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第36話 悪知恵も金に変わる

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砦の中は普通の造り。
木で出来た屋敷の周りにレンガを積み上げ、砦の様に造り替えていた。
クライスが小部屋でドタドタと音が聞こえたのは、中が木製である為。
何故そんな構造を?
答えは簡単。
建設を急いだからだ。
ではその理由は?
それは、エプドモから聞くとしよう。



「そこに掛けてくれ。」

大広間では無く、その隣に位置する寝室へと案内されたクライス。

「ここの方が気が楽でな。どうも高級な椅子は好かん。」

これも騎士道なのか?
それとも、その椅子に相応しい者は別に居ると?

「では改めさせて貰おう。」

手を差し出すエプドモ。
それを食い入る様に見ている、ヒューイとネイク。
寝室には4人だけ。
エプドモがそう命じたのだ。
何か思う所が有るのだろう。
クライスは或る程度警戒しながらも、エプドモに差し出す。

「ふむう……。」

手に取ったエプドモは、あちこちの角度から見回す。
そして、本物の金銀製である事を確認した。

「何と素晴らしい物だ。本当に有るとは。」

エプドモは感心する。
領主であるズベート卿に仕えた身。
珍品逸品は粗方あらかた見て来た。
多少は目利きが出来る。
その目が凄い品と判断。
最早、猶予は無かった。

「早速だが、これを譲ってくれまいか?」

エプドモは当然の様に言う。
これがあれば、ズベート卿の関心を引く事が出来る。
こちらにリンゴの販売権が転がって来る。
その近道を逃す筈は無い。
しかし、クライスは前置きする。

「条件が有ります。宜しいですか?」

「金か?幾ら欲しい?」

「いえ、金はこの際どうでも。俺が欲しいのは《真実》です。」

「真実?」

エプドモは首をかしげる。
強欲な行商人だと思っていたが、金は要らぬと?
そこへクライスが直球を投げた。

「《この様な状況を作り出したのは何か》、と言う事です。」

「何か、とは?」

更に首をかしげるエプドモ。
そんな事を知ってどうする?
流浪人風情が?
エプドモは当然考えるが。
クライスが続ける。

「町の形状を変え領主様が呆れて町を出られる程、リンゴの販売権を欲する理由です。」

エプドモがそこまで欲に執着する人物には見えない。
誰かに焚きつけられたとしか考えようが無い。

「何かと思えば……。」

そう言いつつ、金銀のリンゴを小さい机の上に置くエプドモ。

「決まっているだろう?この領地を守る為だ。」

「ここからは、私が代わりに話しましょう。」

急に態度を変えたヒューイが、部屋を歩きながら語り出した。



『隣国のヘルメシア帝国が利権を求めて攻め入って来る』と言う情報を、ある筋から掴んだのです。
利権とは即ち、この領地ではリンゴの販売権を示します。
それを未然に防ぐ為、『誰かが販売権を握る方が良い』と助言しました。
当然、領主のズベート卿がその権利を保有しておりました。
しかしあの方は気弱で優柔不断、領主としては相応しく無い。
そこで私は、騎士長であらせられるエプドモ様を推薦しました。
これに対し、フチルベとか言う強欲者が反対しました。
あろう事か、ズベート卿を脅して追放してしまったのです。
不測の事態に、エプドモ様はとうとう立ち上がられました。
そして卑怯者の奇襲に備え、砦を建設し。
こちらが正当である事を堂々と主張する。
当然じゃありませんか。
胸を張り、確信的にそう語るヒューイ。
しかし彼は気付いていない。
余計な事まで話してしまった事を。

「なるほど、原因はあんたか。」

ニヤッとするクライス。
突然の態度の豹変にびっくりする、同室の3人。
特にヒューイ。
そして、窓から見える空へ向かってクライスが叫んだ。



「だってよ!そっちの話ではどう言う事になってる!」



クライスの金の糸電話が、フチルベ側に居る3人へと繋がっていた。
3人は丁度、フチルベから〔この様な状況に至った経緯〕を聞き終えていた所だ。
フチルベは、天井から聞こえる得体の知れない声の主に怯えていた。
どうして?
天井が喋った?
フチルベの頭には、ハテナマークが浮かんでいた。
その光景を放って置いて、アンが話し始める。

「こちらではこの様な《設定》になっています、兄様。」

アンは、フチルベから聞いた情報を話し出す。



フチルベさんはブラウニーさんを助けたと言う【男】から、『誰かがこの領地を乗っ取ってリンゴの栽培を妨害しようとしてる』と聞かされたそうです。
慌てたフチルベさんは、その男と何とかならないか相談していたのですが。
その内、『自分に任せてくれれば何とかしよう、ついては自分に販売権を譲ってくれ』と主張して来たと。
それで『これは怪しい、では先に動こう』と、ズベート卿の元を訪れたそうです。
しかし訪れた時には、既にエプドモ様が動いていたと。
その後ろに居る、鎧を着た騎士の中に見たそうです。
そそのかそうとしたと考えられる、その男を。
焦ったフチルベさんは、つい大声でエプドモ様と口論になった。
それを切っ掛けに、ズベート卿が飛び出してしまった。
仕方が無い。
手荒な方法になるが、この町の店主達と協力して何とかするしか無い。
そう思うに至ったそうです。
後は見ての通り。
フチルベさんは商店街を、エプドモ様は住宅地を押さえ。
お互い奇襲されない様に、バリケード代わりのレンガ壁を作り上げた。
そう言う事だそうですよ、兄様。



アンは天井を指差した。
『今なら向こう側に声が届く』と言わんばかりに。
フチルベは天井に向かって叫んだ。

「エプドモ様!騎士の中に、最近加わった新参者が居る筈です!目付きの悪い小男が!」

エプドモは、アンとフチルベの声が天井から聞こえるのを確認した。
全く理解し難い面妖な技。
恐らくそれを可能にしているのが、この行商人。
ます々何者か分からなくなったが、あれは確かにフチルベの声。
と言う事は、その男とは……。
咄嗟とっさにヒューイの方を振り返るエプドモ。

「これは頂いた!」

手に金銀のリンゴを握り締め、寝室から出ようとするヒューイ。

「適当に付いた嘘が、まさか真になるとは。都合が良い。くっくっくっ。」

卑屈な笑い声をしながら、部屋を出て行った。
すぐにエプドモが命じる。

「ネイクよ、その者を取り押さえよ!」

『ダッ!』とヒューイを追い駆けるネイク。
しかし、部屋の外では。
何故か、騎士同士の小競り合いが起こっていた。

「せいぜい騒げよ、皆の者!報酬は弾むぞ!」

そう叫びながら、ごたごたの中を抜けようとするヒューイ。

「分かりました、イレ……じゃなかった、ヒューイ様!」

応答する騎士。
その胸には、金の勲章みたいな物がぶら下がっていた。
それをふと見て、『そんな物与えたか?』と疑問に思うヒューイ。
瞬間、ハッと気付く。
しまった!

「おい!その胸に下げてる金の物を投げ捨てろ!早くだ!」

ヒューイがそう命じた時には、既に……。



「流石、錬金術の心得があるな。一足遅かったが。」



騎士に付いていた金の勲章は、カッと光ったと思うと。
それを中心に、鎧が全て金に変わってしまった。
抜いていた剣も、籠手も、靴も。
そして、ゲル状の塊にブヨンとまとまったと思うと。
ヒューイの方へ『ザアアアアアッ!』と近付いて来た。
そして金の寝袋に包まれたが如く、顔だけ出して後は金に捕縛されてしまった。
ヒューイも多少は錬金術が使える。
どうせ何とかなるだろうと高をくくっていた。
それが仇となった。
さっさと自分だけ逃げれば良かったのだ。
術を使おうとすればする程、金は固体に近くなる。
完全に身動きが取れなくなる前に、ヒューイは負け惜しみを言った。

「ズベート卿を納得させたかったんだろ!残念だったな!あれは私の手の……!」

そう言いかけて、ヒューイは感じた。
握り締めた金銀のリンゴの、硬い質感が無くなるのを。
くそう!
そう言う事か!
気付いた時には、跡形も無く消え失せていた。
ヒューイが金に包まれるという、前代未聞の光景を見せつけられて。
呆気に取られる騎士達。
丸裸になっている〔騎士だった者達〕も。
何だ?
どうなっている?
クライスがその疑問に答えた。

「ネイクさんが俺を逃がそうとしてくれた時、目印に付けといたんだ。明らかに敵側だったんでね。」

それだけでは疑問は晴れなかった。

「ああ。金銀のリンゴは、こいつに持ってて貰ったんだ。」

クライスが、服のポケットをチラッと見る。
そこからひょこっと顔を出す、金の小人。
小部屋でクライス1人になった時。
門番が座っていた椅子の裏に、金銀のリンゴを金に包んで張り付かせた。
そこが一番怪しまれないからだ。
クライスが出た後、包みが金の小人に変化して小窓から脱出。
そしてクライスがフラフラっと玄関に近付いた時に、ズボンの中に侵入。
スルッとポケットの中に納まったと言う訳だ。



それでも疑問はまだ晴れない。
当然。
クライスが生み出し操っている物。
それは、この世の誰もが生み出せない唯一の物。
《金》だからだ。
そこでようやく、エプドモが思い出す。

《幻の錬金術師》。

それこそ噂所では無い、正真正銘の伝説級。
疑問が晴れた瞬間だった。
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