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第二章≪Kiss≫

8.変身

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たった一度、深いキスをして以来、おやすみのキスは前と同じように軽く触れるだけのキスだった。

前と同じキス、なのに、それを受け取るわたしの身体は、前とは違った。
兄の唇が自分の唇に触れると、胸がドキドキする。
頭がくらくらする。
苦しいような、切ないような気持ちになって、兄の身体にしがみつきたくなる。

でも、しない。
わたしは、気持ちにブレーキをかけている。
兄の唇が離れて、目を見つめ合っていると、兄もそうなのかなって、感じる。

苦しいのは、切ないのは、わたしだけじゃない。
そう思うと、我慢できた。

でも、求め合う気持ちを止められない日が来ることを、本当はわかっていたのだと思う。



***



寝る前のおやすみの時間にはまだ少し早かった。
学校から、保護者のサインを貰ってくるように言われた書類があることを思い出したわたしは、兄の部屋に行った。

ノックをしても返事がなくて、でも、ドアの下の隙間から明かりがもれていた。

「お兄ちゃん、入っていい?」
わたしはそう言いながら、ドアを開けた。

兄はわたしの部屋には決して入らないけれど、わたしは洗濯物を置きに来るので、何度も入ったことがある。
兄の部屋はシンプルでよく片付いていた。
家具はパソコンの乗ったデスクとオーディオセットが置かれたサイドボードに、ベッドくらい。
あとは大きな安楽椅子があった。

兄の姿は部屋の中になかった。
おかしいな、と思ったら、部屋にあるバスルームから、腰にバスタオルを巻いただけの格好の兄が出てきた。

「花音?」
「ご、ごめん、お兄ちゃん、お風呂入ってたんだ。また、後でくるね!」
「いや、いいよ。どうした?」
「あのね、学校で保護者のサインが必要な書類があって」
「わかった、書いておく」

わたしは兄に書類を手渡した。
兄の顔が見られなくて、下を向いたまま。
だって、上半身裸の男の人を間近で見たことないし、ちらっと見た兄の肩幅が思っていたより広くて、胸も、思っていたよりずっと逞しくて。
兄は着痩せするタイプなのかな。
とにかく、男らしくて、わたしには眩し過ぎた。

「花音、どうかした?」
「ど、どうもしないよ。お兄ちゃん、早く、服着ないと風邪ひいちゃう。お、おやすみ」

ドキドキしているのを悟られたくなくて、わたしは兄の横を通り過ぎて、部屋を出ようとした。

「待って、花音」

兄は、わたしの手首を掴んで自分の方に引き寄せた。
勢いで、兄の裸の胸にぶつかったわたしを、兄は抱きしめた。

「そんな、可愛い顔を見せるなよ」
わたしを抱きしめたまま、兄が言った。
「え?」
「また、キスしたくなる」

兄が言うそのキスは、ただのおやすみのキスじゃないって、わかっている。

そしてわたしもそれを期待してる。
「お兄ちゃん…」

顔をあげると、兄と目があった。
いつもの、優しい眼差しではなかった。
激しくて、熱くて、強い眼差しだった。

わたしは、兄の腕の中で、びくんと、身体を震わせた。
いつもと違う兄の表情が、一瞬、怖かったから。

兄は、なにかを諦めたように、口元を緩めて笑った。

「オレが、怖い?」

わたしは、兄の顔を見上げながら、首を振った。

「花音…」

兄の顔が近づいてきて、わたしはぎゅっと目をつむった。

その瞬間に唇に、熱を感じた。
わたしは、口を開いた。
兄の舌が入ってくるのを待ってるように。
兄の熱くて大きな舌が、わたしの口の中を動き回るのを喜んでいるように。

兄の舌が、わたしの口の中に、ある。
舌で、わたしの舌を舐めるみたいに動く。
それから、わたしの舌を優しく吸う。
唾液が、混ざり合う。
わたしと兄の唾液が。

「…んっ…あ、っ…」

息が、出来ない。
溺れそう。

胸が、苦しい。
でも…気持ちいい。
気持ちいい。

兄の身体からは清涼な水の匂いがした。

唇が一瞬離れて、角度を変えて、また、重なる。
一瞬離れるたびに、不安になる。
もっと、して、って。
やめないでって。
この、キスを…終わらせ…ない…で。

「…ふぅ…ん、…んんっ…」

身体から力が抜けていく。
もうなにも、考えられない。

痺れるような、なにかが、身体の中心を、走った。
目を閉じて、口を開いて、兄に、されるがまま身を預けていたわたしは、不意に下半身に異変を感じた。

咄嗟に、兄の腕の中から抜けだした。

「花音?」
「お、お、おやすみ、お兄ちゃん!」

それだけ言って、急いで自分の部屋に戻った。

キスの最中に、股間が濡れた気がした。
もしかしたら、オシッコを漏らしたのかもしれない。

わたしは大きく息をして、ワンピース型の室内着の裾をたぐって、ショーツを脱いだ。

ショーツの股のところはぐっしょり濡れていたけど、オシッコとは違った。
股の間がじんじんする。熱い。

こんなの初めてだ。
わたしの身体はなにか変わりはじめていた。







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