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【完結編】天に在らば比翼の鳥
8.ペルシアの薔薇
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「お嬢さん、ここで何をしてるんですか」
シャベルで土を掘り返していたありすに、頭上から声がかかった。
ありすは手を止めて、声の主を見上げた。
「ここに、薔薇を植えるのよ」
ありすに話しかけてきたのは、桐生邸の庭の手入れをしている庭師の弟子の若い男だった。
ありすが掘っている穴の横には木箱に入った植物の苗があった。
「ここでは無理です」
「どうして?」
「この苗の数だと、面積が少し足りません。薔薇は距離が近過ぎると加湿気味になって病害虫がつきやすくなります」
「面積は計算したわ。だいたい2平方メートルくらいはあるでしょ」
「いえ、1.88しかありません」
ありすは驚いて、手をとめて青年を見上げた。
「いつ、測ったの」
「目測です」
ありすは大きな目をパチパチさせて、男を見上げて、庭の木を指差した。
「あの、木の高さは?」
「2.48メートルです」
「この家の高さは?」
「一番高いところで、6.39メートルです」
「すごい!それって空間認識能力?カケルは高校生?」
今度は青年が驚いた顔をした。
「どうして自分の名前を?」
「だって、親方がそう呼んでいたわ。どんな字を書くの?」
カケルは、しゃがんで、足元の土に『翔』と書いたが、その文字はまるで象形文字のようだった。
「自分は高校にはいってません。字が読めないんです」
「字が読めないって、ディスレクシア?」
カケルは頷いた。
「お嬢さん、面積以上の問題があります。この日本庭園に薔薇はあいません。親方に叱られます」
***
新宿の事務所の社長室では、綾瀬と篤郎が難しい顔をしていた。
顔を出した高谷はなにか問題が起きたのかと聞いた。
「大問題ですよ、高谷さん!」
眉間に皺を寄せながら、篤郎が答えた。
「ありすが夜な夜な、部屋に若い男を連れ込んでいるんです」
「なんだって?」
高谷は驚いたが、同時に拍子抜けした。
「男を連れ込むには、まだ若すぎないか。ありすはいくつになった」
「まだ13歳ですよ!淫行です。都条例に引っかかってます!」
興奮して話す篤郎とは真逆に、高谷は冷静に聞いた。
「相手の男の素性は」
「庭師のクソガキで、16歳です」
「16歳と13歳でも、淫行になるのか」
「え?えっと、さあ、どうかなあ…」
それまで黙って高谷と篤郎の会話を聞いていた綾瀬が、口を開いた。
「都条例なんかどうでもいい。殺せ。八つ裂きにしろ」
「は?」
綾瀬のとんでもない発言に突っ込んだのは高谷だけだった。
「わかりました。殺りましょう」
篤郎が言った。
「おまえら、アホか!相手はただの子供なんだろ」と、高谷。
綾瀬は眉間に皺を寄せた難しい顔で、「だったら」と言った。
「温情をかけて、八つ裂きはやめて楽に死なせてやれ」
「御意」と、篤郎が真面目に答える。
もちろん本気ではないとわかってはいるが、綾瀬と篤郎の怒りにまかせたブラックジョークに呆れて、高谷はこれ以上は突っ込むのもバカらしくなった。
変わりに、
「親らしいことはしていないくせに、色恋沙汰には口を出すのか」
と、厳しい皮肉を言った。
綾瀬はありすを正式に養女にしていたが、高谷の言う通り、親らしいことなどひとつもしていない。
幸い、ありすには親など必要なかった。
便宜上の保護者がいて、寝る場所と食べ物を与えるだけで逞しく成長している。
「高谷さん、色恋なんてやめてください。まだ、そういう仲って決まったわけじゃありません」
そう言って狼狽する篤郎の方は、綾瀬に比べれば、ありすのことを気にかけて教育にも熱心だった。
「とにかく、ありすに話を聞け」
高谷は至ってまともな助言をして下らない話を終わらせた。
***
綾瀬と篤郎は桐生邸に戻ると、ありすを呼び出して、事実を確認した。
「ありす、おまえ、自分の部屋に若い男を毎晩のように連れ込んでいるそうだな。その男とはどういう関係なんだ」
綾瀬にそう言われたありすは、悪戯がバレたか、というようなあっけらかんとした表情で、言った。
「カケルは天才よ」
「ありす、綾瀬は二人の関係を聞いてるんだよ」
ありすの的外れの答えに憤慨したように、篤郎は語気を強めて言う。
「関係って?わたしは、カケルに数学を教えてるの」
「ありす!ふしだらだよ!数学なんて!…え?数学?」
篤郎は困惑した表情を浮かべ、さらに説明を求めてありすを見る。
「カケルに数学検定を受けさせようと思ったの。カケルは字が読めないっていう障害があって、高校には行ってないの。でも、見ただけで物の長さがわかるのよ。空間認知能力がずば抜けているの。試しに立体パズルをやってもらったら、ものすごく難しいのも簡単に解いちゃった。カケルは数学も出来るんじゃないかと思って、毎晩勉強を教えてるんだけど。でも、やっぱり難しい。たとえばカケルは、極座標における回転体の体積を感覚で理解して答えは出せるんだけど、理論を組み立てられなくて、証明出来ないの。それで…」
綾瀬と篤郎は、黙り込んだ。
ありすが何を言っているのか、もはや理解出来ない。
「ありす、あの男とは何もしてないってこと?」
しびれをきらした篤郎は、ありすの言葉を遮って聞く。
「何もしてないってなに?勉強を教えてるって言ってるでしょ」
「いや、だからさ、勉強以外のこと。ほら、若い男と女が夜、部屋でする、あれやこれや、だよ」
「篤郎の馬鹿!いやらしいこと、考えないで!」
「ご、ごめん」
「カケルはアメリカに行った方がいいと思う。アメリカは日本よりディスレクシアへの理解もあるし、研究も進んでいる。きっとアメリカなら、カケルの数学的才能は開花すると思うわ。お願い、綾瀬、カケルの留学費用を出してあげて」
「なんでオレが、そんな金を出さないとならない」
「いいじゃない、社会貢献よ」
「おまえは馬鹿か。反社会的組織が社会貢献なんかしたら、世間のお笑い種だ」
「じゃあ、投資だと思えば?カケルは絶対、数学者として成功するわ」
「ほう、おまえはその男をヤクザにするつもりか」
綾瀬にそう言われて、ありすはしまった、という表情をした。
「いいじゃない」
と、言ったのは篤郎だった。
「綾瀬、出してやろうよ、留学費用くらい。そんなに深刻に考えないで、未来ある青年のためだよ」
篤郎としては、その若い男をアメリカでもアフリカでもいいから、ありすの近くから追い払いたいだけだった。
ところが翌日、篤郎が、カケルと庭師の親方にその話をしたところ、カケルからはありすとは全く違う反応が返ってきた。
「自分は、そんなつもりはありません。アメリカに行くつもりも、数学者になるつもりも。自分は、一人前の庭師になりたいだけです」
カケルはそう言った。
庭師はカケルの実の祖父で、孫の不始末を丁寧に詫びながら、家庭の事情を説明した。
カケルの両親は、カケルが幼い頃に離婚して、それぞれが別の相手と再婚し家庭を持ったせいで、カケルを祖父母に預けた。
カケルは5歳から、祖父母の元にいる。
小学生のとき、失読症と診断されたが、生活するのに不自由はなかったので、特別な訓練などは受けていない。
中学生の頃から植木職人の祖父の仕事を手伝い、中学を卒業してからは正式に弟子として仕事を教えている、という話だった。
「こいつは、植物が好きなんです。親馬鹿ですが、筋もいい」
親方の言葉に、カケルは照れたように笑った。
「お嬢さんが、一生懸命なんで、うまく云えなくてすみませんでした」
***
勝手口のある裏庭の隅に、カケルがありすのために小さな花壇を作った。
桐生邸の広い庭は日本庭園で、薔薇は合わない。
そこはカケルがなんとか探してくれた、ささやかなスペースだった。
その花壇に植えた薔薇の花が咲いたと、ありすは綾瀬を強引に連れてきた。
「ダマスクローズ よ。テヘランでよく見たの」
「砂漠にも薔薇は咲くのか」
「ダマスクローズ はペルシアの薔薇とも言われてる。原種の薔薇で、イランでは野生の状態で咲いてるの。乾燥した、水の少ない場所でも強い香りを放つ、綺麗で強かな薔薇よ。パパはこの薔薇が好きだった」
葉月が、自身で言った通りに砂漠で命を落としてから一年が立つ。
人質解放の交渉中に、突然起きた銃撃戦に巻き込まれて、流れ弾に当たったという。
綾瀬は高谷と一緒に、異国の地に葉月の遺体を引き取りに出向いた。
ありすはそれ以上、父親の話はしなかった。
かわりのように、カケルの話をした。
「カケルは、あんなにすごい数学的才能があるのに、なぜそれを生かそうとしないのかな」
「持っている才を使うのも使わないのも、勝手だろう。才能なんていうのは、本人にとっては、ありがたくもないこともある」
「アフリカには水を汲むために学校に行けない子供たちがたくさんいたわ。あの子供たちの中にも、すごい能力を持った子供がいるかもしれない」
「それを不幸だと決めつけるのは傲慢だ」
「私がカケルのことを心配するのも、傲慢ってこと?」
「そういうことだ」
ありすは不満そうに頬を膨らませたが、言われたことに反論はしなかった。
「綾瀬は、子どもの頃、なにかになりたいと思った?」
唐突な問いに、綾瀬は面倒そうに嘆息した。
「なにかになりたいと、思ったことはない」
薔薇の香りを嗅ぐように花弁に鼻を寄せていた顔を綾瀬に向けながら、ありすは言った。
「なりたくないものに、なったってこと?」
ありすは聡い。
綾瀬の少ない言葉から、ニュアンスを読み取る。
綾瀬は答えなかったが、それが肯定になった。
「後悔してるの?」
綾瀬は、浅く笑って「そんな上等な人生じゃない」と言った。
「人は、生まれてくる場所は選べない。だが、その先の人生を決めるのは自身の選択だ。薔薇と違って、咲く場所を選べる。ありす、おまえもだ」
風が吹いて、ダマスクローズ の強い芳香が漂った。
シャベルで土を掘り返していたありすに、頭上から声がかかった。
ありすは手を止めて、声の主を見上げた。
「ここに、薔薇を植えるのよ」
ありすに話しかけてきたのは、桐生邸の庭の手入れをしている庭師の弟子の若い男だった。
ありすが掘っている穴の横には木箱に入った植物の苗があった。
「ここでは無理です」
「どうして?」
「この苗の数だと、面積が少し足りません。薔薇は距離が近過ぎると加湿気味になって病害虫がつきやすくなります」
「面積は計算したわ。だいたい2平方メートルくらいはあるでしょ」
「いえ、1.88しかありません」
ありすは驚いて、手をとめて青年を見上げた。
「いつ、測ったの」
「目測です」
ありすは大きな目をパチパチさせて、男を見上げて、庭の木を指差した。
「あの、木の高さは?」
「2.48メートルです」
「この家の高さは?」
「一番高いところで、6.39メートルです」
「すごい!それって空間認識能力?カケルは高校生?」
今度は青年が驚いた顔をした。
「どうして自分の名前を?」
「だって、親方がそう呼んでいたわ。どんな字を書くの?」
カケルは、しゃがんで、足元の土に『翔』と書いたが、その文字はまるで象形文字のようだった。
「自分は高校にはいってません。字が読めないんです」
「字が読めないって、ディスレクシア?」
カケルは頷いた。
「お嬢さん、面積以上の問題があります。この日本庭園に薔薇はあいません。親方に叱られます」
***
新宿の事務所の社長室では、綾瀬と篤郎が難しい顔をしていた。
顔を出した高谷はなにか問題が起きたのかと聞いた。
「大問題ですよ、高谷さん!」
眉間に皺を寄せながら、篤郎が答えた。
「ありすが夜な夜な、部屋に若い男を連れ込んでいるんです」
「なんだって?」
高谷は驚いたが、同時に拍子抜けした。
「男を連れ込むには、まだ若すぎないか。ありすはいくつになった」
「まだ13歳ですよ!淫行です。都条例に引っかかってます!」
興奮して話す篤郎とは真逆に、高谷は冷静に聞いた。
「相手の男の素性は」
「庭師のクソガキで、16歳です」
「16歳と13歳でも、淫行になるのか」
「え?えっと、さあ、どうかなあ…」
それまで黙って高谷と篤郎の会話を聞いていた綾瀬が、口を開いた。
「都条例なんかどうでもいい。殺せ。八つ裂きにしろ」
「は?」
綾瀬のとんでもない発言に突っ込んだのは高谷だけだった。
「わかりました。殺りましょう」
篤郎が言った。
「おまえら、アホか!相手はただの子供なんだろ」と、高谷。
綾瀬は眉間に皺を寄せた難しい顔で、「だったら」と言った。
「温情をかけて、八つ裂きはやめて楽に死なせてやれ」
「御意」と、篤郎が真面目に答える。
もちろん本気ではないとわかってはいるが、綾瀬と篤郎の怒りにまかせたブラックジョークに呆れて、高谷はこれ以上は突っ込むのもバカらしくなった。
変わりに、
「親らしいことはしていないくせに、色恋沙汰には口を出すのか」
と、厳しい皮肉を言った。
綾瀬はありすを正式に養女にしていたが、高谷の言う通り、親らしいことなどひとつもしていない。
幸い、ありすには親など必要なかった。
便宜上の保護者がいて、寝る場所と食べ物を与えるだけで逞しく成長している。
「高谷さん、色恋なんてやめてください。まだ、そういう仲って決まったわけじゃありません」
そう言って狼狽する篤郎の方は、綾瀬に比べれば、ありすのことを気にかけて教育にも熱心だった。
「とにかく、ありすに話を聞け」
高谷は至ってまともな助言をして下らない話を終わらせた。
***
綾瀬と篤郎は桐生邸に戻ると、ありすを呼び出して、事実を確認した。
「ありす、おまえ、自分の部屋に若い男を毎晩のように連れ込んでいるそうだな。その男とはどういう関係なんだ」
綾瀬にそう言われたありすは、悪戯がバレたか、というようなあっけらかんとした表情で、言った。
「カケルは天才よ」
「ありす、綾瀬は二人の関係を聞いてるんだよ」
ありすの的外れの答えに憤慨したように、篤郎は語気を強めて言う。
「関係って?わたしは、カケルに数学を教えてるの」
「ありす!ふしだらだよ!数学なんて!…え?数学?」
篤郎は困惑した表情を浮かべ、さらに説明を求めてありすを見る。
「カケルに数学検定を受けさせようと思ったの。カケルは字が読めないっていう障害があって、高校には行ってないの。でも、見ただけで物の長さがわかるのよ。空間認知能力がずば抜けているの。試しに立体パズルをやってもらったら、ものすごく難しいのも簡単に解いちゃった。カケルは数学も出来るんじゃないかと思って、毎晩勉強を教えてるんだけど。でも、やっぱり難しい。たとえばカケルは、極座標における回転体の体積を感覚で理解して答えは出せるんだけど、理論を組み立てられなくて、証明出来ないの。それで…」
綾瀬と篤郎は、黙り込んだ。
ありすが何を言っているのか、もはや理解出来ない。
「ありす、あの男とは何もしてないってこと?」
しびれをきらした篤郎は、ありすの言葉を遮って聞く。
「何もしてないってなに?勉強を教えてるって言ってるでしょ」
「いや、だからさ、勉強以外のこと。ほら、若い男と女が夜、部屋でする、あれやこれや、だよ」
「篤郎の馬鹿!いやらしいこと、考えないで!」
「ご、ごめん」
「カケルはアメリカに行った方がいいと思う。アメリカは日本よりディスレクシアへの理解もあるし、研究も進んでいる。きっとアメリカなら、カケルの数学的才能は開花すると思うわ。お願い、綾瀬、カケルの留学費用を出してあげて」
「なんでオレが、そんな金を出さないとならない」
「いいじゃない、社会貢献よ」
「おまえは馬鹿か。反社会的組織が社会貢献なんかしたら、世間のお笑い種だ」
「じゃあ、投資だと思えば?カケルは絶対、数学者として成功するわ」
「ほう、おまえはその男をヤクザにするつもりか」
綾瀬にそう言われて、ありすはしまった、という表情をした。
「いいじゃない」
と、言ったのは篤郎だった。
「綾瀬、出してやろうよ、留学費用くらい。そんなに深刻に考えないで、未来ある青年のためだよ」
篤郎としては、その若い男をアメリカでもアフリカでもいいから、ありすの近くから追い払いたいだけだった。
ところが翌日、篤郎が、カケルと庭師の親方にその話をしたところ、カケルからはありすとは全く違う反応が返ってきた。
「自分は、そんなつもりはありません。アメリカに行くつもりも、数学者になるつもりも。自分は、一人前の庭師になりたいだけです」
カケルはそう言った。
庭師はカケルの実の祖父で、孫の不始末を丁寧に詫びながら、家庭の事情を説明した。
カケルの両親は、カケルが幼い頃に離婚して、それぞれが別の相手と再婚し家庭を持ったせいで、カケルを祖父母に預けた。
カケルは5歳から、祖父母の元にいる。
小学生のとき、失読症と診断されたが、生活するのに不自由はなかったので、特別な訓練などは受けていない。
中学生の頃から植木職人の祖父の仕事を手伝い、中学を卒業してからは正式に弟子として仕事を教えている、という話だった。
「こいつは、植物が好きなんです。親馬鹿ですが、筋もいい」
親方の言葉に、カケルは照れたように笑った。
「お嬢さんが、一生懸命なんで、うまく云えなくてすみませんでした」
***
勝手口のある裏庭の隅に、カケルがありすのために小さな花壇を作った。
桐生邸の広い庭は日本庭園で、薔薇は合わない。
そこはカケルがなんとか探してくれた、ささやかなスペースだった。
その花壇に植えた薔薇の花が咲いたと、ありすは綾瀬を強引に連れてきた。
「ダマスクローズ よ。テヘランでよく見たの」
「砂漠にも薔薇は咲くのか」
「ダマスクローズ はペルシアの薔薇とも言われてる。原種の薔薇で、イランでは野生の状態で咲いてるの。乾燥した、水の少ない場所でも強い香りを放つ、綺麗で強かな薔薇よ。パパはこの薔薇が好きだった」
葉月が、自身で言った通りに砂漠で命を落としてから一年が立つ。
人質解放の交渉中に、突然起きた銃撃戦に巻き込まれて、流れ弾に当たったという。
綾瀬は高谷と一緒に、異国の地に葉月の遺体を引き取りに出向いた。
ありすはそれ以上、父親の話はしなかった。
かわりのように、カケルの話をした。
「カケルは、あんなにすごい数学的才能があるのに、なぜそれを生かそうとしないのかな」
「持っている才を使うのも使わないのも、勝手だろう。才能なんていうのは、本人にとっては、ありがたくもないこともある」
「アフリカには水を汲むために学校に行けない子供たちがたくさんいたわ。あの子供たちの中にも、すごい能力を持った子供がいるかもしれない」
「それを不幸だと決めつけるのは傲慢だ」
「私がカケルのことを心配するのも、傲慢ってこと?」
「そういうことだ」
ありすは不満そうに頬を膨らませたが、言われたことに反論はしなかった。
「綾瀬は、子どもの頃、なにかになりたいと思った?」
唐突な問いに、綾瀬は面倒そうに嘆息した。
「なにかになりたいと、思ったことはない」
薔薇の香りを嗅ぐように花弁に鼻を寄せていた顔を綾瀬に向けながら、ありすは言った。
「なりたくないものに、なったってこと?」
ありすは聡い。
綾瀬の少ない言葉から、ニュアンスを読み取る。
綾瀬は答えなかったが、それが肯定になった。
「後悔してるの?」
綾瀬は、浅く笑って「そんな上等な人生じゃない」と言った。
「人は、生まれてくる場所は選べない。だが、その先の人生を決めるのは自身の選択だ。薔薇と違って、咲く場所を選べる。ありす、おまえもだ」
風が吹いて、ダマスクローズ の強い芳香が漂った。
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