンツの不自然さが。
彼は前に出たがらなかった。
宿に入った時から。
道中は率先して前に居たのに。
あれは道に明るいからでは無い。
自分の身に不都合な物事を、未然に防ぐ為。
では何故そこまでする?
それは。
クライスが圧を掛ける。



「お前の主人は誰だ?《り付いた魔物》よ。」



「い、今何と!」

トクシーが驚く。
ロッシェは訳が分からない。
大人が混乱するのだ。
ハリーは頭がパンクしそうだ。
クライスは続ける。

「あの魔法使いじゃ無いよな?《ルール》を守ってない様だし。強制か?」

ルール。
その言葉で、ラヴィは思い出す。
断片的に。
あれは……そう!使者の請負いの時!

「あの《キツネ犬》の時と同じって事ね!」

「おっ、思い出したか。」

キツネ犬。
オズと名乗っていた使い魔。
確か、体を借りる代わりに願いを1つ叶えるとか。
ラヴィの言葉で、セレナとアンも思い出す。

「そう。《魔物が憑依した状態》なら、人間も通り抜けられる。」

クライスはそう言うが、他の者は何が何だか。
それもそう。
ロッシェと出会ったのは、オズがロール婆さんから離れた後。
単独になってから。
それ以降に合流した者は、魔物の憑依状態を見ていない。
やけに紳士的な態度は、うたぐられるのを避ける為の演技……?
ラヴィ達は勘繰り始める。
それを遮る様に。

「じいやは昔も今も、人思いで優しいのよ!魔物に心を許す訳が……!」

必死にフォローしようとするハリー。
クライスの胸をドンドンと叩く。
掛け替えの無い人。
小さい頃から優しく接してくれた。
無茶を言っても。
我が儘を言っても。
いつも笑顔で返してくれる。
大事な存在。
それを否定しないで!
心の叫びだった。
しかしクライスは言う。

「だからだよ。優しいが故に、契約してしまったんだろう。」

「どう言う事?」

ます々混乱するハリー。
最早、涙目。
その頭をポンと叩き、軽く撫でてやりながらクライスは言う。

「脅されたんだろう。《家が潰れても良いのか、あの娘を死なせても良いのか》ってね。」

「あ、あたし達を守る為……!」

「それしか無いだろう。君にそこまで言わせるんだ。相当な人格者だよ、元々。」

そうだよなぁ?
リンツに向かって言葉を投げ掛ける。
クライスの態度に、とうとう反応するリンツ。



「何故分かった?」



「!」

言葉遣いの豹変に驚くハリー。
頭がクラッと来て、足元がよろめく。
振ら付いたハリーの身体を引き寄せ、ギュッと背中から抱きしめるラヴィ。
一緒に事態を見守りましょう。
そう言わんばかりに。
目つきが鋭くなった老人に。
クライスは答える。

「何故?決まっている。紳士過ぎたんだよ、余りにも。」

「ほう……。」

興味を示すリンツ。
今後の参考にしたいと言いた気。

「あんた、ハリーを追い駆けて来た割に冷静だったよな?」

「それが?」

「その返し、分かってない典型さ。気付かないのか?人はそう言う時、もっと『オロオロする』もんだ。どっしりし過ぎたんだよ。」

「それだけで?」

もっと聞かせろ。
急かす様に食い付いて来る。
クライスは、サービスとばかりに続ける。

「他にも有る。ハリーが道草を食う様に仕向けたな?」

「何の事やら。」

「『網』だよ。虫取り網。用意させたんだってな、あいつに。」

「ウィドーか!売りやがったな!」

「違うね。感じたのさ。実力の差を。」






ウィドーが合流する時に、クライスが尋ねた事。
それは。


《複数で見張ってるな?ムヒス家を。》


『複数』。
自分も勘定に入れられている。
当然この時点ではまだ発覚していない、憑依している魔物も。
『見張る』。
それは、ムヒス家を信用していないと言う事。
同時にこちらの思い通りに動く様、監視していると言う事。
12貴族と言えど、あくまで駒だと言う認識。
そこまで悟られている。
これはヤバい!
消される所では無い。
何か途轍とてつも無い物に、飲まれようとしている。
それは消え去るより辛い事。
そうに違いない!
本能で感じた。
クライスの底の無さを。
だから屈服した。
話せるだけ話した。

「もう無理!これ以上話すと消えちまう!」

「主によってか?」

「いや、別の……おっと!これも無理!」

「まあ大体分かった。それとな……。」

ウィドーの耳を摘まんで、ボソッと呟く。

「もう俺達、一蓮托生だからな。」

ひいいいいいいぃぃぃぃぃ!
震え上がるウィドー。
向こうに付いても。
こちらに付いても。
身の安全は最早無い。
敷いて言うなら、こちらが若干……。
そこまで考えて、クライスの方に寝返る事にした。
幸い、主へと張られていたリンクは。
クライスとメイがこっそり解除してくれた。
その代わり、見えない糸がクライスから延びている様に見えたが。
宿の中に、ウィドーは居ない。
外で馬車と共に居る。
リンツへ裏切りが発覚した時、被害をこうむらない様に。
それはクライスからの忠告でもあった。



「『珍しい物を持って行けば喜ぶでしょう』みたいな事を臭わせた。」

クライスの話は続く。

「そしてウィドーに網を用意させ、何処かに落としておいた。」

「そ、それをあたしが拾ったって事?」

細々とした声で、漸くハリーが喋る。

「そう。もっと言うなら、脱走も想定内。そして……。」

一瞬の間があった後、クライスは言った。



「君の父さんを城に誘導したのも、仕組んだのさ。わざとね。」
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