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【番外編】この手を離さないで
6.狂気
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「驚かないのね。もしかして、気づいていた?勘だけはいいのね」
そう言って笑う顔は、今まで晶が見たことのなかった玲子の一面だった。
「そうよ、私はずっと前から小田切が好きだった。でも、小田切にははじめからあなたがいた。なにかの間違いだと思ったわ。だって、あなた、男じゃない?小田切が本気で男のあなたを愛してるとはどうしたって思えなかったわ。一時的な気の迷いだと思った。きっといつかは目が覚めるとね、思っていたのよ。でも、何年待っても小田切はあなたと別れない。籍を入れると言われたときは本当に驚いた。さすがにその時は、馬鹿なことはやめなさいって止めたわよ。そんなことしたら、弁護士としても小田切には将来がないわ。だけど小田切は私の忠告なんか聞かないで、あなたを籍に入れて、今でもあなたを、側に置いている。私ね、わかったのよ。あなたがいる限り、小田切の心は変わらない、私のものにはならないって。だから、晶、あなたがいると困るの、邪魔なの」
「玲子…」
玲子の告白を、晶は痛ましいような顔で聞いていた。
「お願い、晶。死んでちょうだい。そこから飛び降りて」
玲子が後ろ手に隠していた右手には小さなピストルが握られていた。
「おまえは、それで満足?オレが死ねば、雅治を自分のものに出来ると思ってるの?」
「あなたが死んだら彼は悲しむでしょうね。でも安心して。私が、慰めてあげるから。私なら、あなたと違って、仕事でも彼の役に立てる。家庭でも、彼に不自由な思いはさせないわ。私は、小田切にとってハンディキャップにしかならないあなたとは違う。さあ、その椅子に乗って」
言われた通り晶はテーブルセットの椅子の上に乗った。
ベランダの柵が腰よりも下の位置になり、星のない暗い空の下に、都会の灯りが光の川のように見渡せる。
14階からの眺めはさすがに素晴らしい。
ここから飛び降りたら失敗することなく死ねるだろう。
「晶、あなたがいけないのよ。私はチャンスをあげたのに。あなたが大人しく雅治と別れてくれれば、殺さずにすんだわ」
「尾行も脅迫状も、悪戯電話も、おまえがやったの?」
「そうよ、人を雇ったの。私、簡単に考えていたのよ。あなたなら雅治の不貞を許さないと思ったの。他の女の影をちらつかせるだけで、あなたたちの仲を壊せると思った」
「雅治の携帯はどうやったんだ」
銃口を晶に向けたまま、優しい声音で玲子が言う。
「簡単よ。あなたの家の電話の登録をいじっただけ。あのあとすぐに元に戻したけどね。でも、こんなことを説明しても家電製品もまともに扱えないあなたには、理解できないわね。さあ、おしゃべりはこのへんにしておきましょう」
「玲子、オレが死ぬ理由はなに?」
「自殺の理由?そうね、小田切の浮気を悩んでいたって、私が証言するわ。相談に乗ってあげているうちに、感情が昂ぶって、ベランダに出て飛び降りたってね。止めるひまもなかったって、女優のように泣いて見せてあげる」
玲子の瞳は狂気のせいで、暗く淀んで見えた。
狂っている。
玲子は、狂っている。
人を愛することで狂気の道に進んだ玲子を、晶の眼差しは哀れんでいるように見返した。
「晶、さようなら」
胸に銃口を突きたてられ、晶の上半身がベランダの手摺から後ろに傾く。
玲子を見つめたまま、晶は息を飲み、掌が汗ばむのを感じていた。
「そこまでだ、玲子」
部屋の中から声をかけられ、振り返った玲子は雅治と複数の警官の姿を目にした。
そう言って笑う顔は、今まで晶が見たことのなかった玲子の一面だった。
「そうよ、私はずっと前から小田切が好きだった。でも、小田切にははじめからあなたがいた。なにかの間違いだと思ったわ。だって、あなた、男じゃない?小田切が本気で男のあなたを愛してるとはどうしたって思えなかったわ。一時的な気の迷いだと思った。きっといつかは目が覚めるとね、思っていたのよ。でも、何年待っても小田切はあなたと別れない。籍を入れると言われたときは本当に驚いた。さすがにその時は、馬鹿なことはやめなさいって止めたわよ。そんなことしたら、弁護士としても小田切には将来がないわ。だけど小田切は私の忠告なんか聞かないで、あなたを籍に入れて、今でもあなたを、側に置いている。私ね、わかったのよ。あなたがいる限り、小田切の心は変わらない、私のものにはならないって。だから、晶、あなたがいると困るの、邪魔なの」
「玲子…」
玲子の告白を、晶は痛ましいような顔で聞いていた。
「お願い、晶。死んでちょうだい。そこから飛び降りて」
玲子が後ろ手に隠していた右手には小さなピストルが握られていた。
「おまえは、それで満足?オレが死ねば、雅治を自分のものに出来ると思ってるの?」
「あなたが死んだら彼は悲しむでしょうね。でも安心して。私が、慰めてあげるから。私なら、あなたと違って、仕事でも彼の役に立てる。家庭でも、彼に不自由な思いはさせないわ。私は、小田切にとってハンディキャップにしかならないあなたとは違う。さあ、その椅子に乗って」
言われた通り晶はテーブルセットの椅子の上に乗った。
ベランダの柵が腰よりも下の位置になり、星のない暗い空の下に、都会の灯りが光の川のように見渡せる。
14階からの眺めはさすがに素晴らしい。
ここから飛び降りたら失敗することなく死ねるだろう。
「晶、あなたがいけないのよ。私はチャンスをあげたのに。あなたが大人しく雅治と別れてくれれば、殺さずにすんだわ」
「尾行も脅迫状も、悪戯電話も、おまえがやったの?」
「そうよ、人を雇ったの。私、簡単に考えていたのよ。あなたなら雅治の不貞を許さないと思ったの。他の女の影をちらつかせるだけで、あなたたちの仲を壊せると思った」
「雅治の携帯はどうやったんだ」
銃口を晶に向けたまま、優しい声音で玲子が言う。
「簡単よ。あなたの家の電話の登録をいじっただけ。あのあとすぐに元に戻したけどね。でも、こんなことを説明しても家電製品もまともに扱えないあなたには、理解できないわね。さあ、おしゃべりはこのへんにしておきましょう」
「玲子、オレが死ぬ理由はなに?」
「自殺の理由?そうね、小田切の浮気を悩んでいたって、私が証言するわ。相談に乗ってあげているうちに、感情が昂ぶって、ベランダに出て飛び降りたってね。止めるひまもなかったって、女優のように泣いて見せてあげる」
玲子の瞳は狂気のせいで、暗く淀んで見えた。
狂っている。
玲子は、狂っている。
人を愛することで狂気の道に進んだ玲子を、晶の眼差しは哀れんでいるように見返した。
「晶、さようなら」
胸に銃口を突きたてられ、晶の上半身がベランダの手摺から後ろに傾く。
玲子を見つめたまま、晶は息を飲み、掌が汗ばむのを感じていた。
「そこまでだ、玲子」
部屋の中から声をかけられ、振り返った玲子は雅治と複数の警官の姿を目にした。
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