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【番外編】
Sweet little devil
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綾瀬は意外にモテる。
なぜ「意外」なのかと言えば、高谷なら、どんなに奇麗な顔をしていても、綾瀬のような見るからにヤバそうな領域にいる男に近づかない程度の危機管理能力があるからだ。
女というのはよほどそういう能力がないのか、それともわかっていて映画のようなスリルでも求めているのか、わざわざ自分の足で危険な場所に踏み込んでくるものらしい。
そもそも自分よりも奇麗な顔をした男と付き合いたいと願う彼女たちの気持ちも理解出来ない。
自分が女ならまっぴらだと、思っても仕方ないことを高谷は思った。
ただし、綾瀬に言いよってくる女たちは、皆、それなりの容姿をしていた。
その勇敢な美しい女たちが、綾瀬の取り巻きに売られていることを、高谷はクラスメートの女子から聞いて知った。
「ひどいと思わない?綾瀬君に告白した有紀、田代君に売らたのよ」
「売られたって、どういう意味?」
「綾瀬君が言ったんですって。田代と寝たら、付きあってもいいって。でもそんなの嘘。有紀は結局、田代君と付き合ってる」
「綾瀬に告白して、田代と付き合ってる?別に、いいんじゃないか」
「だって、田代君、綾瀬君にお金払ったらしいの。それってまるで売春の斡旋じゃない」
高谷は驚いた。
綾瀬がどんなつもりでそんな商売をしているのか、わからなかった。
憤慨したクラスメートの女子に「高谷君、綾瀬君と友達なんでしょ。なんとか言ってやったら」と言われたせいではなかったが、高谷は綾瀬を問い詰めた。
「なんでそんなことしてるんだ。おまえ、別に金なんかいらないだろ」
「女をシノギにするのはヤクザの常套だろ。これも、お勉強だよ。売春斡旋のポイントは女の質を保つこと、それと女は金よりも情で動くことがわかった。疑似餌があればタダで身体を売る。自分の商品価値すらわかってない。馬鹿だよな、あいつら」
ヤクザになんかなりたくない、跡なんか継がないと言っているくせに、綾瀬は時々、親の稼業に肯定的な振る舞いをする。
自虐なのか自棄なのか、高谷にはわからない。
「いいから、もうやめろ。おまえのために言ってるんだ。こんなことは、必ず、恨みを買う。ヤクザの抗争だなんだで死ぬ前に、道で女に刺されて死ぬことになるぞ」
真面目な忠告を、綾瀬は鼻で笑った。
「面白いことを言う。オレを殺せる女がいたら、結婚してやってもいい」
「はあ?」
「女は、おまえが思ってるより単純な生き物なんだよ。身体を許せば、心まで委ねてくる。オレが売った女は、半分以上、買ったヤツとよろしくやってる」
それは綾瀬の言う通りで、高谷には理解に難しい事象だった。
「結局、誰でもいいんだよ、あいつらは。股も緩いし、頭も緩い」
醒めた口調は、女を見下し、憎んですらいるようだ。
高谷はそんな綾瀬に苛立ちを覚える。
女性の貞操観念の欠如を罰するためなら、傷つけていいというものではない。
綾瀬の言葉を真に受けて、好きでもない男に抱かれ、挙句に約束を反故にされ、傷ついて泣いた女もいるのだ。
それだけでも相当の痛手だろうに、自分が知らない間に売春紛いのことをしていたと知ったら、彼女たちはどう思うだろう。
恋する相手を間違ったのだと気づいてくれるだけならいいが、中には、綾瀬を憎み恨む女もいるに違いない。
高谷には、それが好意でも悪意でも、容量の多すぎる想いを向けられるのは面倒だという思いがあるが、綾瀬は自分に向けられる他人の感情など、きれいに無視出来る素敵な神経をもっている。
だから平気で人を、遊ぶように傷つける。
「綾瀬、乱すな」
怒ってそう言ってやると、癪に障ることに、綾瀬は愉快そうに目を細めた。
「乱す?オレが、なにを乱してるって?」
聞かれて、言葉につまった。
自分で言った言葉なのに、考えてしまう。
綾瀬が乱しているものはなんだろう。
確かに綾瀬は、撹乱している。
秩序を嫌い、平穏を蔑み、人の調和を憎んでいる。
その挙句に、周囲の人間を巻き込んで振り回す。
「心だ。おまえは、人の心を弄んで、乱している」
指摘してやると、綾瀬はやっぱり笑った。
「高谷」
笑いながら名前を呼ばれて、綾瀬の目を見た。
形容しがたい不思議な目は、この目に見つめられたいと願わずにいられない魔力を持っている。
けれど、長く見つめていれば魂を喰われそうだ。
悪魔だ。綾瀬は美しい悪魔だ。
ああ、オレが女なら、こんなやつに絶対近づかない。
高谷は心の中で吐き捨てた。
綾瀬に売られた女たちは、やっぱり迂闊に過ぎる。
喰われた奴は自業自得だ。
「なんだよ」
憮然と、高谷は返事をした。
「おまえも、買わないか。おまえが抱いた女なら、オレも抱いてもいい。約束を、守ってやる」
高谷は呆気にとられ、絶句した。
まただ、またしても、綾瀬に乱された。
心を。
自分もまた、少しずつ、この悪魔に魂を喰われているのかもしれない。
綾瀬は高谷の呆けた顔を見て、珍しく声を出して笑った。
おわり
なぜ「意外」なのかと言えば、高谷なら、どんなに奇麗な顔をしていても、綾瀬のような見るからにヤバそうな領域にいる男に近づかない程度の危機管理能力があるからだ。
女というのはよほどそういう能力がないのか、それともわかっていて映画のようなスリルでも求めているのか、わざわざ自分の足で危険な場所に踏み込んでくるものらしい。
そもそも自分よりも奇麗な顔をした男と付き合いたいと願う彼女たちの気持ちも理解出来ない。
自分が女ならまっぴらだと、思っても仕方ないことを高谷は思った。
ただし、綾瀬に言いよってくる女たちは、皆、それなりの容姿をしていた。
その勇敢な美しい女たちが、綾瀬の取り巻きに売られていることを、高谷はクラスメートの女子から聞いて知った。
「ひどいと思わない?綾瀬君に告白した有紀、田代君に売らたのよ」
「売られたって、どういう意味?」
「綾瀬君が言ったんですって。田代と寝たら、付きあってもいいって。でもそんなの嘘。有紀は結局、田代君と付き合ってる」
「綾瀬に告白して、田代と付き合ってる?別に、いいんじゃないか」
「だって、田代君、綾瀬君にお金払ったらしいの。それってまるで売春の斡旋じゃない」
高谷は驚いた。
綾瀬がどんなつもりでそんな商売をしているのか、わからなかった。
憤慨したクラスメートの女子に「高谷君、綾瀬君と友達なんでしょ。なんとか言ってやったら」と言われたせいではなかったが、高谷は綾瀬を問い詰めた。
「なんでそんなことしてるんだ。おまえ、別に金なんかいらないだろ」
「女をシノギにするのはヤクザの常套だろ。これも、お勉強だよ。売春斡旋のポイントは女の質を保つこと、それと女は金よりも情で動くことがわかった。疑似餌があればタダで身体を売る。自分の商品価値すらわかってない。馬鹿だよな、あいつら」
ヤクザになんかなりたくない、跡なんか継がないと言っているくせに、綾瀬は時々、親の稼業に肯定的な振る舞いをする。
自虐なのか自棄なのか、高谷にはわからない。
「いいから、もうやめろ。おまえのために言ってるんだ。こんなことは、必ず、恨みを買う。ヤクザの抗争だなんだで死ぬ前に、道で女に刺されて死ぬことになるぞ」
真面目な忠告を、綾瀬は鼻で笑った。
「面白いことを言う。オレを殺せる女がいたら、結婚してやってもいい」
「はあ?」
「女は、おまえが思ってるより単純な生き物なんだよ。身体を許せば、心まで委ねてくる。オレが売った女は、半分以上、買ったヤツとよろしくやってる」
それは綾瀬の言う通りで、高谷には理解に難しい事象だった。
「結局、誰でもいいんだよ、あいつらは。股も緩いし、頭も緩い」
醒めた口調は、女を見下し、憎んですらいるようだ。
高谷はそんな綾瀬に苛立ちを覚える。
女性の貞操観念の欠如を罰するためなら、傷つけていいというものではない。
綾瀬の言葉を真に受けて、好きでもない男に抱かれ、挙句に約束を反故にされ、傷ついて泣いた女もいるのだ。
それだけでも相当の痛手だろうに、自分が知らない間に売春紛いのことをしていたと知ったら、彼女たちはどう思うだろう。
恋する相手を間違ったのだと気づいてくれるだけならいいが、中には、綾瀬を憎み恨む女もいるに違いない。
高谷には、それが好意でも悪意でも、容量の多すぎる想いを向けられるのは面倒だという思いがあるが、綾瀬は自分に向けられる他人の感情など、きれいに無視出来る素敵な神経をもっている。
だから平気で人を、遊ぶように傷つける。
「綾瀬、乱すな」
怒ってそう言ってやると、癪に障ることに、綾瀬は愉快そうに目を細めた。
「乱す?オレが、なにを乱してるって?」
聞かれて、言葉につまった。
自分で言った言葉なのに、考えてしまう。
綾瀬が乱しているものはなんだろう。
確かに綾瀬は、撹乱している。
秩序を嫌い、平穏を蔑み、人の調和を憎んでいる。
その挙句に、周囲の人間を巻き込んで振り回す。
「心だ。おまえは、人の心を弄んで、乱している」
指摘してやると、綾瀬はやっぱり笑った。
「高谷」
笑いながら名前を呼ばれて、綾瀬の目を見た。
形容しがたい不思議な目は、この目に見つめられたいと願わずにいられない魔力を持っている。
けれど、長く見つめていれば魂を喰われそうだ。
悪魔だ。綾瀬は美しい悪魔だ。
ああ、オレが女なら、こんなやつに絶対近づかない。
高谷は心の中で吐き捨てた。
綾瀬に売られた女たちは、やっぱり迂闊に過ぎる。
喰われた奴は自業自得だ。
「なんだよ」
憮然と、高谷は返事をした。
「おまえも、買わないか。おまえが抱いた女なら、オレも抱いてもいい。約束を、守ってやる」
高谷は呆気にとられ、絶句した。
まただ、またしても、綾瀬に乱された。
心を。
自分もまた、少しずつ、この悪魔に魂を喰われているのかもしれない。
綾瀬は高谷の呆けた顔を見て、珍しく声を出して笑った。
おわり
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