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青は藍より出でて藍より青し
噂の多い男〔1〕
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綾瀬尚紀には数限りないうろんな噂があった。
中学のとき女の担任を妊娠させたとか、今通っている高校には裏口を使って入学したとか。
けれど綾瀬の父親が広域暴力団の会長で、綾瀬がその一人息子だということをわざわざ口に出して言う人間はいない。
本当のことはかえって話題にしづらい。
だがそのどれもが高谷にとってはどうでもいいことだった。
綾瀬尚紀と高谷俊介には同じ高校に通っているという以外の共通点はなにひとつなく、その日まで彼らは相容れることのない世界を生きていた。
***
3日前から付き合いはじめた女の子と並んで歩きながら校門を出ると、ブロック塀に凭れかかって男子生徒が一人、立っていた。
金髪に近い色に染められた髪、その下の色の白い整った貌、詰襟の学生服に包まれた痩身、どれもが甘い印象を与えそうなのにそこにいるだけで独特の迫力と威圧感がある。
ズボンのポケットに手を入れて立つ姿もどことなく尊大だ。
綾瀬じゃないか、と思った瞬間に「誰か待ってるのか」
高谷はそう聞いていた。
女が「よしなよ」というように彼の制服の裾を引く。
綾瀬は、声をかけられたことに意外そうな表情を見せたあと、おかしそうに目を細めた。
いつもの綾瀬の、世の中を舐めきったような冷めた目つきを思い出して、こんな顔も出来るのかと高谷の方も意外なものを見るように綾瀬を見返す。
しばらく二人は無言で見つめ合った。
「おまえを」
自分から話しかけておきながら返事が返ってきたことに高谷は驚く。
綾瀬と口を聞くのははじめてだということに、いまさら気づいた。
「おまえを待ってたんだ。高谷」
綾瀬は、高谷が予想もしていなかったことを言った。
高谷には綾瀬に待ち伏せされる理由どころか、クラスの違う彼に名前を知られているわけさえ思い当たらない。
自分の知らないうちに綾瀬の不興を買っていたのだろうか。
だとしたら厄介なことだ。
しかし綾瀬の態度を見る限りそういう様子は見受けられない。
高谷はそれまで綾瀬がどんなに有名人だろうと綾瀬自身に興味がなかった。
確かに一度見たらちょっと忘れがたいような、印象的で綺麗な顔立ちをしていると思う。
綾瀬には容貌だけで人の関心を引きつける華やかさがあり、その特殊な家庭の事情を除いても目立つ生徒に違いなかった。
けれど、綾瀬の華にはわかりやすい棘がある。
それは甘い匂いで人を誘いながら、近付いてくる人間を傷つけずにいられないような危険な棘だ。
住む世界の違う人間、綾瀬に対する高谷の認識はそれ以外になかった。
その綾瀬が、自分を待っていたという。
思いつきで言っているとしても面倒なことになったと思った。
それなのに、なにが高谷の心を動かしたのか高谷自身にもわからない。
「来ないか」
そう言われて、高谷は一緒にいたガールフレンドを校門の前に残し綾瀬のあとについて歩いた。
綾瀬を恐いとは思わなかった。
他人を拒んだような背中が、小さく感じたせいかもしれない。
中学のとき女の担任を妊娠させたとか、今通っている高校には裏口を使って入学したとか。
けれど綾瀬の父親が広域暴力団の会長で、綾瀬がその一人息子だということをわざわざ口に出して言う人間はいない。
本当のことはかえって話題にしづらい。
だがそのどれもが高谷にとってはどうでもいいことだった。
綾瀬尚紀と高谷俊介には同じ高校に通っているという以外の共通点はなにひとつなく、その日まで彼らは相容れることのない世界を生きていた。
***
3日前から付き合いはじめた女の子と並んで歩きながら校門を出ると、ブロック塀に凭れかかって男子生徒が一人、立っていた。
金髪に近い色に染められた髪、その下の色の白い整った貌、詰襟の学生服に包まれた痩身、どれもが甘い印象を与えそうなのにそこにいるだけで独特の迫力と威圧感がある。
ズボンのポケットに手を入れて立つ姿もどことなく尊大だ。
綾瀬じゃないか、と思った瞬間に「誰か待ってるのか」
高谷はそう聞いていた。
女が「よしなよ」というように彼の制服の裾を引く。
綾瀬は、声をかけられたことに意外そうな表情を見せたあと、おかしそうに目を細めた。
いつもの綾瀬の、世の中を舐めきったような冷めた目つきを思い出して、こんな顔も出来るのかと高谷の方も意外なものを見るように綾瀬を見返す。
しばらく二人は無言で見つめ合った。
「おまえを」
自分から話しかけておきながら返事が返ってきたことに高谷は驚く。
綾瀬と口を聞くのははじめてだということに、いまさら気づいた。
「おまえを待ってたんだ。高谷」
綾瀬は、高谷が予想もしていなかったことを言った。
高谷には綾瀬に待ち伏せされる理由どころか、クラスの違う彼に名前を知られているわけさえ思い当たらない。
自分の知らないうちに綾瀬の不興を買っていたのだろうか。
だとしたら厄介なことだ。
しかし綾瀬の態度を見る限りそういう様子は見受けられない。
高谷はそれまで綾瀬がどんなに有名人だろうと綾瀬自身に興味がなかった。
確かに一度見たらちょっと忘れがたいような、印象的で綺麗な顔立ちをしていると思う。
綾瀬には容貌だけで人の関心を引きつける華やかさがあり、その特殊な家庭の事情を除いても目立つ生徒に違いなかった。
けれど、綾瀬の華にはわかりやすい棘がある。
それは甘い匂いで人を誘いながら、近付いてくる人間を傷つけずにいられないような危険な棘だ。
住む世界の違う人間、綾瀬に対する高谷の認識はそれ以外になかった。
その綾瀬が、自分を待っていたという。
思いつきで言っているとしても面倒なことになったと思った。
それなのに、なにが高谷の心を動かしたのか高谷自身にもわからない。
「来ないか」
そう言われて、高谷は一緒にいたガールフレンドを校門の前に残し綾瀬のあとについて歩いた。
綾瀬を恐いとは思わなかった。
他人を拒んだような背中が、小さく感じたせいかもしれない。
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