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【超番外編】微笑みの行方
前編
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新年早々、覚に呼び出され青山メンタルクリニックを訪ねると、覚は、品の良さそうな老人と一緒だった。
てっきり遊びの誘いだと思い、ウキウキやって来た晶は、部屋の中のどんよりした空気に嫌な予感がして回れ右をしたが、時すでに遅かった。
「頼みがあるんだ」
「ヤダね!」
「ねえ、晶。君にはたくさん、貸しがあると思うんだけど、僕の思い違いかな」
「……うっう」
確かに、覚には喋られては困る事実をいろいろと握られている。
貸しというよりは弱味と言った方が正確だ。
「たいしたことじゃない。とても、簡単なことなんだよ」
話だけでも聞いて、と言われて渋々ソファーに腰掛けると、覚の隣に座った老人が、深々と頭を下げ、胃まで出てきそうな重いため息を吐いた。
「……このじーさん、誰?すげえ、暗いんだけど」
「前医師会理事長の早乙女先生。僕の父の、恩師なんだ」
「それで」
「実は、先月、早乙女先生のご自宅に泥棒が入ったんだよ。先生がとても大切にしているものを盗まれてね、このように落ち込んでらっしゃるんだ」
「ふーん」
そんなことなら警察に相談しろ、と晶は思った。
晶の心の声が聞こえたように「警察に、言えないものなんだ」と言いながら、覚は胸のポケットからポラロイド写真を1枚取り出して、テーブルの上に置いた。
「…モナリザじゃん」
「へえ、晶でも、知ってるんだ」
「おまえ、オレを馬鹿だと思ってるだろ。いくらオレでもこんな有名な絵くらい知ってるよ!」
「そう、よかった。実は盗まれたのは、これなんだ」
晶は「はあ?!」と声を出して、呆れた。
「覚、いい加減にしろよ。モナリザはパリのなんとか美術館ってとこにあるんだろっ。なんで、日本のじーさんが持ってんだ」
そう捲くし立てたあと、「ははーん」とすべてわかった、というように指を鳴らした。
「そうか、それ贋作だろ。そんなモン、盗まれたっていいじゃねえか別に」
そのとき、それまで黙っていた早乙女老人がバン!と拳でテーブルを叩いた。
「わっ」
「それは贋作じゃない」
覚が「まあまあ」と言って興奮する老人を宥め、晶に「実はね」と声を潜めて説明する。
「レオナルド・ダ・ヴィンチは『モナリザ』を3枚描いたと言われているんだ。1枚はもちろん、ルーブル美術館にある。2枚目はスイスの銀行の地下金庫の中。そして3枚目は、50年程前から日本にあったんだ」
「嘘だろ?」
「いや、本当。ただし、ルーブル美術館も世界の美術界も2枚目と3枚目のモナリザの存在を認めていない。あくまで、本物はルーブルの所有する1枚でなければ困るわけ。ルーブルには2枚目と3枚目のモナリザを抹消することを目的とした秘密セクションがあるらしいよ。だから、2枚目と3枚目のモナリザの所有者は、所有していることを公言できないし、盗難被害に遭っても被害届けも出せない」
晶は胡散臭そうな表情で、覚の話を聞いている。
途方もないその話と自分と、どこで繋がるのかまだ予想も出来ない。
「ところが」
と覚が身を乗り出して、言う。
「盗難された3枚目のモナリザが、オークションに出品されるという情報を入手したんだ」
「はぁ?!オークション?盗品の、絵を?そんなバカ、いるか」
「もちろん、極秘のオークションの話さ。あるんだよね、金持ち相手の裏オークションって。今回は、表向きは新年の祝賀船上パーティらしい。そこで、君に潜入してもらい、モナリザを落札してきて欲しいっていうのが、今回のミッション」
「なーにが、ミッションだ、バカ。自分で行けっ!」
「出来るならそうするよ。生憎、僕も、早乙女先生も社交界では顔が割れてるから、いつ知り合いに会うかわからない。そこで、一般人で顔の割れていない君にお願いしている」
「どーせオレは庶民だよ。そんな面倒くさい話、絶対、ヤダね」
「謝礼は払う。どうか、この通りだ、引き受けてくれ」
老人が、しゃがれた声で言った。
「謝礼って言われても…」
「オークションのために3億用意した。落札金額はお任せする。余った金は謝礼として受け取ってくれ。ワシの、ワシの美女をなんとしても、取り戻して欲しい」
「さ、さ、3億?!2億で落とせば1億くれるって?マジ?」
「割りのいいバイトでしょう。美味しいものも食べれるし、船の上にはカジノもあるみたいだよ。部屋はエグゼクティブスィートを用意したし、1泊2日の豪華客船の旅、充分楽しめると思うけど」
結局、覚に丸め込まれて、晶はその話を引き受けてしまった。
てっきり遊びの誘いだと思い、ウキウキやって来た晶は、部屋の中のどんよりした空気に嫌な予感がして回れ右をしたが、時すでに遅かった。
「頼みがあるんだ」
「ヤダね!」
「ねえ、晶。君にはたくさん、貸しがあると思うんだけど、僕の思い違いかな」
「……うっう」
確かに、覚には喋られては困る事実をいろいろと握られている。
貸しというよりは弱味と言った方が正確だ。
「たいしたことじゃない。とても、簡単なことなんだよ」
話だけでも聞いて、と言われて渋々ソファーに腰掛けると、覚の隣に座った老人が、深々と頭を下げ、胃まで出てきそうな重いため息を吐いた。
「……このじーさん、誰?すげえ、暗いんだけど」
「前医師会理事長の早乙女先生。僕の父の、恩師なんだ」
「それで」
「実は、先月、早乙女先生のご自宅に泥棒が入ったんだよ。先生がとても大切にしているものを盗まれてね、このように落ち込んでらっしゃるんだ」
「ふーん」
そんなことなら警察に相談しろ、と晶は思った。
晶の心の声が聞こえたように「警察に、言えないものなんだ」と言いながら、覚は胸のポケットからポラロイド写真を1枚取り出して、テーブルの上に置いた。
「…モナリザじゃん」
「へえ、晶でも、知ってるんだ」
「おまえ、オレを馬鹿だと思ってるだろ。いくらオレでもこんな有名な絵くらい知ってるよ!」
「そう、よかった。実は盗まれたのは、これなんだ」
晶は「はあ?!」と声を出して、呆れた。
「覚、いい加減にしろよ。モナリザはパリのなんとか美術館ってとこにあるんだろっ。なんで、日本のじーさんが持ってんだ」
そう捲くし立てたあと、「ははーん」とすべてわかった、というように指を鳴らした。
「そうか、それ贋作だろ。そんなモン、盗まれたっていいじゃねえか別に」
そのとき、それまで黙っていた早乙女老人がバン!と拳でテーブルを叩いた。
「わっ」
「それは贋作じゃない」
覚が「まあまあ」と言って興奮する老人を宥め、晶に「実はね」と声を潜めて説明する。
「レオナルド・ダ・ヴィンチは『モナリザ』を3枚描いたと言われているんだ。1枚はもちろん、ルーブル美術館にある。2枚目はスイスの銀行の地下金庫の中。そして3枚目は、50年程前から日本にあったんだ」
「嘘だろ?」
「いや、本当。ただし、ルーブル美術館も世界の美術界も2枚目と3枚目のモナリザの存在を認めていない。あくまで、本物はルーブルの所有する1枚でなければ困るわけ。ルーブルには2枚目と3枚目のモナリザを抹消することを目的とした秘密セクションがあるらしいよ。だから、2枚目と3枚目のモナリザの所有者は、所有していることを公言できないし、盗難被害に遭っても被害届けも出せない」
晶は胡散臭そうな表情で、覚の話を聞いている。
途方もないその話と自分と、どこで繋がるのかまだ予想も出来ない。
「ところが」
と覚が身を乗り出して、言う。
「盗難された3枚目のモナリザが、オークションに出品されるという情報を入手したんだ」
「はぁ?!オークション?盗品の、絵を?そんなバカ、いるか」
「もちろん、極秘のオークションの話さ。あるんだよね、金持ち相手の裏オークションって。今回は、表向きは新年の祝賀船上パーティらしい。そこで、君に潜入してもらい、モナリザを落札してきて欲しいっていうのが、今回のミッション」
「なーにが、ミッションだ、バカ。自分で行けっ!」
「出来るならそうするよ。生憎、僕も、早乙女先生も社交界では顔が割れてるから、いつ知り合いに会うかわからない。そこで、一般人で顔の割れていない君にお願いしている」
「どーせオレは庶民だよ。そんな面倒くさい話、絶対、ヤダね」
「謝礼は払う。どうか、この通りだ、引き受けてくれ」
老人が、しゃがれた声で言った。
「謝礼って言われても…」
「オークションのために3億用意した。落札金額はお任せする。余った金は謝礼として受け取ってくれ。ワシの、ワシの美女をなんとしても、取り戻して欲しい」
「さ、さ、3億?!2億で落とせば1億くれるって?マジ?」
「割りのいいバイトでしょう。美味しいものも食べれるし、船の上にはカジノもあるみたいだよ。部屋はエグゼクティブスィートを用意したし、1泊2日の豪華客船の旅、充分楽しめると思うけど」
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