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03跡取り
しおりを挟むハヤセはこれまでの人生、親や兄弟から失望されてばかりだといえた。
剣の腕が立たないばかりか、あらゆる武芸の才能と能力が著しく低かったからだ。少食のハヤセでは最低限の肉付きがせいぜいであり、身体を鍛えようにも体力が足りない。極めつけは体格で、遠目からだと女性に見えるほど小柄なのである。見た目通りの彼の貧弱さはレイフィールド一家の抱える悩みの種であった。
ハヤセが16歳前後の時には、すでに弟の身長がハヤセを上回っていた。武芸達者の次男坊を、レイフィールドの当主オックスは殊のほか可愛がった。嫡男を差し置いて、次男ばかりに絢爛豪華な品々を与え、財の限りをもって生活を整えさせていく。
部外者が屋敷の中を覗いてみれば、誰が次代当主なのかを見定めることは困難であろう。ハヤセは質素で穏やかな毎日を好んでいたが、弟の惜しげもない愛されようを近くで感じると辛かった。目も眩むような値段の家具雑貨。並の騎士では買えないような鎧まで。
父は自分に何も与えてくれない
ハヤセは弟へ向けるそんな愛情を、妬みや嫉みで見てしまうのだった。オックスが嫡男を野放しにするたび、母であるマリアは、むしろ嫡男に慈愛をもって接するようになっていった。
「あなたは立派に育ってくれましたよ。とても頼もしく、そして美しく」
ハヤセにとってその慰みの言葉は痛いだけだった。憧れ目指していた屈強な戦士、逞しい男性像は夢のまた夢。鏡に映る自分はむしろ女のそれではないか。武器もまともにとれず、弟には体格からして惨敗を喫している昨今。守るより守られるのが妥当なこの身体のどこが立派なのか。己が情けない。母の期待に応えられなかったことも、父の偉大な背中を追えそうもないことも悔しい。
~~~~~
ハヤセが成人する直前の日、彼の廃嫡は突如として言い渡された。教養の深さだけが取り柄のハヤセに対し、父親はとっくの昔に愛想をつかしていたらしい。
「レイフィールドの次期当主を変更する。これにより我が息子ハヤセ・レイフィールドは廃嫡とする」
残酷な沙汰だったが、遅かれ早かれそうなるであろうとハヤセは予感していた。それゆえ最初こそ戸惑いを覚えたが、すぐにそれを受け入れることができた。弟の恵まれた姿を前に、兄である彼の心はボロボロの骨抜き状態だったのだ。ハヤセは拒まなかった。むしろどうぞと恭順の意を示したほどである。
「兄上には申し訳ないが、これは当主の決定ですので拒むことはできませんよ」
「ええ、それはそうでしょう」
まだまだ育ち盛りの弟を見上げることになる。高圧的で筋骨隆々な男だ。まったくもって可愛くないのだが、これでも血が通ったかけがえのない兄弟である。その気持ちが、弟個人を憎むことを懸命に押し留めてくれている。
「デビュタントの前に残念でしたね兄上。ですがこれからはわたくしがレイフィールドの顔ですから、それをお忘れなきように」
あぁ……身内でなければ汚い言葉を返していたことだろう。ハヤセは沈黙を保ちながら、自慢気な弟の表情に睨み返してやることしかできなかった。
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