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狭き門より入れ
6【完】襲名
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日本に戻ってきて父親の葬儀を無事に終え、二週間後には襲名式が行われることになった。
襲名式の日、桐生の屋敷は物々しい警備に囲まれていた。
全国から名前のある大物が集まる。
警備隊も出動して、マスコミも大勢集まった。
若干二十八歳の青年が清竜会の三代目を襲名するのだ。
世間の関心は裏社会のことにしては異例に高かった。
「用意は整いました」
綾瀬は紋付の羽織袴を着させられているところだった。
「髪の色、変えなかったんですか」
「悪いか」
古式ゆかしい和装に茶色の髪はミスマッチだが、綾瀬の貌にはむしろよく映えて似合う。
背筋を伸ばして立つ、その姿は潔く、篤郎の知っている誰より美しかった。
「手順はわかりますね?」
長い渡り廊下を歩きながら、秘書さながら篤郎は確認をいれる。
「叔父貴に散々練習させられたの、知ってるだろう」
なんで社会の脱落者のような組織の襲名式がこんなに形式ばっているのかとうんざりする込み入った手順は、昨日嫌になるほどリハーサルさせられた。
結局、権威というのは、様式や形で作るものらしい。
「ところで三代目、襲名式の前に新しい幹部を紹介したいんですが」
「幹部?」
「ええ。正式に清竜会の三代目となったからには、今のままじゃ上層部が手薄ですから、有能な男を一人昇格させたいと」
「どこにいるんだ」
母屋と離れの渡り廊下を、綾瀬の前を歩いていた篤郎が急に立ち止まった。
「篤郎?」
その視線が、庭の方に向いている。
「どうやら、間に合ったようです」
篤郎のその言葉は綾瀬の耳に届いていなかった。
庭の、遅咲きの八重櫻の木の下に立っていたのは高谷だった。
黒いスーツを着て、長かった髪は短く切ってある。
「高谷…」
綾瀬は、呟いたあと絶句して、その場に立ち尽くした。
やっと正気に返ったと思ったら、廊下を足袋のままで降りて、袴の裾を払いながら大股で高谷の側に歩みより、睨むように見上げた。
「なんで帰ってきた。子供はどうした」
「マイケルはオレの子供じゃない。向こうで世話になった人の息子だ。川田さんという日本人には本当に世話になったんだ。ロスに行った頃、オレは英語も喋れず、リハビリは延々2年も続いて、自棄になったこともあった。川田さんはなんでそんな気になったのか、オレのことを気にかけてくれて、仕事も住むところも、世話してくれた。けどマイケルが生まれてすぐ、死んだんだ。川田さんも、裏社会に近い場所で仕事をしていたからな。マイケルの母親のシンシアは、看護士だったんだが、一人でマイケルを育てるために、医者になる決心をして医療プログラムを学び直すために大学に入った。オレは、彼女がプログラムを終えるまでマイケルを預かったんだ。それが、川田さんに恩を返せる唯一の方法だと思った。やっとシンシアの研修期間が終わって、マイケルを渡せることが出来た」
「おまえの子供じゃない?おまえ!一言もそんなこと、言わなかった!」
「聞かなかったろ?」
綾瀬は顔を赤くして怒っている。
高谷を殴ろうと振り上げた手を、思いとどまって宙で止める。
「戻る気なんか、あったに決まってるだろ」
行き場を失った綾瀬の手首を、高谷はつかんだ。
「遅くなって悪かった」
櫻の木の下で並んだ二人を、廊下から眺めて篤郎は感慨に耽る。
どんなに時間が立って、状況も世界も価値観も変っても、本質的に変わらないものは確かにある。
並び立つ二人の間に在る空気は、かつて、篤郎が憧れたものだった。
「綾瀬、戻って!足袋変えて!」
庭に向けて大声で叫ぶ。
風に舞って薄桃色の桜の花びらが篤郎の足元まで届いた。
完
NEXT➡三代目の結婚
襲名式の日、桐生の屋敷は物々しい警備に囲まれていた。
全国から名前のある大物が集まる。
警備隊も出動して、マスコミも大勢集まった。
若干二十八歳の青年が清竜会の三代目を襲名するのだ。
世間の関心は裏社会のことにしては異例に高かった。
「用意は整いました」
綾瀬は紋付の羽織袴を着させられているところだった。
「髪の色、変えなかったんですか」
「悪いか」
古式ゆかしい和装に茶色の髪はミスマッチだが、綾瀬の貌にはむしろよく映えて似合う。
背筋を伸ばして立つ、その姿は潔く、篤郎の知っている誰より美しかった。
「手順はわかりますね?」
長い渡り廊下を歩きながら、秘書さながら篤郎は確認をいれる。
「叔父貴に散々練習させられたの、知ってるだろう」
なんで社会の脱落者のような組織の襲名式がこんなに形式ばっているのかとうんざりする込み入った手順は、昨日嫌になるほどリハーサルさせられた。
結局、権威というのは、様式や形で作るものらしい。
「ところで三代目、襲名式の前に新しい幹部を紹介したいんですが」
「幹部?」
「ええ。正式に清竜会の三代目となったからには、今のままじゃ上層部が手薄ですから、有能な男を一人昇格させたいと」
「どこにいるんだ」
母屋と離れの渡り廊下を、綾瀬の前を歩いていた篤郎が急に立ち止まった。
「篤郎?」
その視線が、庭の方に向いている。
「どうやら、間に合ったようです」
篤郎のその言葉は綾瀬の耳に届いていなかった。
庭の、遅咲きの八重櫻の木の下に立っていたのは高谷だった。
黒いスーツを着て、長かった髪は短く切ってある。
「高谷…」
綾瀬は、呟いたあと絶句して、その場に立ち尽くした。
やっと正気に返ったと思ったら、廊下を足袋のままで降りて、袴の裾を払いながら大股で高谷の側に歩みより、睨むように見上げた。
「なんで帰ってきた。子供はどうした」
「マイケルはオレの子供じゃない。向こうで世話になった人の息子だ。川田さんという日本人には本当に世話になったんだ。ロスに行った頃、オレは英語も喋れず、リハビリは延々2年も続いて、自棄になったこともあった。川田さんはなんでそんな気になったのか、オレのことを気にかけてくれて、仕事も住むところも、世話してくれた。けどマイケルが生まれてすぐ、死んだんだ。川田さんも、裏社会に近い場所で仕事をしていたからな。マイケルの母親のシンシアは、看護士だったんだが、一人でマイケルを育てるために、医者になる決心をして医療プログラムを学び直すために大学に入った。オレは、彼女がプログラムを終えるまでマイケルを預かったんだ。それが、川田さんに恩を返せる唯一の方法だと思った。やっとシンシアの研修期間が終わって、マイケルを渡せることが出来た」
「おまえの子供じゃない?おまえ!一言もそんなこと、言わなかった!」
「聞かなかったろ?」
綾瀬は顔を赤くして怒っている。
高谷を殴ろうと振り上げた手を、思いとどまって宙で止める。
「戻る気なんか、あったに決まってるだろ」
行き場を失った綾瀬の手首を、高谷はつかんだ。
「遅くなって悪かった」
櫻の木の下で並んだ二人を、廊下から眺めて篤郎は感慨に耽る。
どんなに時間が立って、状況も世界も価値観も変っても、本質的に変わらないものは確かにある。
並び立つ二人の間に在る空気は、かつて、篤郎が憧れたものだった。
「綾瀬、戻って!足袋変えて!」
庭に向けて大声で叫ぶ。
風に舞って薄桃色の桜の花びらが篤郎の足元まで届いた。
完
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