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第二章≪Kiss≫
9.初夏の風
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お父さんとお母さんが亡くなってから、三カ月過ぎた。
兄は、お父さんとお母さんのお墓を買った。
「花音はどこがいい?」
そう聞いてくれたけど、わたしには決められなかった。
「お父さんとお母さんは山が好きだったよ。家族でハイキングをするのを楽しみにしてた。あの日も二人は山に向かったの。本当はわたしも一緒に行くつもりだったけど、わたしは未来ちゃんと映画を観に行く約束をしてて、行かなかった…」
兄はわたしの話を聞いてくれて、「じゃあ、山にしようか。花や木がたくさん見られるところに」と、言った。
兄が選んだ霊園は、都心から離れたまだ新しい霊園だった。
きちんと整備された歩道の脇には色鮮やかなつつじが咲いていて、まるで自然公園を散歩しているみたい。
山の中腹にあるせいで、見晴らしも良かった。
「あの大きな木は八重桜だよ。今年はもう散ってしまったけど、春には綺麗な花を咲かせる」
斜面を指差して、兄が言った。
まるで、ここに来たことがあるみたいだった。
不思議に思ってわたしは聞いた。
「お兄ちゃんはここに、来たことがあるの?」
兄は、躊躇ったように一呼吸おいて、言った。
「ここには、オレの友人のお墓があるんだ」
思ってもいなかった返事に驚いた。
「お友達…亡くなったの?お参りしていく?」
「いい?」
わたしは頷いた。
兄についていくと、西洋風の墓石が並んだ区画に着いた。
「お友達、外国人なの?」
「いや、違うよ」
兄が足を止めたお墓は、まだ新しい墓石にローマ字で「NARITA KAORU」と、名前が彫られていた。
兄はそのお墓の前に立って、しばらく黙っていた。
心の中で語りかけているようで、わたしは後ろからそっと見守った。
「オレは、薫に救われた。薫がいなかったら、オレはここに、こうしていなかったと思う」
兄は墓石を眺めながら、呟くように言った。
兄にとって、とても大切な人だったんだって、わかる。
「お兄ちゃん、このお花…」
お父さんとお母さんのお墓に置ききれなかった花束を持っていたので、それを兄に渡そうとした。
「花音、あげてくれないか。薫に花音を紹介したい」
「うん」
知らない人のお墓だけど、兄の大切な友達だったんだと思って、お花を置いて、手を合わせた。
「薫は、シアトルで病気で亡くなったんだ。ずっと日本に帰りたがっていた。だからオレが、遺骨を連れてきて、ここに埋葬したんだ」
兄がそう言って、わたしは驚いた。
アメリカに行ってから、日本に帰国したことがあったって、知らなかったから。
「お兄ちゃん、日本に帰ってきたことがあったの?なんで、会いに来てくれなかったの」
わたしはちょっと拗ねた口調で言った。
「会いに行ったよ」
兄は振り返って、微笑みながら言った。
「え、いつ?わたし、覚えてない」
「花音の、高校の入学式の日だった。花音は真新しい制服を着て、髪はふたつに分けた三つ編みで、とても可愛かったよ」
「見てたの?」
「うん。お母さんと、楽しそうに歩いてる花音を、見てたよ」
わたしは、泣きそうになった。
兄は、12歳で家を出た。
自分が悪かったと言うけど、たった12歳で、家族の元を離れて、両親から愛情をもらえずに生きてきて、兄は寂しくなかったんだろうか。
ううん、寂しかったに決まってる。
わたしは、兄のいない家で、両親の愛情を独り占めして大きくなった。
そんなわたしを、隠れて見て、兄はどう思っただろう。
そして兄は、お父さんにもお母さんにも再会できないまま、二人を亡くしたんだ。
わたしは17年間も、一緒にいられたのに。
「ごめんね、お兄ちゃん…ごめんね」
「なんで、謝るの?」
「ううん、いいの…」
わたしは、兄の手を、握った。
子供の頃、兄とこんなふうに手を繋いだことが、何度もあったと思う。
その頃のように、小さな手ではなくなったけど、もうこの手を離したくない。
わたしにとって、いまは兄だけが家族なのと同じように、兄にとっても、わたしだけが血の繋がった家族だ。
お父さんとお母さんが注がなかった愛情を、わたしはこれから、兄に、めいっぱい注ごうと思う。
大切な存在を亡くしたわたしたちはきっと、お互いのことを誰よりも理解しあえる。
ちょっと、普通の兄妹とは違うわたしたちだけど、でも、普通の兄妹より、お互いのことを想っている。
空を見上げると、お父さんとお母さんを見送ったあの日のように青かった。
でも頬を掠める風は、あの日よりずっと暖かだ。
第三章≪とまらぬ想い≫に続く
兄は、お父さんとお母さんのお墓を買った。
「花音はどこがいい?」
そう聞いてくれたけど、わたしには決められなかった。
「お父さんとお母さんは山が好きだったよ。家族でハイキングをするのを楽しみにしてた。あの日も二人は山に向かったの。本当はわたしも一緒に行くつもりだったけど、わたしは未来ちゃんと映画を観に行く約束をしてて、行かなかった…」
兄はわたしの話を聞いてくれて、「じゃあ、山にしようか。花や木がたくさん見られるところに」と、言った。
兄が選んだ霊園は、都心から離れたまだ新しい霊園だった。
きちんと整備された歩道の脇には色鮮やかなつつじが咲いていて、まるで自然公園を散歩しているみたい。
山の中腹にあるせいで、見晴らしも良かった。
「あの大きな木は八重桜だよ。今年はもう散ってしまったけど、春には綺麗な花を咲かせる」
斜面を指差して、兄が言った。
まるで、ここに来たことがあるみたいだった。
不思議に思ってわたしは聞いた。
「お兄ちゃんはここに、来たことがあるの?」
兄は、躊躇ったように一呼吸おいて、言った。
「ここには、オレの友人のお墓があるんだ」
思ってもいなかった返事に驚いた。
「お友達…亡くなったの?お参りしていく?」
「いい?」
わたしは頷いた。
兄についていくと、西洋風の墓石が並んだ区画に着いた。
「お友達、外国人なの?」
「いや、違うよ」
兄が足を止めたお墓は、まだ新しい墓石にローマ字で「NARITA KAORU」と、名前が彫られていた。
兄はそのお墓の前に立って、しばらく黙っていた。
心の中で語りかけているようで、わたしは後ろからそっと見守った。
「オレは、薫に救われた。薫がいなかったら、オレはここに、こうしていなかったと思う」
兄は墓石を眺めながら、呟くように言った。
兄にとって、とても大切な人だったんだって、わかる。
「お兄ちゃん、このお花…」
お父さんとお母さんのお墓に置ききれなかった花束を持っていたので、それを兄に渡そうとした。
「花音、あげてくれないか。薫に花音を紹介したい」
「うん」
知らない人のお墓だけど、兄の大切な友達だったんだと思って、お花を置いて、手を合わせた。
「薫は、シアトルで病気で亡くなったんだ。ずっと日本に帰りたがっていた。だからオレが、遺骨を連れてきて、ここに埋葬したんだ」
兄がそう言って、わたしは驚いた。
アメリカに行ってから、日本に帰国したことがあったって、知らなかったから。
「お兄ちゃん、日本に帰ってきたことがあったの?なんで、会いに来てくれなかったの」
わたしはちょっと拗ねた口調で言った。
「会いに行ったよ」
兄は振り返って、微笑みながら言った。
「え、いつ?わたし、覚えてない」
「花音の、高校の入学式の日だった。花音は真新しい制服を着て、髪はふたつに分けた三つ編みで、とても可愛かったよ」
「見てたの?」
「うん。お母さんと、楽しそうに歩いてる花音を、見てたよ」
わたしは、泣きそうになった。
兄は、12歳で家を出た。
自分が悪かったと言うけど、たった12歳で、家族の元を離れて、両親から愛情をもらえずに生きてきて、兄は寂しくなかったんだろうか。
ううん、寂しかったに決まってる。
わたしは、兄のいない家で、両親の愛情を独り占めして大きくなった。
そんなわたしを、隠れて見て、兄はどう思っただろう。
そして兄は、お父さんにもお母さんにも再会できないまま、二人を亡くしたんだ。
わたしは17年間も、一緒にいられたのに。
「ごめんね、お兄ちゃん…ごめんね」
「なんで、謝るの?」
「ううん、いいの…」
わたしは、兄の手を、握った。
子供の頃、兄とこんなふうに手を繋いだことが、何度もあったと思う。
その頃のように、小さな手ではなくなったけど、もうこの手を離したくない。
わたしにとって、いまは兄だけが家族なのと同じように、兄にとっても、わたしだけが血の繋がった家族だ。
お父さんとお母さんが注がなかった愛情を、わたしはこれから、兄に、めいっぱい注ごうと思う。
大切な存在を亡くしたわたしたちはきっと、お互いのことを誰よりも理解しあえる。
ちょっと、普通の兄妹とは違うわたしたちだけど、でも、普通の兄妹より、お互いのことを想っている。
空を見上げると、お父さんとお母さんを見送ったあの日のように青かった。
でも頬を掠める風は、あの日よりずっと暖かだ。
第三章≪とまらぬ想い≫に続く
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