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青は藍より出でて藍より青し

同類の男〔2〕

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ホテルのフレンチレストランは時間が遅いせいか、空いているテーブルが目立つ。
デザートの皿を避けて、コーヒーカップを手に持った綾瀬は、食事の間中ここにいることが気にいらないという憮然とした態度だった。
テーブルの上のキャンドルを挟んで、正面に座った真琴がそんな綾瀬を愉しそうに眺めている。

「先生、選挙の方はどうですかな」
「なに、問題ないでしょう」
同じテーブルに清竜会会長の桐生と代議士の保科が同席していた。
「ただ問題は武中たけなか派の橋口伊佐夫はしぐちいさおでしょうなあ。橋口が総裁に選ばれるようなことになったら、大臣の椅子は回ってこんでしょう」
「こちらとしてはぜひ先生に大臣になっていただき、湾岸開発の方を進めてもらわんと困るのですがね。あそこにはかなり投資しとるんですよ、これの考えで」
そう言って、桐生捷三は息子を見た。

「尚紀、おまえなら次の手をどう打つ」
「橋口伊佐夫は能無しですよ。第一秘書の曽根崎そねざきを叛かせればいい」
綾瀬は簡単にそう告げた。
「ほう、曽根崎を。確かにあれは頭が切れる。しかし、あの男は金では動かん」
保科の言葉に、綾瀬は口許だけで笑った。
「金で人の心を買えると思っているのが間違ってる。金で買うべきなのは情報です。曽根崎には難病の子供がいるそうです。先生は確か、東京女子医大心臓外科医の大宮おおみや先生と懇意ですよね」

それ以上は説明する必要もなかった。
保科は驚いたように、ただ目の前の高校生を見ている。
感嘆というよりも、得体のしれない化物でも見るような視線だった。
「たいした息子さんだ」
桐生は当然のように、頷いた。
「これには、子供の頃からそういう教育を受けさせております」

「ちょっと失礼します」
大人たちの会話を割って、綾瀬は言うなり席を立った。
気分が悪かった。
トイレに駆け込んで、食べたものをすっかり吐いた。
ワインに酔ったわけではない。
自分自身を嫌悪し責め苛む心が、肉体を苛める。

手洗いで口を濯ぎ、顔を洗う。
鏡の中の自分と目が合って、綾瀬は濡れたてのひらで鏡の中の自分を塞いだ。
見たくない。
綾瀬には、他人の弱みが視える。つけこみ方も心得ている。
頭で考える必要がないほど、それは自然に見えている。
そんな自分を、綾瀬は持て余す。

吐き気はなかなか納まらなかった。
不意に高谷に会いたいと思った。
思ったときにはもうポケットから携帯を取り出していた。
「……高谷」

どうしてそれが高谷なのか、綾瀬にもわからない。
高谷といるときの自分は、本当の自分ではない。
高谷の前で自分はきっと、多くを偽っている。
それでも高谷の側にいるときだけ、綾瀬は自分を許している。
そんなものは錯覚だとわかっていても。
高谷に自分のなにが理解出来る。理解なんて出来るはずがない。
そんなこと期待してもいない。
他人に助けてもらおうなんて思ったら、自分が傷つくだけだ。

「綾瀬」
帰りの遅い綾瀬を心配して、真琴がトイレに入って来た。
手洗いで、前屈みになっている綾瀬を見て、駆け寄ろうとした真琴の視線は、綾瀬の手元の携帯で止まった。
「誰を呼んだの」
真琴の脳裏に、いつも綾瀬の側にいる葉月の顔が浮んだ。
「馬鹿なことを。あなたを救える人間なんて、いないのに」
「うるせえ!」
真琴を睨んで、綾瀬は堪えかねたように床に膝をついた。

「綾瀬」
綾瀬の脇を支えて身体を起し、背中をさする。
「抵抗するから、こんなに苦しいんだ。あなたは、受けいれるか逃げるか選ぶべきです。受け入れるのなら、もう抵抗するのはやめて」
「おまえになにがわかる!おまえなんかにわかるはずがない!わかったような口を聞くな!」

他人にわかって欲しいなんて思わない。
高谷。
自分はただ、一緒に傷ついてくれ、一緒に汚れ、堕ちてくれる相手を求めていた。
高谷を選んだことが誤りだった。
高谷は、強い。
傷ついたりしない。
それでも心はそれだけが救いのように高谷を求める。





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