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12心の弱さ
しおりを挟む決闘大会は夜にわたるまで続いた。
かつての婚礼後の宴よりも盛り上がって、都中がお祭り騒ぎと化していた。王宮に残っている人員もわずか、最低限の配備だけなされている。仕事のないものは当たり前のように試合を楽しみ、年に一度のこの日を満喫していた。
夜。本来なら寝静まるころだが、やはり外は熱狂の声でうるさかった。
王宮で寝泊まりしている人は漏れなく、大会期間は深い眠りにつくことができない。目の前に決闘場があってはそちらが気になってしまうからだ。
ルイは侍女を連れて湖畔まで来ていた。喧騒から離れて落ち着ける場所といったら、彼らはこの場所しか思い浮かばなかった。
「ここは静かですね」
「そうだね」
水のなかに手を入れて、冷涼な温度を感じる。さらさらと水中をかき混ぜると心身も溶けていくようだった。湖にいくつも波紋は広がっていき、黒々とした闇の奥へと消えていく。その先は見えなかった。
寝付けない今日のような夜は、ここで自然を味わい気分を落ち着かせる。
ルイはレオポルドが負傷してから食事も喉を通らなかった。レオポルドはすり傷と打撲で済まされたが、目の前で倒れた一連の彼は、ひどく痛々しい姿だった。ルイはその瞬間が何度も頭をよぎっていた。
まるで自分まで相手のロングソードで叩きこまれた気分。頭が痛くて、心が折れかけそうになる。あれを実際に喰らったレオポルドはもっと痛かったはずだ。
「ルイ様申し訳ありません。わたしが殿下を煽るような真似をしてしまったばかりに」
侍女のララがさっきから何度も謝ってくる。そのたびにルイは、いいよいいよと許しを口にした。
中庭で王子と楽しくお話していたのはララだった。騎士の願いごと、といかにも少年が食いつきそうな話題を出しながら。
その後もいっしょになって、試合についての意気込みとかを話し合っていたらしい。レオポルドに騎士用の甲冑を勧めたのも彼女だったという。
「ララのせいじゃないよ」
「わたしがあそこまで先走らなければ」
「はじめからレオポルド様がやると決めていたのだから、誰のせいでもないんだ」
責任を感じているララは、もう少しここで落ち着いた方がよさそうだ。
あんなやり取りをしなくてもレオポルドは試合に出ていた。鎧だって別のにしても同じだったに違いない。彼の身長は小さすぎるから。
それにもしあそこで勝ち抜いていたら、二回戦、三回戦ともっとひどい手傷を負っていたかもしれない。惨めな負け方をしていたかもしれない。
出場者には、ロイド王子のような猛者だっている。レオポルドが勝てる道理なんてもとから無かったのだ。
「私は、初戦で王子がやられてよかったと思ったよ」
「え?」
「彼がおごり高ぶらなくて済むもの。あの子はきっと、今日のことをそうとう悔しがるよ」
成長のための痛みだったと思いこんだほうが都合がいいだろう。即興性を利かせてララのことを慰める。すると俯いていた侍女が驚いたように顔を上げた。彼女はきっと頭が良いから、もうこれ以上語る必要もないとルイは思った。
当のルイはというと、バクバクと鼓動が鳴ってばかりだった。レオポルドへの不安と心配のしすぎで辛抱たまらない。痛そうな彼を見て心痛がした。そしてそれを何度も見るはめになるのは御免だった。
「だから今日は、成長した日だと思うことにしようよ」
ひとり言のように水面にむかって言い切った。気丈な心を持たねばと、ルイは自分の弱い心を奮い立たせる。夫のレオポルドはまだ10歳の童だ。彼を支えるはずの年上がくよくよしていたら、失笑ものだろう。彼の妻としての自覚はないが、彼を支えるよき友人として力を尽くしたい。
(なのに私が揺らいでどうする!!)
ルイはたくさんの気持ちを吐き出しながら、空気をいっぱいに吸い込んだ。弱い自分を振り払って、頼りないあの少年を支えること。
シオン王国に嫁いでくるまで考えてすら無かった。自分がこれほど婚約者に情を感じるだなんて。今ではあの少年が何者になっていくのか、一番楽しみにしているのはルイだった。
「王宮へ戻ろう。レオポルド様が待ってる」
気持ちは振れたままだが。「行こう」とルイは侍女に伝えると、相手は快くうなづいてくれた。
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