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第三章 馬車で行こう

第8話 命名:ヤンキースキル

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「不思議ですよ」

 健太郎が夜空を見上げる。
アアアーシャもつられて見上げた。
輝く星を見て、この世界の宇宙はどうなっているのだろうかと気になった。

「違う世界に来ちまったことがか?」
「まぁ……それもありますが。そんな大きな規模の事ではなく、もっと身近な話というか」

 右手のひらを見つめる健太郎。
毎日の様にキーボードを叩きマウスを操作していたこの手で、今日は剣を握った。
しかも生き物を簡単に消滅させる魔の剣を。

「現実世界よりも命の危険が段違いなのに。この世界の方が心落ち着くんですよね」

 しかし昨日までそれこそ命を、人生を削って働いていた。
直接的な脅威に差はあるが、生命への危機には差などないのかもしれない。

「この世界には過労死なんて言葉もねぇしなぁ」
「でしょうね。……無いのによく知っていますね、そんな言葉」
「魔人だからな!」

 理由になっていないが納得しそうにはなる。
そういえばこの魔人は『社畜』も知っていた。

「この世界ならオマエの願いも見つかるんじゃねーか?」
「……どうでしょうね……」

 現実世界の健太郎はひたすら仕事の毎日でも絶望することはなかった。
絶える望みも失う希望も、そもそもが無かったからだ。
この世界でなら、見つかるのだろうか。

「見つかったらすぐに言えよな! アタシ様がソッコーで叶えてやっからよ」
「期待していませんよ」
「おま、今マジ口調だっただろ! フツーそういうセリフは『ふふっ、期待していませんよ』みたいに軽く笑って冗談めかして言うもんだろが!」
「何を言ってるのかよくわかりません」
「魔人の力を見くびりやがって。ぜってー願い叶えてやっからな! てめぇ覚悟しとけよ!」
「……そういう脅迫めいて言うセリフじゃないと思いますが。これだからヤンキーは」
「誰がヤンキーだ!」

 今は眠るセナに気を使ってか、過剰なスキンシップを仕掛けてこない。

「ヤンキーと言えば。馬車での移動中、ヤンキースキルを使えばよかったのでは?」
「あん? なんだそれ」
「たしか"威圧"でしたっけ。名前から察するに相手にプレッシャーを与えて動けなくするような能力だと思ったんですが」

 魔剣としての能力ではなくアアアーシャの独自スキル。魔人としての力。
挑発や威圧の他にも、ヤキ入れ・夜露死苦・喧嘩上等などがあると言っていた。
乗り物酔いを覚ましてくれた"気合入れ"もこの独自スキルだろう。

「ああ、それか。つーか何でオマエはそう勝手な名前つけるんだ。ヤンキースキルだぁ?」
「すみません、分かりやすいと思って」
「ちょっとカッコイイじゃねぇか!」
「カッコイイ……?」

 健太郎とは相性がいいとアアアーシャは言った。
しかし趣味や好みは合わなそうである。
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