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最終章≪それから≫

4.成田薫

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どうして、オレが奏と入れ替わることに同意したか、その理由を話すためには、オレの過去も話す必要がある。

それは君には関係のないことだけど、必要なことだから、少しだけ聞いて欲しい。

オレが、矯正施設に入所したのは、殺人未遂が原因だった。
12歳のとき、オレは、自分の実の母親と、母親の恋人だったホストの男を毒殺しようとしたんだ。
熱心に勉強して、自然に存在する植物から毒を、自分で作った。
いいアイデアだと思ったんだけど、憎しみが強すぎて量を誤った。
体内に入る前に吐き出されて、命を奪うことは出来なかった。

二人を殺そうとした理由は、よくある話だよ。
虐待。
ホストの男からは、性的な虐待も、された。
繰り返し、毎晩のようにね。
母はそれを知りながら、助けてはくれなかった。
むしろ、嫉妬からオレを憎んだ。
おまえなんかいらない、産みたくなかった、消えろ、いなくなれ。
毎日、母からそんな罵声を浴びた。

奏に「薫になりたい」と言われるたびに、「オレは奏になりたい」と言った。

成田薫には、この世の中に家族も、大切な人もいない。
奏は、両親には絶縁されていても、大切に思う、世界で一番可愛い妹がいる。

だからオレは、奏に協力することにした。
入れ替わろうと、決めたんだ。

オレと奏は、矯正施設では異質な存在だった。
自分で言うのも恥ずかしいけど、オレも奏も、なかなか優秀な頭脳を持っていてね、先生たちは、それを面白がって、オレたちに英才教育をした。
まあ、外国語とコンピューターがメインの、かなり偏った教育だったけど。

矯正施設を出ても、オレにも奏にも、帰る家はなかった。
そういうケースでは、普通は、児童養護施設か、保護司の預かりになるんだけど、費用を出してくれる人がいて、オレと奏は二人でインドに留学出来ることになった。
インドはIT先進国だったからね。
インドのハイスクールで3年学んだあと、シアトルの大学に進学が決まっていて、インドからアメリカに渡るタイミングでオレたちはパスポートの写真を交換した。
ちょっと、裏社会の人間の手を借りたけど、オレと奏が、入れ替わるのは、たったそれだけで、よかった。
シアトルの大学には、オレたちを知ってる人間は誰もいない。
インドを出国するときは、オレはもう結野奏で、奏は成田薫になっていた。



***



薫さんが、話終わったとき、わたしはただ、泣いていた。
薫さんの人生は辛すぎる。
そして、亡くなった兄の人生も。

「驚かせてしまったね」

でも、まだわからないことがある。
二人が入れ替わったのは、兄の望みだった。
兄が死んでしまったのなら、薫さんは、わたしを引き取る必要はなかったのに。

「どうして、あなたは、わたしの前に現れたんですか?兄として」
聞かずにいられなかった。

「奏に、頼まれたんだ。自分が死んだら、花音を守ってやって欲しいって。だけど、ご両親が健在なら、君の前に出ていくつもりはなかった。必要なとき、金銭的な援助が出来るように、常に君のことを調べていたから、両親の事故は、すぐに把握出来たんだ。どうするべきか考えていたら、君が北海道の親戚に引き取らることがわかった。急いでその家を調査した。とても、任せられる相手じゃなかった」

「叔母はわたしをススキノで働かせるつもりでした」
薫さんは、頷いた。

「オレは焦った。急いで、帰国して東京でマンションを借りて、君を迎えるために部屋を用意した。でも、君を引き取るためには、オレは君の兄、結野奏として、出ていくしかなかった。幸い、身分は結野奏だから、問題はなかった」

薫さんは、わたしを助けてくれたんだ。

「君を、迎えに行ったあの日、数年ぶりに君を見て、驚いた。まだ、少女だとばかり思っていた君は美しい女性に成長していて」
「わたしを、見たことがあったんですか」
「インドに行く前、奏と一緒に、君に会いにいった。君は小学生だった。奏は、花音は可愛いいだろって、オレに自慢気に言ってたよ。それから、奏を埋葬するために帰国したときに。その話はしたね?」
「はい」
高校の入学式のわたしを、見たと。

「オレは、ただ、奏の代わりに君を守ろうとした。それなのに、君のことを」
薫さんは、そこで言葉を止めた。

「わたしのことを?」

どう思ったのか、言って欲しい。
そんな想いで、見つめると、薫さんは諦めたように、小さく息を吐いた。

「君のことを、愛してしまった。いや、違う。奏を埋葬するために帰国して、君に会いに行って、君を見たあのときから、オレはもう君を愛していた。もしかしたら、結野奏になったときから、そうだったのかもしれない。奏は君を愛していた。その気持ちも、受け継いだんだ」

その言葉が聞けて、また新しい涙が頬を流れた。

「わたしも、あなたを愛してしまった。兄だと、思いながらも、愛してしまいました。罪だと思いながらも、愛したんです」

兄ではなかった。
血は繋がってなかった。
罪ではなかった。

そのことを心のどこかで喜んでいる自分がいた。




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