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第94話 フサエン、その血の意味

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「フサエン、今行くからね。」

使いとして出たのはシェリィだった。
普段、馬の世話をしている少女。
彼女も、老人の語り話の登場人物だった。


「さて、何から話したものか。」

迷うエルベスに、妻のフウォムが切っ掛けけを与える。

「あそこから話した方が良いわ。」

「おお!出会いからだな。」

「出会い?」

反応するラヴィに、エルベスは答えた。

「そう。全ては、あの出会いから始まったんじゃ。」

遠い目をしながら、一老人は語り始めた。
内容は以下の通り。



前当主エルベスには、一人息子が居た。
名は【ブリー・トル・コンセンス】。
聡明で民思い。
行動力も有り、次期当主は確実。
その座へ就く前に見聞を広めたいと、国の様子を訪ね回る旅に出た。
方々を旅していた、或る場所で。
ブリーは出会った。
或る少女と。
そこは不毛の地。
かつて妖精が暮らし、追い出された地。
敷地内で、少女は倒れ苦しんでいた。
どうやら毒矢を右肩に受けたらしい。
ブリーは持っていた解毒薬を飲ませ、矢を受けた傷口を治療した。
処置は的確で素早かったので、少女の回復は速かった。
ブリーは少女の体力が回復するまで、ここでキャンプを張る事にした。
会話の出来る様になった少女へ、ブリーが尋ねた。

『君、名前は?どうしてこんな所で倒れてたんだい?』

『私は【エスク】と申します。或る者に追われ、ここまで逃れて来たのですが。毒矢を受けてしまって……。』

『そうか。それは災難だったね。私が付いているから、もう大丈夫。』

『いえ、見ず知らずの方に迷惑は掛けられません。早くここから離れて……うっ!』

『無理して動こうとするんじゃない。まだ時間はある。ちゃんと直さないと。』

『済みません……でも私を狙う者は荒っぽい奴で、目的の為には誰かれ構わず襲い掛かります。ですから……。』

『だったら、尚更放っとけないね。こんな事をする奴に君は渡せない。』

『でも……。』

『良いから。』

『……はい。』



歩いても平気な程まで体力を回復したエスクは、こうしてブリーの旅に同行する事となった。
或る時は東へ。
或る時は西へ。
2人で苦難を乗り越えて行った。
何時しか2人は、愛し合う様になった。
エスクは時々、独りでブツブツ呟いていた。
初めは気に留めなかったブリーだったが。
2人の距離が縮まると共に、その謎の行動の訳を知りたくなった。
そして或る時、思い切って尋ねた。

『時々君は独り事を言っているけど、あれは何だい?』

『そろそろ尋ねて来る頃だっと思っていたわ。隠してもしょうが無いものね。』

そう言って、エスクは手のひらをブリーに差し出した。
そこには、小さい炎が揺らめいていた。
びっくりするブリー。
すぐに消そうとするが、エスクが制した。

『これは火の精霊よ。私、この子と会話が出来るの。』

『凄いじゃないか!……ひょっとして、君が狙われていたのはこれが理由かい?』

『半分はそう。ある悪巧みをしようとする人達に、この力を利用して私も加担するよう迫られたんだけど。きっぱり断ったの。それが逆鱗に触れたみたい。』

『なるほど。それで、悪巧みの内容は?』

『……ごめんなさい。これはあなたにも話せないの。』

暗い顔をしてうつむくエスク。
ブリーは察した。
人には触れられたく無い部分が必ずある。
彼女にとっては、それがそうなんだろう。
だったら、これ以上何も聞くまい。
ブリーは、そっとエスクの手を取った。
2人を祝福する様に、炎が繋がった手を優しく取り囲んだ。
それはとても温かかった。


そうして2年が過ぎ。
ブリーは旅を終えて屋敷へ帰って来た。
そしてエルベスにエスクを紹介し、こう言った。

『父上、私はこの者を妻にめとるつもりです。どうかお許しを。』

しかし、得体の知れない者との婚約を許す筈が無い。
烈火の如くエルベスは怒り。
話を聞く様忠告したフウォムを無視して、屋敷から2人を追い出した。
落胆したブリーは、エスクを連れて。
スコンティの端の町【ドグメロ】で居を構え、暮らし始めた。
旅の途中で妊娠していたエスクは、ここで子供を出産。
それがフサエン。
『何時か父上も許して下さる』と言うブリーの励ましを糧に、エスクは子育てに精進した。
そんな或る日。



何処かに雇われた賊が、ドグメロを襲撃した。
その報を聞いたエルベスは、すぐに軍を派遣。
自らも将として現場に向かった。
そこで、地獄の様な光景を目の当たりにする。



町のあちこちで火の手が上がっている。
軍を撹乱しようと、賊が火を付けたらしい。
逃げ惑う人々。
それに切りかかり、命を削って行く賊達。
むごい仕打ち。
息子は何処だ!
探し回り、辿り着いた小さな家は。
真っ赤に燃え上がっていた。
懸命に守ろうとしたのだろう。
家の前には、ブリーが血まみれになって倒れていた。

『おい!ブリー!しっかりしろ!』

『ち、父上……まだ中に、妻と息子が……。』

『分かった!すぐに助け出す!』

『あ、ありがとう……ござい……ます……。』

そう言って、ブリーはこと切れた。
涙を振り払うかの様に、エルベスが燃え盛る家の中に突っ込む。
部下が止めるのを聞かずに。
すると、何故か炎がエルベスを避けて行く。
どんどん進むエルベス。
ある部屋の前まで来た時。
子供の泣く声が聞こえた。
バンッと勢い良く、ドアを蹴破って突入。
そこには、子供を庇って覆い被さるエスクと。
とどめを刺そうとする賊が居た。
一閃、賊を蹴散らすエルベス。
壁に吹っ飛んだ賊は、炎に焼かれて行く。

『しっかりしろ!おい!』

エルベスがきかかえるも、エスクの体は血でべっとりしている。
もう助からないだろう。
最後の気力を振り絞って、エスクは告げた。

『どうかこの子……フサエンだけは……助け……』

そこまででぐったりするエスク。
不思議な炎に守られていたフサエンを抱え、エスクを背負い。
何とか家の外に出たエルベス。
亡骸なきがらを二体並べ、うずくまって泣き叫ぶ。
済まぬ……。
あの時儂が許していれば、こんな事には……。
怒り狂ったエルベスは、部下に賊の抹殺を命じた。
怒りは、自分自身にも向けられた。
救えなかった。
儂が殺したも同じだ。
生きる気力を無くしていた。
自害しよう。
そう考え。
喉元に短剣を突き立てた。
その時。



子供がよちよち歩いて来て、エルベスの腕を掴んだ。
振り払おうとしても、懸命にしがみ付く。
何故だ!
何故止めようとする!
涙で溢れたその目を子供に向けた時。
泣くのを堪えているのが分かった。
そうか、この子も悲しいんだ。
でも必死に我慢している。
それは両親が望んでいないから。
何て事だ。
こんな子供に教えられるとは。
命の尊さを。
すぐに抹殺命令を解くエルベス。
結局、生き残った賊は1人だけだった。



ドグメロの町は、壊滅的打撃を受けた。
生き残った人達は、何時か復興出来る日を夢見てウイムへと移住した。
その中に、幼いシェリィもいた。
エルベスは、忘れ形見のフサエンを養子として迎えた。
フウォムは、ブリーの分までフサエンを育てようと決意。
寂しい事ではあったが、ブリーとエスクの墓はドグメロの地に建てられた。
それも、この町の復興を望んでの事だった。



フサエンも、エスクの血のせいか火の精霊と会話が出来た。
それを不気味に感じる人達は、当然出て来る。
疎まれる存在。
育つにつれ、孤独感を増すフサエン。
しかし、唯一それを認めてくれる存在が居た。
この頃から馬の世話をしていた、シェリィだった。
彼女だけは臆する事無く、フサエンと接してくれた。
その存在を有り難く思い、エルベスはシェリィを大切にした。
自分の子供の様に。
誰でも分け隔てなく接するシェリィは、町の人気者となった。
そして自然に、フサエンも受け入れられる様になった。
エルベスはシェリィに感謝した。
それはフウォムも同様だった。



生き残った賊を調べ上げた結果、襲撃はエスクを狙った外部の依頼による物と判明。
エスクの名誉の為に。
本当の理由は敢えて伏せられ、当主の座を狙う不届き者の犯行とした。
エスクは一体何に関わっていたのか?
それはおのずと知れた事。
権力争い、それも国の中枢。
自分自身も、評議会の場で狙われる事があった。
それが関係しているに違いない。
ならば、フサエンを守る為に中立の立場を取ろう。
そう心に決めた。
そして時が過ぎ、今に至る。



エルベスが話し終わった後。
ラヴィは号泣していた。

「何て可哀想な……。」

「ありがとう、彼等の為に泣いてくれて。」

そしてクライスの方に向き直る。

「そなたも恐らく苦労して来たのだろう。顔付きを見れば分かる。だからこそお願いする。」

そして頭を下げた。

「フサエンを、この地域の安定を。未来を……頼みます……!」

クライスはそっとエルベスの肩に手を乗せ、力強く言った。

「分かっています。それがラヴィの野望であり、俺の目的でもありますから。」

クライスの顔は凛々しかった。
頼もしかった。
トクシーが言葉を添える。

「この方が、きっと懸け橋となってくれるでしょう。」

「一体、この使者2人というのは……?」

正体が気になるが、ここでは聞くまい。
いずれ、彼等の口から語られよう。
それにしても、この風格。
ただ者では無い。
それだけは分かる。



逆に、心の中で謝るクライス。
かつての事が、ここまで影響を及ぼしていようとは。
あの悪夢も、恐らく……。
『けりをつけるのはまだ先だな』と、実感せざるを得なかった。
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