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最終章≪それから≫

1.あの日

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誰にも言ったらダメだよ。
誰かにしゃべったら、お父さんにもお母さんにも、もう会えなくなるからね。

なお君はそう言った。

お父さんのピアノ教室の生徒で、家でもよく会う男の子だった。
ピアノ教室に通ってくる子供たちは、ほとんど女の子で男の子は珍しかった。

わたしは兄を慕うのと同じ気持ちで、なお君にも懐いていたように思う。
だから、なお君のことも兄と同じように、「おにいちゃん」と呼んでいた。

お友達の家に遊びに行った帰り道、なお君に会った。
「花音ちゃん、うちでおやつ食べていきなよ」
そう言われて、なんの疑いも持たなかった。

服を脱がされ、裸にされて、身体を触られた。
恥ずかしかったけど、なお君は「花音ちゃんが可愛くて、大好きだから、こうするんだよ。くすぐりっこだよ。気持ちいいからね」と言った。

でも、帰るときには、ちょっと怖い顔で言った。
「誰にも言ったらダメだよ。誰かにしゃべったら、お父さんにもお母さんにも、もう会えなくなるからね」

わたしは、なお君が、怖かった。

そして、あの日。
自分の部屋で、一人で絵を描いて遊んでいたとき、なお君はきた。

「花音ちゃんのお母さん、お買い物に行ったよ。おにいちゃん、留守番、頼まれたんだ。お父さんは、ピアノのレッスン中だから、花音ちゃん、また、いいことしてあげる」

また、裸になって、くすぐられるのだと思った。
いやだなって思ったけど、わたしはいやって言えなかった。

でもそのときは、くすぐられただけじゃなかった。

痛いことをされた。
股が痛くて、痛くて、裂けるように痛くて。
わたしは泣き叫んだけど、口を手で塞がれていた。

ピアノの音が聴こえていた。
わたしの、叫びは、どこにも届かなかった。

おとうさん、助けて。
おかあさん、痛いよ。
おにいちゃん、おにいちゃん。

わたしに覆いかぶさっていたなお君が、急に悲鳴をあげて、わたしから離れた。

お兄ちゃんが、立っていた。
とても怖い顔をしていた。
お兄ちゃんは、なお君に向かって、手を振りあげた。

「やめろ!ひ、ひやあああ、やめてくれ!」

血が飛び散った。
お兄ちゃんの服にも、顔にも。

逃げ回るなお君がわたしの近くにきて、わたしにも、血がついた。

階段をかけあがる足音がしたあと、お父さんが部屋に飛び込んできて、お兄ちゃんを羽交い締めにして、止めた。

お母さんが泣きながら、入ってきて、わたしを抱きしめた。

裸で。
なお君の血がついた、わたしを。

でも、股から流れる血は紛れも無いわたしの血だった。




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