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第44話 仮初の村

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「こ奴等、どうしてくれよう……!」

珍しくセレナが怒り狂っていた。
大切な人を殺そうとしたのだから、当然ではあるが。
それを防げなかった自分にも、腹を立てていた。



盗賊団を返り討ちにしてから。
アンが錬金術で3人を縛り上げ、リゼが使っていた睡眠薬を無理やり飲ませた。
3人はそのままバタンキュー。
一行はそれを見届け、ゆっくりと床に付いた。
セレナがきちんと概要を聞いたのは翌日、朝ご飯を食べている時。
アンに『落ち着いて』と言われて、その場は矛を収めたが。
3人が目を覚ますと勢い良く飛び付き、リゼの喉元にナイフを突き立てる。
後ろから抱え込んで引き離すラヴィ。
抵抗するが、掴んでるのがラヴィと知り引き下がる。
それからずっと怒りっ放し。
家の中をうろうろ。


しかしラヴィが取った行動については、アンとセレナには内緒。
何しろボーンズを殴ったのは、《ラヴィの体を動かすキーリ》だったのだから。
キーリは『緊急回避行動だ』と正当化しようとしたが。
ラヴィは一連の動きを夢の中で見ていたので、ムキムキマッチョのイメージが付かないか不安だった。
『乙女なのよ』と、キーリにキツく申し付けて。
護身術程度はラヴィも身に付けていたので、『体が良く動いて戦いは楽だった』とキーリは語った。
褒められても良い気はしないラヴィ。
なるべく、己の手で人を傷付けたくは無かったから。
どんな理由があっても。



「何か騒がしいな……。」

クライスが家の外を覗くと、開けた場所に人が集まっていた。
人数は4、50人程。
ほぼ全員が、人の親位の大人。
気になって、『済みませーん』とセレナを行かせる。
男より女の方が話し易いと思ったのだ。
案の定、大人達は心配そうな顔で言う。

「どうしたい?大丈夫かい?」
「あの家から出て来たねえ。と言う事は……。」
「あんた、まさか被害に!」

畳み掛ける様な言葉の連続で、セレナは返事が出来ないままジリジリ後退。

「今なら逃げられるよ!」
「早くお行き!」
「今の内に!」

迫り来る人を両手で押さえる様に、『落ち着いて下さい』と言うのが精一杯のセレナ。
そこに、ひょっこりと顔を覗かせるアン。
こんな小さい子まで!
群衆と化した大人は、最早止め様も無かった。
家の中へなだれ込もうとする、その勢いを殺す様に。
群衆の目の前に、グルグル巻きの盗賊団が投げ入れられた。
そして、落ち着いた様子のクライスが家から出て来る。

「ご安心下さい。賊は捕らえました。」

解きなさいったら!
叫ぶリゼの声も空しく消える。
群衆が『うおーーーっ!』と怒号を発したからだ。
余程、盗賊団に恨みを持っていたらしい。
殴り掛かろうとする人も居た。
それをクライスが制する。

「駄目ですよ。殴ったら、あなたは〔こいつ等と同レベルの人間〕と格付けされてしまいます。それは不本意でしょう?」

そう言われたら、引くに他無い。
怒っている群衆の内、1人が言う。

「こいつ等は盗人を働く手間に、俺達を監視してたんだ。逃げない様にな!」

「逃げる?」

クライスが疑問を投げる。

「ああ。俺達は全員、他所よその土地から連れて来られたんだ。『こちらの方が食い扶持が良い』と騙されてな。」

「それはこの領地外から、と言う事で?」

「〔モッテジン〕って町、知ってるか?元々は、そこでの労働力に駆り出されたんだ。」

「ノルミンの村で、良く似た話を聞いたわね。」

横で話を聞いていたラヴィが口を挟む。
すると、奥の女性が大声を上げる。

「ノルミン?ノルミンを知ってるの?」

ラヴィに駆け寄り、しがみ付く。

「ロウムから領地モッタに入って、最初に訪れた村で出会った少年ですが……。」

ラヴィは半信半疑。
名も無かった村で会ったのだから、同一人物かは分からない。
しかし女性の目はキラキラしていた。

「間違い無いわ!私達の子よ!ねえ、あなた!」

女性は群衆の方を振り返る。
或る男性が人混みを分け入って、こちらにやって来た。

「そうだ。俺達の村には名前が無いんだ。ここと同じ様に。」

「え?結構家が建っていますが……。」

ラヴィは改めて村を見回したが、あの村よりも家の数が多い。
名が無いとはおかしい。

「ここは。俺達の様に他所から連れて来られた労働者の、休憩所みたいなもんなんだ。」

ノルミンの両親と思しき人達とは別の人物が、事情を話し出す。



定期的に何処からか掻き集めては、無理やり働かせるんだ。
何を作ってるか知らされずな。
俺達は大型のプロジェクトが終わった後に連れて来られたから、その他雑用をさせられてるんだ。
それまでに連行された奴等?
さあ、分からんよ。
口封じの為に、抹殺されたかもな。
で、俺達の監視と。
何も知らない他所者が迷い込んだ時の処理係として。
盗賊団を雇った訳だ。
誰が?
さあ、領主様なんじゃねえの?
何も無かった所に、こんな検問まがいの偽の村を作る位だからな。
ただ、おかしいんだよなあ?
一度パラウンドに連れてかれた時見たんだが、町の中を明らかに自軍じゃない兵士が歩いてたんだ。
平気な顔をして。
そんな事有り得るかい?
それにしてもあんた等も災難だったな、こんな事に巻き込まれて。
え?違う?解決しに来た?
何だそりゃ?



説明していた男から逆に質問され、何と言おうか迷うラヴィ。
それにはクライスが答える。

「俺達は、現状を覆し正常に戻す為に旅をしています。」

「現状?」

「あなた方は聞く権利が有ります。お伝えしましょう。この辺り一帯は《戦争状態》です。」

戦争状態。
その言葉を聞いて、群衆が湧き立つ。

「そんなの聞いてないぞ!」
「どう言う事だ!」
「でもそれなら、敵軍兵士が闊歩していてもおかしくないな……。」
「一大事だぞ!」
「他の領地はどうなんだ!ここと同じなのか!」



「落ち着きなさーーーーーい!」



ラヴィが大声を張り上げると、やっと収まった。
『これから話しますから』とラヴィが前置きして、クライスが続ける。

「メインダリーが裏切り、敵軍を引き入れ。それがセントリアに進軍しました。今の戦場は主にセントリアです。」

ゴクリと唾を呑む群衆。

「そして敵軍は。援軍を寄越せない様、隣接した領地を混乱させていました。」

で?
その後は?
群衆は続きを待つ。
クライスの次の言葉に、皆拍子抜けした。

「しかし俺達が領地のごたごたを解決し、今は俺達と協力状態にあります。関所の封鎖は俺達の指示による物です。」

「君達、本気で言っているのか?」
「妄言としか思えないが……。」

失望の顔に変わって行く。
『仕方無いな』と、クライスは群衆に尋ねる。

「あなた方は故郷へ帰りたいですか?」

「そりゃあ、まあ。」

「帰れるなら、もうこの村は必要有りませんよね?」

有るわ!大有りよ!
そうだそうだ!
こっちはおまんまの食い上げだ!
そう叫んだのは盗賊団の3人だけだった。
群衆は下を向いたまま黙っている。
そんな事が叶う訳無い。
帰りたくても帰れない。
そう言う気持ちだった。
クライスは、帰る意志有りと受け取った。
それまで何処かへ飛び去っていたオズが、示し合わせた様にクライスの左肩へ留まる。

「《あれ》をやるんだろ?なら俺が必要だな。」

得意気なオズ。

「ああ、これはちと負担が掛かるからな。お前が居て良かったよ、今回だけはな。」

そう言ってクライスはしゃがみ、右手を地面に付ける。
静かに目を閉じ、念じる。
するとオズが眩しい光を放った。
この場に居る者が、皆びっくり。
光はクライスの体を通り、町中に広がる。
蜘蛛の巣の様に。
あらゆる建物が金へと変わり、馬車とそれを引く馬が誕生した。
それも何台も。
『ふう』と一息付いて、クライスは立ち上がる。

「全員分の馬車を用意しました。これに乗ってお帰り下さい。行先を馬に告げれば、何処までも走りますから。」

『後は馬車の補強を頼む』とアンに告げると、クライスはその場に座り込んだ。
皆呆気に取られる。
黄金の馬は、まるで生きている様に動く。
馬を金に変えたと言っても差し支えない出来。
アンは早速、錬金術で補強に入る。
馬はともかく、大人数を乗せる馬車は金だけでは丈夫で無いからだ。
手伝うセレナ。
アンが生み出した合金板を馬車の中に敷いたり、屋根や壁に取り付けたり。
それをアンが接合する。
共同作業は手際良く行われた。
少し顔が青いクライスを気遣い、ラヴィが寄り添う。

「大丈夫?結構力を使うの?あれ。」

「生み出すだけだと、そうでも無いんだがな。」

「作った物に意志を宿らせるには、結構な魔力が必要なんだぜ。俺が居て良かったな、ホント。」

オズの言葉を聞いて、クライスがオズを肩から降ろさない理由が分かった。
この使い魔は、魔力の供給源なのだ。
辺りの物から魔力を集め、特定の物にその魔力を提供する。
理に適ってはいるが、それでは錬金術と魔法が同じ物になってしまう。
その違いって何だろう?
ラヴィはふと思った。



『帰れる』と喜ぶ者。
起きた事を受け入れられず、一心不乱に祈りを捧げる者。
クライス達に感謝する者。
人それぞれの反応の中で、リゼの目だけが爛々と輝いていた。
とんでもない宝石を見つけたかの様に。
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