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03レオポルド・シオン
しおりを挟む婚礼というにはささやかな、限りなく小さな式典が王宮で執り行われた。国王陛下はなぜか姿を見せず、王妃様もいなかった。
また何人かいるらしい王族も出席はまばらである。家臣や従者の席にもいくつか空席が見られ、先ほどまでの歓迎ムードとは正反対の様相を示している。
ルイは不信感に陥った。気がおかしくなりそうなところを寸前でこらえている。せめてもの救いは、侍女たちが後ろで支えてくれていることだった。
「こちらの者はレオポルド・シオン第三王子殿下。神の恩寵を授かりし輝かしい人格者である」
ふだん感情を表に出さないルイも目を見開いて狼狽した。神父が夫婦の名を読み上げている途中なのに、彼は隣に立つ存在に呆気に取られていた。
(子どもなのか……?)
横に立っているはずの夫は、従者の手に繋がれている。辺りをキョロキョロとして落ち着きが無い。ただの背の低い児童に見えた。レオポルド・シオン第三王子の名が呼ばれると、彼は大きく「はい!」と元気に声を張り上げた。
「あっ‼︎ロイド兄上だ、お付きもたくさんいるぞ」
小さな首をぐるぐる回してはしゃいでいる。「おーい」と式を遮るような声を出しては、注目を浴びるためにわざわざ手を振っていく。もちろん場に似つかわしくない非常識な行動だ。
見なくともわかる、遊びたいざかりのこの子どもは、婚礼の厳かな雰囲気など感じ取ってはいない。乱れた金髪の残像が、ルイの横目に何度も映った。子犬のように体を動かし続けているらしく、まったく従者では手に負えていないらしい。
「こ、これの者はルイ・シオン妃殿下。外の国より参られた高貴な青き血の継承者である」
「ルイというのか」
「えっ……はい。どうぞ末長く、よろしくお願いいたします」
レオポルドがルイに関心を示し、当たり前のように神父の言葉をせき止めた。ルイは緊張しながらも言葉を送ってやり過ごそうと努める。式に参列する人たちに申し訳がなく、一刻も早くこの気まずい状況から抜け出したかった。
「ふ~ん」
興味があるのかないのかわからない相槌をしながら、レオポルドはじっとルイを眺めていた。ルイの方も夫となる人の顔を初めて拝んだ。
まだあどけない。ほんとうに幼い子どもで、自分がこの子の妻になることなんて信じられない。王族らしいオーラとか、威厳ある佇まいは感じられなかった。だがそんな少年の外見は彫刻のように美しいとルイは思った。
夕日の輝きを受けて、まぶしく輝く金髪が星のように瞬いていた。目を合わせてから気づく、燃えるような赤色の瞳。火がメラメラと燃え盛ってくるような苛烈な印象を受ける。いささかこの世の存在とは思えないほどであった。
「そっか」
目線を背けながらレオポルドは呟いて、何か思いついたような神妙な顔をした。ルイの戸惑いをよそに、それから少年は従者の腕をぎゅっとつねり、するりと手元から抜けていく。従者の「ぎゃっ」という痛そうな絶叫が響いた。
少年は礼服のなかに手を突っ込み、ポケットから何やら取り出そうとしていた。
「ルイ」
「え……えっ?」
「これあげる」
ルイは意味も分からず何かを手渡された。おそるおそる手元を見ると、それはクシャクシャに畳まれた植物の残骸だった。折れてしぼんだ白色の花弁がかすかに残っているから花だったのだろう。
ほとんど原型は留めていない。どれだけ服のなかでしまいこんでいたのか。みすぼらしい腐りかけの状態にルイは気が引けた。
どんな反応をすればよいか、ルイはわからなかった。母からも侍女からも教わっていない。夫がもし子どもだったと場合の振る舞いは同じでいいのか。子どもの悪戯にどんな対応がふさわしいのか。
「えへへ」
顔の表情に苦心していると、夫側のほうは満足したように明るい笑顔をたたえてくる。
そのまま少年は、ぱたぱたと敷物の上を走り去ってしまった。残されたルイの方は呆然としながらその光景を眺めていた。
廊下まで至ったところでようやく従者が追いかけようとするが、もはや手遅れだろう。参列していた人たちのどよめきの声を聞いて、ルイも夢から醒めたように慌てだした。
結局、レオポルドは戻ってこず、すべての予定が中止されることとなった。小さくとも調度や飾りつけがしっかりとなされた会場から、次から次へと参列者が出払っていく。ルイは会場から最後の一人が出ていくまでお見送りを続けた。
「ルイ様、そろそろ私たちも退きましょう」
「うん。そうしようか」
夫が不在の結婚式は、そのまま幕を閉じることとなった。おかげで夫婦で署名するはずの誓約書には、まだルイの名前しか記されていない。だからといって喜怒哀楽を強く感じることはなく、ほどよい疲れを覚えながらその場から撤収した。
その後は王宮の内部を細かく紹介されながら、最も奥に置かれた一室に案内された。そこがルイの自室に割り当てられているという。レオポルド王子とは当然のように同室ではない。
自室を与えられてすぐに、ルイはそこで眠りについた。旅の道中であれほど寝ていたのに身体はまだ足りないと訴えてくる。初めての他所のベッドはふかふかでよい匂いがして、とても気持ちが良い。
ルイは夢を見るほど久しぶりに安眠することができた。
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