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【完結編】天に在らば比翼の鳥
1.侵入者
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玄関が騒がしかった。
「どこから入って来た」「誰だおまえ」と言った、男たちの声が中庭にいた綾瀬まで聞こえた。
侵入者でもあったのか。
だが、それにしては声に緊張感がなく、犬か猫でも紛れ込んだような、事態を面白がっている響きがあった。
気紛れに、綾瀬は騒ぎのする方に行ってみた。
すると玄関の三和土には、あまりに意外なものがいた。
綾瀬には年齢の見当もつかない幼い少女だ。
金髪で碧い目をしている。
白いワンピースを着て、背中に小さなリュックを背負っていた。
ふわふわした甘い容姿に反して、顔も服も、泥と埃で薄汚れていた。
少女は無表情で、綾瀬を睨むように立っていた。
「三代目、すみません。すぐつまみ出します。まったく、どこから入りこんだのか。聞いてもなんにも、喋らないんですよ。やっぱり日本語じゃ、無理すっかね」
玄関にいた若い組員の一人が言って、子供に触ろうとした。
「待て」
と、綾瀬は止めた。
少女の顔に、見覚えがあった。
いや、そうではなく、その面差しに似た人間を知っていた。
「おまえ、葉月の」
少女は目を見開いて、駆け寄って綾瀬の足に抱きついた。
「パパを助けて!」
日本語でキッパリとそう言った。
***
少女は名前を「相川ありす」と名乗った。
年齢は8歳、どこから来たのか聞くと「テヘラン」と言う。
少女の話はそれ以上は要領を得なかったが、しばらくして桐生邸に、少女をテヘランから連れて来たという男がやってきた。
テヘランで活動しているNPO法人の代表で、河上と名乗った。
なんでもありすとは空港ではぐれて、探し回っていたらしい。
河上という五十代くらいの日本人の男は、長旅と子供を探し回るのに疲れ切った様子だったが、綾瀬の知りたいことを教えてくれた。
相川ありすは、相川葉月の娘に間違いない。
葉月は、中東で反政府組織などを相手に人質解放の交渉を仕事にしているらしい。
ところが、二カ月前、パキスタンとの国境近辺で行方不明になったという。
「ご存知かどうかわかりませんが、今、中東やアフリカでは誘拐ビジネスが盛んです。狙われるのはヨーロッパからの観光客や、商社の現地駐在員などです。相川さんは、フランス政府の元で仕事をしていました。相川さんは以前から、自分になにかあったときは、ありすを日本の桐生さんのもとに送って欲しいと言っておりまして、今回こうして、連れてきたわけです」
「葉月は、生きているんですか」
「わかりません。正直言いまして、相川さんは人質を救出するために何度か危ない目にあっています。アメリカのCIAと協力して、組織を潰したこともあり、恨みを買っているのは事実です。ですが、今回相川さんを拘束していると思われる組織は、反政府組織というより、マフィアではないかと思われます。おそらく、交渉がこじれたせいで拉致されているのだと思います。彼らには、相川さんを殺す理由はないと思います」
綾瀬は秘書の一人を呼び、外務省に確認するように指示を出した。
「とにかく、ありすをお願いします。わたしはすぐにテヘランに戻らなければなりません」
長い話が終わって、河上が腰をあげたときには、ありすはソファの上、綾瀬の膝にもたれかかるように眠っていた。
***
翌朝、綾瀬は高谷と篤郎を桐生邸に呼び出し、一通りの事情を説明した。
三人がいる居間からは、庭で遊ぶ少女が見える。
ありすは、若い男たちを相手に、日本庭園を走り回っていた。
「あれが、葉月の娘、だって?」
何度説明しても、事実を飲み込めない高谷が目を丸くしてさっきから同じ言葉を繰り返している。
「で、葉月の安否は確認出来たのか」
やっと正気に戻ったような冷静な口調で聞いた。
「外務省に当たっている最中だ。だが、葉月はフランス政府の下で働いていたらしい。外務省での確認には時間がかかるかもな」
「それにしても、なんで葉月は中東なんかに…」
高谷にとっては聞くことすべてが意外な気がして、なにがなにやらわからない。
この桐生邸にいて、キャッキャという幼女の笑い声が聞こえてくることすら、異様なことだ。
「篤郎」
葉月とはあまり面識がなく、他人事のような顔で話を聞き流し、庭にいる不可思議で珍しい生き物を眺めていた篤郎を、綾瀬が呼んだ。
「なんですか」
「当分の間、ありすがここで暮らすために必要な物を、用意しろ」
「必要なものって、例えば?」
「いろいろ要るだろ。服とか下着とか」
「し、下着って、つまり幼女のパンツってこと?やだよ。それにオレ、小さい女の子のパンツなんてどんなのか、わかんないし」
篤郎の言葉に顔を顰めて、綾瀬はありすを呼んだ。
ありすは嬉しそうに走ってくる。
組員たちの話では、ありすは初対面にもかかわらず、綾瀬のことをまるで知っている人間のように最初から打ち解けて接してきたという。
篤郎に「もしかして、三代目の隠し子じゃないんですか?すげえ、懐いてるんですけど」と聞いてきた者もいた。
ありすは濡れ縁で靴を脱いで、縁側をよじ登るようにして居間まで来た。
「なあに、綾瀬」
流暢な日本語で、首を傾けて言う。
「呼び捨てかよ…」
篤郎は絶句したが、綾瀬の次の行動には悲鳴をあげた。
綾瀬はありすの体を篤郎の方に向けると、ワンピースの裾を持ち上げて、下着を丸見えにした。
「こういうやつだ、わかったか」
「ちょっと!やめてよ、綾瀬!犯罪だよ、それ。お巡りさんに捕まっちゃうよ!」
篤郎は慌てふためいて、両手で目線を塞ぎながらヤクザにあるまじき台詞をはいている。
まだ恥ずかしいという感情がないのか、パンツをあらわにされているありすはぽかんとしている。
「わかったのか、わからないのかどっちだ。なんなら脱がせて、持っていくか」
綾瀬の方は、なにが問題なのかわかっていない。
ただ面倒そうに、聞いている。
「ああもう!いいよ、その子と一緒にデパート行って、外商に選んでもらうから!」
綾瀬は篤郎に「そうしろ」と言い、ありすに、篤郎と一緒に買い物に行ってこいと言った。
「綾瀬も一緒じゃないとイヤ」
ありすは綾瀬にしがみついて、だだをこねた。
「ちょっと…ほんとに、いつのまに、そんなに好かれちゃったの」
驚く篤郎に、高谷は笑いながら言う。
「こんなに小さくても女なんだな。女は、綺麗な男が好きだからな」
綾瀬は、自分にしがみつく少女を離し、きつい声で言った。
「ベタベタくっつくな。買い物は篤郎と行くんだ。我儘言うな」
ありすは見ているほうが悲しくなるような顔をしたあと、泣きだした。
「あーあ。泣かせちゃった」
綾瀬に子供の相手など出来るわけがないと思っている篤郎は、当然の成り行きのように感じている。
「うるさい、泣くな。さっさと行ってこい」
どんなに邪険にされても、ありすはなかなか綾瀬から離れようとしなかった。
その様子を眺めて、高谷が言った。
「やっぱり、葉月の娘だ。間違いない」
「どこから入って来た」「誰だおまえ」と言った、男たちの声が中庭にいた綾瀬まで聞こえた。
侵入者でもあったのか。
だが、それにしては声に緊張感がなく、犬か猫でも紛れ込んだような、事態を面白がっている響きがあった。
気紛れに、綾瀬は騒ぎのする方に行ってみた。
すると玄関の三和土には、あまりに意外なものがいた。
綾瀬には年齢の見当もつかない幼い少女だ。
金髪で碧い目をしている。
白いワンピースを着て、背中に小さなリュックを背負っていた。
ふわふわした甘い容姿に反して、顔も服も、泥と埃で薄汚れていた。
少女は無表情で、綾瀬を睨むように立っていた。
「三代目、すみません。すぐつまみ出します。まったく、どこから入りこんだのか。聞いてもなんにも、喋らないんですよ。やっぱり日本語じゃ、無理すっかね」
玄関にいた若い組員の一人が言って、子供に触ろうとした。
「待て」
と、綾瀬は止めた。
少女の顔に、見覚えがあった。
いや、そうではなく、その面差しに似た人間を知っていた。
「おまえ、葉月の」
少女は目を見開いて、駆け寄って綾瀬の足に抱きついた。
「パパを助けて!」
日本語でキッパリとそう言った。
***
少女は名前を「相川ありす」と名乗った。
年齢は8歳、どこから来たのか聞くと「テヘラン」と言う。
少女の話はそれ以上は要領を得なかったが、しばらくして桐生邸に、少女をテヘランから連れて来たという男がやってきた。
テヘランで活動しているNPO法人の代表で、河上と名乗った。
なんでもありすとは空港ではぐれて、探し回っていたらしい。
河上という五十代くらいの日本人の男は、長旅と子供を探し回るのに疲れ切った様子だったが、綾瀬の知りたいことを教えてくれた。
相川ありすは、相川葉月の娘に間違いない。
葉月は、中東で反政府組織などを相手に人質解放の交渉を仕事にしているらしい。
ところが、二カ月前、パキスタンとの国境近辺で行方不明になったという。
「ご存知かどうかわかりませんが、今、中東やアフリカでは誘拐ビジネスが盛んです。狙われるのはヨーロッパからの観光客や、商社の現地駐在員などです。相川さんは、フランス政府の元で仕事をしていました。相川さんは以前から、自分になにかあったときは、ありすを日本の桐生さんのもとに送って欲しいと言っておりまして、今回こうして、連れてきたわけです」
「葉月は、生きているんですか」
「わかりません。正直言いまして、相川さんは人質を救出するために何度か危ない目にあっています。アメリカのCIAと協力して、組織を潰したこともあり、恨みを買っているのは事実です。ですが、今回相川さんを拘束していると思われる組織は、反政府組織というより、マフィアではないかと思われます。おそらく、交渉がこじれたせいで拉致されているのだと思います。彼らには、相川さんを殺す理由はないと思います」
綾瀬は秘書の一人を呼び、外務省に確認するように指示を出した。
「とにかく、ありすをお願いします。わたしはすぐにテヘランに戻らなければなりません」
長い話が終わって、河上が腰をあげたときには、ありすはソファの上、綾瀬の膝にもたれかかるように眠っていた。
***
翌朝、綾瀬は高谷と篤郎を桐生邸に呼び出し、一通りの事情を説明した。
三人がいる居間からは、庭で遊ぶ少女が見える。
ありすは、若い男たちを相手に、日本庭園を走り回っていた。
「あれが、葉月の娘、だって?」
何度説明しても、事実を飲み込めない高谷が目を丸くしてさっきから同じ言葉を繰り返している。
「で、葉月の安否は確認出来たのか」
やっと正気に戻ったような冷静な口調で聞いた。
「外務省に当たっている最中だ。だが、葉月はフランス政府の下で働いていたらしい。外務省での確認には時間がかかるかもな」
「それにしても、なんで葉月は中東なんかに…」
高谷にとっては聞くことすべてが意外な気がして、なにがなにやらわからない。
この桐生邸にいて、キャッキャという幼女の笑い声が聞こえてくることすら、異様なことだ。
「篤郎」
葉月とはあまり面識がなく、他人事のような顔で話を聞き流し、庭にいる不可思議で珍しい生き物を眺めていた篤郎を、綾瀬が呼んだ。
「なんですか」
「当分の間、ありすがここで暮らすために必要な物を、用意しろ」
「必要なものって、例えば?」
「いろいろ要るだろ。服とか下着とか」
「し、下着って、つまり幼女のパンツってこと?やだよ。それにオレ、小さい女の子のパンツなんてどんなのか、わかんないし」
篤郎の言葉に顔を顰めて、綾瀬はありすを呼んだ。
ありすは嬉しそうに走ってくる。
組員たちの話では、ありすは初対面にもかかわらず、綾瀬のことをまるで知っている人間のように最初から打ち解けて接してきたという。
篤郎に「もしかして、三代目の隠し子じゃないんですか?すげえ、懐いてるんですけど」と聞いてきた者もいた。
ありすは濡れ縁で靴を脱いで、縁側をよじ登るようにして居間まで来た。
「なあに、綾瀬」
流暢な日本語で、首を傾けて言う。
「呼び捨てかよ…」
篤郎は絶句したが、綾瀬の次の行動には悲鳴をあげた。
綾瀬はありすの体を篤郎の方に向けると、ワンピースの裾を持ち上げて、下着を丸見えにした。
「こういうやつだ、わかったか」
「ちょっと!やめてよ、綾瀬!犯罪だよ、それ。お巡りさんに捕まっちゃうよ!」
篤郎は慌てふためいて、両手で目線を塞ぎながらヤクザにあるまじき台詞をはいている。
まだ恥ずかしいという感情がないのか、パンツをあらわにされているありすはぽかんとしている。
「わかったのか、わからないのかどっちだ。なんなら脱がせて、持っていくか」
綾瀬の方は、なにが問題なのかわかっていない。
ただ面倒そうに、聞いている。
「ああもう!いいよ、その子と一緒にデパート行って、外商に選んでもらうから!」
綾瀬は篤郎に「そうしろ」と言い、ありすに、篤郎と一緒に買い物に行ってこいと言った。
「綾瀬も一緒じゃないとイヤ」
ありすは綾瀬にしがみついて、だだをこねた。
「ちょっと…ほんとに、いつのまに、そんなに好かれちゃったの」
驚く篤郎に、高谷は笑いながら言う。
「こんなに小さくても女なんだな。女は、綺麗な男が好きだからな」
綾瀬は、自分にしがみつく少女を離し、きつい声で言った。
「ベタベタくっつくな。買い物は篤郎と行くんだ。我儘言うな」
ありすは見ているほうが悲しくなるような顔をしたあと、泣きだした。
「あーあ。泣かせちゃった」
綾瀬に子供の相手など出来るわけがないと思っている篤郎は、当然の成り行きのように感じている。
「うるさい、泣くな。さっさと行ってこい」
どんなに邪険にされても、ありすはなかなか綾瀬から離れようとしなかった。
その様子を眺めて、高谷が言った。
「やっぱり、葉月の娘だ。間違いない」
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