スリーピングドール

フジキフジコ

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18.祈り

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樫野は戻ってくると部屋の明かりを消した。

薄いレースのカーテンだけを引いた窓からの月明かりに、服を脱いだ樫野の全身が照らされる。
均整の取れた美しいボディライン。
凛とした存在感。

過去の自分がどんな風に樫野に惹かれ、好きになったのかはもうわからない。
愛していたのに、なぜ、樫野と本当の意味で愛し合わなかったのか、思い出そうとしてもわからなかった。

過去の自分はなにを拘り、樫野を拒んでいたのだろう。
砂の中に小さなビーズを探すように、記憶は自分の思い通りにならない。

わかるのは、樫野を愛しているという、今の気持ちだけ。
いつまでそのことを覚えていられるのだろう。

愛してる、おまえを、愛している。
那智は、自分を支えるその想いを逃さないように何度も心の中で繰り返した。

樫野はひとつになることを焦らなかった。
那智が怖がらないように、優しく口づけながら、丁寧に身体を開いていく。

指を絡め、お互いの顔を見つめ合いながら、身体を繋げた。
圧迫感に呼吸が乱れても、那智は「大丈夫」と言うように、微笑みながら樫野を受け入れた。

少しでも嫌がったら、すぐに樫野が止めてしまうと思ったから。
「入ったよ、おまえの中に、いる」
「…うん」
「熱くて、すげえ、気持ちいい」
「ばか」
「ずっと、こうしていたい。もっと、側にいけたらいいのにな」

樫野の呟きに応えるように、那智が背中に回した腕に力を込め、樫野の身体を引き寄せた。
繋がったまま、きつく抱きしめあう。

「…樫野…樫野…、かしの」
切なく、求めるように名前を呼んで、背中にしがみ付いた。
もっと強く抱いて欲しい。

愛する人に抱かれたことが記憶に残らなくても、身体に、細胞に、染み込ませるから。

「樫野…」
過去の分も、未来の分も。
「かしの…」
何度も愛する人の名前を、呼ぶ。

そうしながら、那智は祈った。
記憶を失っても、身体のどこかに、この想いが残りますように。


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