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梅花は蕾めるに香あり

エピローグ

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高谷の本当の住処は西新宿の路地裏にあった。
目立たない中層マンションの最上階で、駐車場から直通のエレベーターで部屋まで行けることが利点だった。

高谷自身は、家具やインテリアなどには興味はない。
すべて、コーディネーターに任せていた。
その結果、ちょっと居心地が悪いくらいラグジュアリーに設えられた部屋になった。

そのシックでハイセンスな寝室の大きなフランス製のダブルベットには、裸体で抱き合う男が二人。
高谷と、綾瀬だった。

今夜の高谷は綾瀬の身体の隅々に、しつこいくらい舌を這わせる。
綾瀬の胸元や脇腹には、花が散ったような紅い跡がいくつもあった。
高谷は綾瀬の中心に顔を埋めるようにして、綾瀬のペニスを口淫していた。

「…高谷…もう、やめろ…」
綾瀬は根をあげて、懇願するような声で言う。

「久しぶりなんだから、楽しませろよ」
やっと、綾瀬の性器から唇を離した高谷はそう答えて、綾瀬の身体をうつ伏せにした。

「…なにが、久しぶりだ…ガキに手を出したくせに」
「こんなことまでは、してやってないぞ」
言って、高谷は、綾瀬の腰を持ちあげて、アナルに舌を這わせた。

「あっ…ああっ…」
穴を抉じ開けるように舌先を入れられて、綾瀬の内腿が震える。
指はぎゅっとシーツを握っている。
さっきまで、高谷に散々しゃぶられていたペニスは腹につきそうなほど、勃ちあがっていた。
もう出したくてウズウズしている。

「…もう…挿れろ…っ」
挿入を催促するように、綾瀬は自分から、両手をベッドについて獣のスタイルになる。

高谷のペニスも身体を繋げるには充分な硬度があった。
綾瀬の身体を舌で味わい、その反応を感じるだけで足りた。
高谷は背後から、貫いた。
「…きつい…な」
入口はきつくても、中に挿いればそこは熱く柔らかく熟れていて、高谷を包む。
根元まで押し込んで感触を愉しんだあと、緩やかに腰を動かした。
綾瀬の汗に濡れた背中がしなり、菩薩が艶めかしく揺れる。
高谷は愛おしそうに、菩薩の棲む背中を撫でた。

「はあっ…はあっ…あっ」
呼吸が、重なる。
肉体の一部だけで繋がっているのに、心臓の鼓動までもひとつになったような気がする。

セックスが、愛を確かめ合う行為なら、本当はもう、こんな交わりをする必要はない。
すでに何かを確かめなくてはならないような不確かで曖昧な関係ではない。
それでも、高谷は綾瀬の身体を求めたし、綾瀬も求めに応じた。

二人の間には、まるで底のない容れ物に水を汲むように、満たしても満たされない、欲望がまだ、ある。
精神的な結びつきだけでは、足りなかった。
濃密な時間と悦楽を共有することは、二人にとって必要なことだった。

高谷は、腰の動きを早めながら、綾瀬のペニスを握って絞り出すように擦った。
「…うっ、…あっ…ああっ…」
綾瀬が放った瞬間、高谷も綾瀬の中で果てた。

綾瀬の中から自身を抜く前に、綾瀬の背中に覆い被さって身体を重ね、手を伸ばして綾瀬の指に指を絡めて、高谷は綾瀬の耳元で言う。
「よかったぜ」

出したらどうでもよくなる男と違って、高谷はベッドマナーがいい。
けれど綾瀬は違う。
「シーツが汚れた。かえとけよ」
そう言って、高谷の身体を押しよけて、シャワーを浴びにいく。

高谷は、見応えのあるゴージャスな裸体を目で追って、ニヤニヤ笑った。
どうやら今夜は泊まっていくつもりらしい。



***



「それで、おまえは本当に野々村充と通じていたのか」

綾瀬のあとで高谷もシャワーを浴びて、二人ともバスローブ姿で並んでベッドに横になっている。
二人きりでこんな風に語らいあえる時間は、案外多くない。

「少し前、野々村充は、福建マフィアに因縁をつけられて困っていた。それを仲裁してやったんだ」
「福建マフィアだって?なんでまた」
「さあな、理由はなんだったか。事務所の土地の賃貸料とか、つまらないことだ。その問題は簡単に片が付いた。そのとき、野々村充は弟の話をしてきたんだ」
「光の?」
「自分より出来がいいはずの弟が、道を踏み外している、ってな。いつか必ず、弟は自分の秘密を握る。そのときは、助けて欲しいと」
「助けて欲しい?誰を」
「弟を、だ。多少、痛い目に合わせてもいいから、目を覚まさてくれと、野々村は言ってたな。痛い目どころか、いい思いをして、目が覚めたのか、あれは」
また、光とのことを蒸し返されて、高谷は渋い顔をした。
「もう、言うな」
「言わせろ。まだ気が済まない」
高谷は唸った。
「わかった、好きなだけ、言え」
綾瀬は鼻で笑って、話を続けた。
「光は、自分の父親を、兄だと思っているそうだ。野々村は、それが原因で弟がグレていると考えていたらしい」
「で、本当はどうなんだ」
「違うと言っていたが、どうだかな」
「確証もないのに、おまえは光に、父親は大臣だと断言したわけか」
「生物学的な父親が戸籍上の父親なのか兄なのか、それがそんなに問題か」
「本人にとっては、問題だろう」

綾瀬は高谷を睨んだ。
「随分肩を持つな。どこが良かったんだ、あんなガキの」
「知りたいか」
「ああ、知りたいね」

高谷は、綾瀬の身体の上に乗って、真上から顔を覗きこんだ。

思わせぶりに顔を寄せながら、高谷の唇は綾瀬の唇には触れずに、綾瀬の右の耳の側に落ちた。

「目が、昔のおまえに、似てた」

そう言ってから、綾瀬の顔を覗きこむと、綾瀬は、なんともいえない表情をしていた。
高谷は笑った。
やっと綾瀬の口を塞ぐことが出来たようだ。

「綾瀬…」

悪態を慎んだ綾瀬の唇に、今度こそ高谷の唇が重なって、また、甘い時が始まった。

いつまでも終わらない、長い口付けだった。




おわり



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