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第一章≪再会≫
5.帰る場所
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「あなた、奏なの?今までどこでなにしてたのよ。兄さんたちの葬式も出ないで!」
叔母さんが、兄を詰るように言った。
兄は立ち上がって、叔母さんに向かい合う。
「父から聞いていませんでしたか。僕はボストンの大学を卒業したあと、シアトルで仕事をしていたんです。父と母が亡くなった連絡は、僕のところまで来ませんでした」
「じゃあ、今頃になって、どうしたの」
「一時帰国することになったので、両親に連絡しようとしたんですが、それが出来なくて。大使館を通して調べてもらい、わかったんです」
二人がやりとりしている間、わたしは兄の背中に隠れるようにして、兄の腰にしがみついていた。
札幌には、叔母さんのところには、行きたくなかった。
「それで?花音を、あなたが引き取ってアメリカに連れて行くわけ?」
「それは、おいおいこちらで考えます。叔母さんのお手は煩わせません」
叔母さんはわたしの面倒をみずに済んで喜んでいるはずなのに、なぜか不満そうな怖い顔をしている。
「もうこの団地には、住めないわよ。それと家具は処分したから」
「ありがとうございました」
兄は言って、スーツの内側のポケットから何かを取り出すと、ペンで書き込みをして叔母さんに渡した。
「処分代と、叔母さんの飛行機代です」
もしかして、小切手かな。
叔母さんは、額面を見て驚いた顔をして、「まあ、いいわ」と言うと、軽い足取りで去っていった。
叔母さんの姿が完全に見えなくなって、わたしはやっとほっとした。
兄の腰にしがみついたままだったことに気づいて、慌てて離れる。
兄はそんなわたしを見下ろして、目を細めてクスっと笑った。
見覚えのない、綺麗な男の人なのに、やっぱりどこか懐かしいって気がする。
この人が、お兄ちゃん、なんだ。
ずっと会いたかった、お兄ちゃんなんだ。
「花音、お父さんとお母さんの遺骨はどうした?」
兄に言われて、わたしははっとした。
「叔母さんに札幌には持っていけないって言われて、未来ちゃんの家に預けたの」
うちには、お母さんとお父さんを入れてあげられるお墓がなかった。
お母さんにはすでに近しい身内はいなかったし、お父さんの実家や親戚との付き合いもなかった。
お葬式のとき、来てくれたのはお父さんの会社の人と団地の人がほとんどで、親戚はお父さんの妹の叔母さんとその旦那さん、あとお父さんの従兄弟にあたる叔父さんとその息子さんくらいで、わたしは誰のこともわからなかった。
「そうか、じゃあ、未来ちゃんの家に行って、お父さんとお母さんを引き取って、一緒に帰ろう」
「帰る?」
どこに帰ればいいんだろう。
わたしには、帰る家はもうない。
「大丈夫だよ」
兄は優しく笑って、わたしの頭にぽんと手を乗せた。
叔母さんが、兄を詰るように言った。
兄は立ち上がって、叔母さんに向かい合う。
「父から聞いていませんでしたか。僕はボストンの大学を卒業したあと、シアトルで仕事をしていたんです。父と母が亡くなった連絡は、僕のところまで来ませんでした」
「じゃあ、今頃になって、どうしたの」
「一時帰国することになったので、両親に連絡しようとしたんですが、それが出来なくて。大使館を通して調べてもらい、わかったんです」
二人がやりとりしている間、わたしは兄の背中に隠れるようにして、兄の腰にしがみついていた。
札幌には、叔母さんのところには、行きたくなかった。
「それで?花音を、あなたが引き取ってアメリカに連れて行くわけ?」
「それは、おいおいこちらで考えます。叔母さんのお手は煩わせません」
叔母さんはわたしの面倒をみずに済んで喜んでいるはずなのに、なぜか不満そうな怖い顔をしている。
「もうこの団地には、住めないわよ。それと家具は処分したから」
「ありがとうございました」
兄は言って、スーツの内側のポケットから何かを取り出すと、ペンで書き込みをして叔母さんに渡した。
「処分代と、叔母さんの飛行機代です」
もしかして、小切手かな。
叔母さんは、額面を見て驚いた顔をして、「まあ、いいわ」と言うと、軽い足取りで去っていった。
叔母さんの姿が完全に見えなくなって、わたしはやっとほっとした。
兄の腰にしがみついたままだったことに気づいて、慌てて離れる。
兄はそんなわたしを見下ろして、目を細めてクスっと笑った。
見覚えのない、綺麗な男の人なのに、やっぱりどこか懐かしいって気がする。
この人が、お兄ちゃん、なんだ。
ずっと会いたかった、お兄ちゃんなんだ。
「花音、お父さんとお母さんの遺骨はどうした?」
兄に言われて、わたしははっとした。
「叔母さんに札幌には持っていけないって言われて、未来ちゃんの家に預けたの」
うちには、お母さんとお父さんを入れてあげられるお墓がなかった。
お母さんにはすでに近しい身内はいなかったし、お父さんの実家や親戚との付き合いもなかった。
お葬式のとき、来てくれたのはお父さんの会社の人と団地の人がほとんどで、親戚はお父さんの妹の叔母さんとその旦那さん、あとお父さんの従兄弟にあたる叔父さんとその息子さんくらいで、わたしは誰のこともわからなかった。
「そうか、じゃあ、未来ちゃんの家に行って、お父さんとお母さんを引き取って、一緒に帰ろう」
「帰る?」
どこに帰ればいいんだろう。
わたしには、帰る家はもうない。
「大丈夫だよ」
兄は優しく笑って、わたしの頭にぽんと手を乗せた。
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