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恋するチェリーボーイズ

6.残心

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翔平とラブホテルに行った翌日は日曜日で、夕方、智哉は裕の家がある神社に行った。

そこは由緒だけは正しい、古い歴史のある神社で、今は裕の父親が神主をしている。
しかし、参拝客などは正月の初詣以外には集まらず、初宮参りや七五三などのお祝いごと、厄除けなどの御祈祷に伴う初穂料が主な収入源だが、経営状態はあまりよろしくない、らしい。

けれど石畳の階段を登った先の、朱塗りの鳥居を潜った先に見える、樹木に囲まれた敷地はかなり広い。
都内でこれだけの土地を所有しているのは結構すごい。

綺麗に掃き清められた砂利道を真っ直ぐ進むと境内がある。
右手に社務所があり、そこで御守りやおみくじなんかを売っている。
その裏手に、裕の家族が住む家屋と、弓道の道場があった。

智哉はここを訪ねるときは必ずお参りをした。
手水舎で手を洗い口を濯ぎ、拝殿の前の賽銭箱に小銭を投げ入れて、二拝二拍手一拝をする作法は、長年通い慣れているだけあって完璧だ。

お参りが済むと、社務所に顔を出す。
裕の父親がいて挨拶すると、「裕なら、道場にいる」と教えてくれた。

裕の父親は弓道の師範もしていて、子供達に弓道を教えている。
子供の頃から習っている裕も、かなりの腕前だ。

智哉は、稽古を邪魔しないように、そっと道場に上がった。

裕は、白筒袖の上衣、黒の袴という弓道衣姿で、弓を構えていた。
子供達が習いにくるのは平日の午後なので、道場には裕しかいない。

智哉は、裕が弓を放つのを黙って見ていた。
静寂の中、ビュウウン、という矢が風を切る、気持ちのいい音を立て、的に当たる。
中心からは僅かに外れていたが、的には当たっていた。
裕は、矢を放ったあとも、そのままの姿勢を数秒間保っている。
それを「残心」と言うのだと、以前、裕に教えてもらった。

残心を解いた裕は、振り返って智哉を見た。
「あれ、気づいてた?」
智哉が聞くと、裕は目を細めて「気配でわかった」と笑った。

「珍しいな。なんか、願掛けでもしにきたのか」
裕が道場の入り口に立っていた智哉に近づいて来て、言う。

弓道をしているとき、裕は眼鏡をしていない。
いつもはベテランの公務員みたいに七三に分けている前髪も、汗のせいで崩れて切れ長のシャープな目にかかっている。
そんな普段とは別人のような裕を前にすると、智哉はいつもそわそわと落ち着かない気持ちになった。

「ちげえよ、ちょっと裕に、話があって」
「そうか。じゃあ、オレの部屋で待ってて。シャワー浴びてくるから」
智哉は頷いて答えた。



***



裕の家は、神社の敷地内にあっても違和感のない、純和風の大きな平家の一戸建てだが、中に入るとごく普通の造りで、裕の部屋はフローリングの洋室だ。

だが、智哉の部屋とも翔平の部屋とも趣は違う。
まず、やたらと本が多い。
壁一面の本棚に並ぶ背表紙を読むと、その大半は古今東西、世界各国の占いに関する類いで、あとはコンピュータのプログラミングや、数学関係だ。
机にはパソコンが3台も並んでいる。

裕は、将来は家業を継ぐつもりだが、一方で、特技を生かしてIT企業を立ち上げるのを、目標にしている。
すでに、自分でプログラミングした占いのアプリを販売していて、中学生のときには納税していた。

智哉は裕を待ちながら、昨日、翔平に言われたことを思い出していた。
帰り道、翔平は言ったのだ。
「二人でラブホに行ったことは、西園寺には絶対、言うなよ。実は、智哉がどっちか選ぶまでは、手は出さないって約束してたんだ」と。

翔平には「わかった」と返事をしたものの、時間が経つにつれて、智哉はもやもやしてきた。
今まで、三人の間に秘密なんてなかった。なんでも、話せた。

翔平とラブホに入ったときは、裕のことを考えていなかったことに罪悪感まで湧いてきた。

翔平とあんなことをしたからには、自分は翔平と付き合うことを選んだということだ、と思った。
というか、あんなことをしたのだから、翔平と付き合うべきだ。
いやすでに、付き合っている、と言えるのかもしれない。

翔平と、付き合っている。
なんか、いまいち、ピンと来ない。

裕のベッドに腰掛けて、首を捻りながら智哉がそんなことを考えていると、裕が来た。




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