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第二部

1.共犯者

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六本木にある小さなショットバー。
カウンターの中に二人いるバーテンは体格のいい黒人で、客も外国人ばかりだった。

「めずらしいなあ、おまえから誘いがくるとは」
カウンターの隅で一人で飲んでいた志村和真に、店に入ってきたばかりの男が声をかける。
「いいネタでも売ってくれるのか」
加茂かもさん、今何追ってるの」
志村は男を見ないで、興味なさそうに聞く。

「今か。本郷めぐみの浮気だよ」
「つまらねえの。誰も知りたくないでしょ、そんなの」
「人気女子アナのネタはオヤジ週刊誌に高く売れるんだぜ」
男は加茂雅人かもまさとという芸能スキャンダルが専門のフリーの記者だった。

のんびりと会話を楽しんでいるような口調をしていても、表情の中には抜け目のなさが表れている。
「それよりMUSEの美神聖を調べてよ」
「MUSEねえ。確かにここ最近、ご活躍が目立つが、記事が売れるほどじゃねえだろ。それとも面白いネタでもあるのか」
「男に身体を売ってる」
「へえ、それはまた健気な。だけどおまえも知ってるだろ、この世界、そのネタは売れねえんだよ」
「美神は両親がいない、孤児だ」
「孤児?それはめずらしいかもな。なんだ和真、美談でもバラ巻いて欲しいのか」
「オレが欲しいのはあいつの弱味だ」
加茂は喉の奥で笑いを噛み殺した。

「逆恨みかよ。SAPPHIREが落ちぶれたのはMUSEのせいか」
「SAPPHIREなんか関係ねえよ。オレは個人的にあいつを許せないんだ」
「へえ…」
志村が流暢な英語でバーテンにオーダーを出す。
「SAPPHIREの志村和真が英語ペラペラだなんて、みんな知らねえだろうなあ。おまえ、帰国子女なんだっけ」
感心したように加茂が言う。

「親父の仕事の都合で十歳までアメリカにいたんだ。日本の学校は最低で、オレはまともにこっちの学校は行ってない。街で遊び回っていたときスカウトされた。暇潰しのつもりだったから、売れても売れなくてもどうでもよかった。だけど、一緒に仕事をしたプロデューサーに『遊びのつもりならやめちまえ』って一喝されて、最初は悔しくて、だんだんその人に認められたくて、はじめて、芸能活動に本気になった。オレにとってはCDのランキングも雑誌の人気投票もどうだってよかった。ただその人に認められたかった」
苛立ちをぶつけるように志村は言った。
「純愛だな。おまえにそんな可愛いところがあるなんて知らなかったよ」
志村は自分の言った言葉を後悔しているように加茂を一瞥して、小さなグラスの中のカクテルを飲み干した。

店内の薄暗い照明に志村の白い喉元だけが浮きあがって見える。
「美神聖のこと、調べてやってもいいぜ」
志村の顔を下から覗き込むように見上げて、厭らしく笑う。

加茂とは、古い付き合いだった。
数年前、志村が交際していたOLが加茂にネタを売り、脅迫されて関係を持ったことがきっかけだった。
男と寝るのは加茂がはじめてではなかったので、たいしたことではなかったが、加茂は薬を常用していて、時にその性癖は異常だった。
志村は定期的に芸能界の情報を提供することを餌にして、加茂との肉体関係から逃れた。

「勿論、報酬を払う心算はあるんだよな」
肩を抱いて耳元で囁く声はすでに欲情に濡れていた。

SAPPHIREはもう、世間では思い出の中にだけ存在する過去のスターだ。
今の志村には売れるものはなにもない。
自分の身体以外に。



◇◇◇



コンサートツアーを終えたMUSEの次の戦略はシングルCDのセールスランキングで1位を獲得することだった。
明石は聖に、4枚目のシングルは必ずランキングの1位をとらなければならないと断言した。

「MUSEはこのへんで、1位をとっておかないと二流のイメージが定着する。タイミングとしてどうしても外せない」
「どうすればいいんですか」
「楽曲と、タイアップ次第でそう難しいことじゃない。実はな、タイアップはもう決まっている。秋からはじまる高野のドラマの主題歌だ」
「司のドラマ?主演ですか」
「そうだ。初主演ドラマだ」

これまでも司は単発のドラマと映画に出演はしていたが、どれも重要な役ではあっても主演ではなかった。
とうとう司は連続ドラマの主役を演る。
昔、自分の前で夢を語った時の司を思い出して、聖は胸が熱くなった。

今すぐにでも「よかったな」と司に言ってやれたらと思う。
けれど今の自分たちの関係では難しいと思い直した。

「それで、楽曲は決まったんですか」
「それだよ」
明石は机の上を指で叩いて、目の前に立つ聖を見上げた。
一之瀬亮いちのせりょうに依頼しようと思う」
「音楽プロデューサーの一之瀬亮、ですか」
聖は予想以上の大物の名前に驚いて確認した。

「そうだ。アルバムのプロデュースも一緒にな」
「引き受けて、くれますか」
少し前までは新人も手掛けていたが、最近一之瀬が手がけるのは国内でもトップクラスと呼ばれるアーチストだけだ。
果たしてアイドルグループのレコーディングに興味を示すだろうか。

明石は聖を見て、口許だけで笑った。
「何度か会ったことがあるが、一之瀬は音楽の才能はあっても人間的には下種だ。接待の場所は用意した。あとは、美神、おまえ次第だ」
聖の瞳の奥が光ってその言葉に答えた。

数年前は、明石と聖は飼い主と飼われた者でしかなかった。
今は、違う。
明石の言葉は強要ではない。
聖は自分で自分の身体の価値を測れるようになっている。
「骨抜きにしてやれ」
二人はゲームの共犯者だった。


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