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第26話 真意を探る駆け引きを

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「へえ……。」

部屋の中に入ったクライスは、辺りを見回す。
調度品が所狭しと並べられているが、きちんと見易い様工夫されている。
椅子や机も丁寧に掃除され、使い易い角度で設置されていた。
ズベート卿の几帳面な性格を、如実に反映していた。
試しに、高級そうな壺を触ろうとする。

「こら!」

動作に入った瞬間、怒鳴られる。
目ざとい監視。
神経質を通り越した何か。
これで大体分かった。
ここまで周りに神経を張り巡らせていれば、権力争いなんかされたら心が参るのも容易い。
お付きの人が困惑する訳だ。
まあ、簡単に人の性格は変えられないが。
このタイプなら、ベクトルを少し曲げてやれば……。



敢えて、ズベート卿から聞いて来るのを待つクライス。
まだ、怒鳴り声以外を聞いていない。
腫れ物に触る様な感じで、主に接するシリング。
ズベート卿は、ガラス細工では無いのだが。
クライスは、シリングにドアまで下がる様促しす。
渋々下がるシリング。
さあ、妨げる物は何も無い。
早くこっちへ来い。
あんたの欲しい物がここに有るぞ。
しかし、ズベート卿はジッとクライスを見たまましばらく動かない。
さっき壺にちょっかいを出そうとした事で、警戒心が蘇ったのだろうか?
そこまでへなちょこなのか、この領主は?
それとも……。

「お、おい!シリング!何か食いたい!菓子を持て!」

ようやくズベート卿が動いた。
指示に従うシリング。
そっとドアを閉めた後。



ザザザアアアッ!



速攻でクライスにすり寄るズベート卿。
本当は間近で見たくて仕方が無かったのを、配下の手前上我慢していたのだ。
プライドも相当な物らしい。
『ここでの事は他言無用』と念を押され。
早う!早う!
小声で催促。
『どうしようかな』と、そっぽを向くクライス。
即座に正面へ回り込むズベート卿。
余程叶えたい願いが有るらしい。

「仕方ありませんね。」

勿体ぶった挙句観念した振りをして、クライスは金銀のリンゴをズベート卿に見せる。
パアアアアアッと目が輝き、まじまじと見る。
角度を変えて。
何度も、何度も。
これだけの調度品に囲まれているのだから、当然真贋を見極める目は持ち合わせていた。
そして、本物と確信したらしい。
金銀のリンゴを掴もうとする。

「おっと。」

すかさずクライスは引っ込める。

「何をしている!早く寄越さんか!」

「何故です?《取り引き》だと申し上げた筈ですが?」

「何が欲しい!何でもくれてやるぞ!」

「この部屋の調度品全部でも?」

「おう!安いものだ!」

「それ程とは……何て強欲な……。」

「願いが叶うなら、それで良い!」

「叶わなかったら?」

「その時はお前を処刑する!偽物を掴ませた罪でな!」

「責任をなすり付けですか。」


クライスは真意を量っていた。
何故ここまでして、これを欲するのか。
何故、胡散臭い噂話にすがるのか。
ならば、この《条件》が答えを探るのに効くだろう。



「では《この領地の民の幸せ》、それと交換しましょう。どうです、悪くないでしょう?」



途端にズベート卿の顔が強張こわばる。
それもその筈。
この言葉は、ただ『この領地を寄越せ』と言った要求では無い。
《民の生き死には俺が選ぶ、民をどう使おうが俺の勝手にさせて貰う》と言う脅迫。
やはりそうか。
クライスは考える。
お付きの3人は傍に居過ぎたせいで、主の志を見失っていた。
気弱で優柔不断、しかし神経質な程に民思い。
思った様な行動を取れず、考えも口下手で話下手だから十分には伝わらない。
お蔭で配下の者に心配を掛けっ放し。
本当は直さないといけない性格で有るのは、本人も分かっている。
しかし、領主としてのプライドが許さない。
何か良い言い訳がないか探している内に、有りもしない物を頼る様になってしまった。
それが恥ずかしくて居辛くなり、首都を飛び出してこの町へ来た。
無いと分かりながら。
それが本当に有った。
無いと思う物が有った。
奇跡だ。
これなら変われる、自分自身が。
今まで迷惑を掛けて来た家臣も、やっとねぎらってやれる。
揉め事を起こしている2人に対しても、強気で対処出来る。
奇跡は起こるんだ。
起こせるんだ。
ズベート卿の考えはそんな所だろう。
そこまでクライスは、一瞬で判断した。



「どうします?欲しいんでしょう、これが。」

「そ、それはそうだが……。」

躊躇ためらうズベート卿。
明らかな動揺。
そこを容赦無く畳み掛ける。

「首都では何やら揉めている様ですね。そうだ!そこに持ち込めば、あるいは……。」

「止めろ!……止めてくれ!それだけは……。」

「何故?」

「何故でも!」

「どうして?」

「どうしてもだ!」

久々に叫び続けたらしい。
ズベート卿は、ハアハアと息が切れていた。
そこまで民を守ろうと必死になっていた。
金銀のリンゴに、噂の効果が本当に有るかどうかは分からない。
しかしこんな物を連中に渡せば、領内の戦乱は必至。
それでは元も子も無い。

「どうしました!」

菓子を持って戻って来たシリングが、それを放り投げて慌てて主に駆け寄る。

「主に何をされました!場合によっては……!」

ズベート卿を庇い、戦闘態勢を取るシリング。
クライスを睨む目つき、流石騎士だ。

「良い!良いのだ……!」

それをズベート卿がいさめる。
その様を見て少し気の毒に思ったのだろう。
クライスが頭を下げ、優しい声で謝る。

「申し訳ありません。ズベート卿の真意を知りたく、芝居を打たせて頂きました。」

「何と!真意ですと!」

驚くシリング。
自分達が知らない何かを、心に秘めておいでだったのか……?

「ええ。あなた方は余りにも長く、余りにも近くに居過ぎた為。本意が見えていなかった様です。」

「と申されますと?」

「この方は立派な領主様ですよ。少なくとも、己よりも民の幸せを一番だと思ってらっしゃる。」

「真ですか……!」

ズベート卿を見やるシリング。
顔を真っ赤にするズベート卿。

「だから黙っておったのに……。そなた達はすぐ要らぬ心配を……。」

「申し訳ございません!」

シリングはその場で土下座。
そのやり取りをこっそり見ていた他の2人の家臣も、シリングの横で土下座。

「ここまでの志をお持ちとは……!」
「我々、反省のしようもございません!」

「だからそれが……。」



「何を申されても無駄でしょう。行動に移さなければ。」



そう言って、ラヴィ達がズベート卿の前に出る。
クライスの役目はここまで。
ここからは、満を持してラヴィの出番だ。
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