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79 義妹からの依頼2

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 街路樹の銀杏の葉が真っ黄色で街を一番綺麗に彩っている今が最も綺麗な時期である。夏の真緑色の景色も好きなのだが、やはり俺は秋から冬にかけての季節が大好きである。

「もう秋って感じで少し寒くなってきたね」
 アオイが機嫌良さそうに話す。
 俺は歩きながらチラリと楽しそうに話すアオイの横顔を見た。同時にアオイもこちらを向いたので目が合い返事の代わりに笑って頷いた。アオイもニコリと笑みを俺に返した。

 隣で並んで歩くアオイが機嫌よく喋り続けるのを殆ど聴き流しながら、こんな銀杏並木を里香ちゃんと一緒に歩けたらなあと考え、紅葉でも一緒に行けたらなあと考え、今度誘ってみようかななと考えていた。

 アオイの友人宅は閑静な住宅街にあった。結構な大きさの洋風の家を見ると、裕福な家庭なのだろうと言うことが容易に想像出来る。

「はつねー、着いたよー」
 アオイはインターホン越しに明るい声を出す。

 俺たちを迎えに出てきたアオイの同級生は長いストレートの黒髪の清楚な雰囲気の可愛い女の子だった。俺が高校生なら間違いなく惚れていただろう。
 彼女は結城 初音《はつね》と名乗った。

「えーと、一応、義兄《あに》に、なる、のかな? へへ」
 アオイは少し恥ずかしいのか照れ笑いをしながら俺を見た。
「それを俺に聞くなよ。そこは普通に紹介してくれ。はじめまして、古川 晴一と申します」
 俺は結城さんに名刺を渡した。
「えっ? 古川? 」
「ええ、まあ、苗字は違うんですけど、一応兄妹になります」
 戸惑う結城さんに簡単に説明した。
「ちょっと、私もまだ名刺貰ってないんだけど」
「お前は必要ないだろ! それに渡したら悪用するだろうが! 」
「はぁっ?! ちょっと、私をどういう人間だと思っているのよ! 」
 アオイが吼える。

「ちょ、あの、取り敢えず二人とも上がって下さい。アオイもほら、怒ってないで」
 結城さんが慌てて俺たちを制した。
「ほらぁ、こんな閑静な住宅街で大声出すから。まったく、困ったやつですいませんね、ハハハ」
「ちょ、私のせいじゃないでしょ! 」
「いいから先あがらせてもらえよ、困ってるだろ、初音ちゃんが」
「いきなり名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいわよ」
「ええ!? そんなこと、そうかな………」
 俺はアオイに注意されてハッとなった。
 意識していない女の子なら自然に名前で呼べるのかとかんがえたが、そんな事はなかった筈だ。
 ちょっと前までなら絶対に女性を下の名前で呼ぶ事など無かったであろう、しかも初対面の女性なら尚更である。
 最近、沢山の女性たちと(特に美人ばかり)目まぐるしく出会ったからなのか。そのお陰で免疫が付いたのだろうか、どこかでレベルアップした音が聴こえた気がする。
「別に私は全然、構いませんよ」
 初音ちゃんは笑顔で許してくれた。

 俺たちは二階にある初音ちゃんの部屋へ上がらせてもらった。部屋は、俺の想像するザ・女の子の部屋という感じだった。俺とアオイが絨毯のクッションの上に座って待っていると初音ちゃんがコーヒーとケーキを下から運んで来てくれた。
 さっきのアオイの電話の後、わざわざケーキを用意してくれたことは素直に嬉しかった。

「ふふ、愉快なお兄さんね」
 初音ちゃんが楽しそうにアオイに言った。
「いやぁ、ハハハ」
 俺は少し照れながらコーヒーを一口飲んだ。
「はぁ! 何嬉しそうに笑ってんのよ。別に褒められてないわよ」
 アオイが俺の心に素早く水を差した。
 
「ゴホン、じゃ早速、話を訊かせてもらおうかな」
 俺は一つ咳払いして、初音ちゃんに説明を促した。

 ガラの悪い兄弟の越してきた近所の家には、元々は人の良い爺さんが住んでいたそうだ。暫くしてその老人が亡くなり孫である暴力兄弟が住み着いたそうだ。生前のその老人は親戚などいない天涯孤独だと語っていたそうだが、恐らく疎遠になっているだけで親戚連中は存在したのだろう。

 兎に角、孫たちは居心地の良いその家に住み着き近所で、やりたい放題の生活をしているそうだ。しょっちゅう庭に大勢の仲間たちを集めてバーベキューパーティーで大騒ぎしたとか、それが夜中まで続いたとか、苦情を言いに来た人間を怒鳴りつけたりと彼らはかなりの乱暴者兄弟だそうだ。

 騒音行為、暴力行為、威嚇行為と数え出したらキリが無いくらいの被害と迷惑を近所住民は被っているそうだ。

 始めの方は結城さん一家も近所ではあるが家が真隣と言うわけではないのでそこまで気にしてはいなかったのだが、ある日初音ちゃんが学校の帰り道に暴力兄弟の家の前を通る際に、卑猥な言葉でかなり執拗に揶揄われたそうだ。

 それを訊いた初音ちゃんの兄は、可愛い妹の為意気込んで暴力兄弟に文句を言いに行ったそうだ。
 その日、苦情を言いに行った初音ちゃんのお兄さんは鼻と手の指を骨折する怪我を負ったそうだ。

「兄は帰りに自分で転んだって言ってるんですけど、絶対あの人達がやったんだと思います」
 初音ちゃんは何かを堪えら様に話す。
「それからは私は何もされなくなったんですけど…… 。その日を境にお兄ちゃんはなんだか元気がなくなって……。あの日いったい何があったのかも教えてくれなくて」
 彼女は不安そうな顔で話す。
 余程悔しかったのか、初音ちゃんは目に涙を浮かべながら語るのだが、全然要領を得ない彼女の話に、俺は唖然とした。
 いったい俺に何をどうして欲しいのか全く解らない。
 俺は助けを求めるように戸惑った視線をアオイに向けた。アオイは俺に期待を寄せた目で見ている。何故だ?

「あの、ちょっと、結局、どうして欲しいのか全く分からないんだけど……」
 俺が言い終わる前にアオイが俺の肩をトンッと小突いた後「決まってるじゃない、初音の不安を全て取り除くのよ」と俺に囁いた。そんな無茶な……。

 アオイの話も初音の話も結局、要領を得なかった。

 俺はアオイを溜め息混じりに見て、仕方なしにまた初音ちゃんに話しかけた。
「えーと、お兄さんに話を訊かせて貰いたいんだけど、大丈夫かな? 」
「はい、今部屋にいると思うので呼んできますね」
 初音ちゃんは気を取り直して笑顔で答えると兄を呼びに行った。

「あーあ、なーんか、面倒くさそうな話になりそうだなー」
 俺は言いながらチラリとアオイを見た。
 彼女が「絶対に許せないわね、暴力クソボケ兄弟!! 」と鼻息を荒くしているのが少し可笑しかった。

「なにニヤニヤしてるの? 」
「へっ? ニヤニヤしてたか? そうかな? フフ、フハハハ、ワハハハハ」
 自分でも薄々顔に出ていたのだろうなと感じながらも白々しく惚けた事に更に余計に笑ってしまい、笑いを堪えることが出来なくなった。
 
「ちょっといい加減にしてよ! 」
「はい、申し訳ございません」
 俺は神妙な顔付きで謝った。

「そう言えば初音のお兄ちゃんって大和大学に通っていて凄く頭が良いんだよ」
「へー」
 俺は里香ちゃんや夏目名人も大和大学なので大して驚かなかった。
「余り驚かないのね」
 俺の関心のない返事にアオイが少しガッカリしたように言う。

 突然、部屋の外、初音の兄の部屋の方面から言い争う声が聞こえた。ビックリした俺とアオイは肩をすぼめ黙って耳を澄ませた。

「誰がそんな事、頼んだよ! 放って置いてくれよ! 」
「だってお兄ちゃん困ってるのに、何にも話してくれないじゃない! 」 
「お前は関わっちゃダメなんだよ! あいつらは次元の違うヤバさなんだよっ! 」

「あの、何か揉めてるみたいですけど……」
 俺は部屋の外を指して、声を潜めてアオイに言った。
「そうみたいね……」アオイも小声で答える。
「俺たちがやって来たの余計なお世話だったんじゃないの? 」俺は囁く様に話した。
「でも初音に頼まれたから」
 アオイは一瞬困惑の表情を浮かべ俺に耳打ちした。
「よし! 兄ちゃん怒ってるみたいだし、気まずいから帰ろうぜ」と俺が腰を上げようとすると、アオイは俺の腕を引っ張り「いいから、じっと待ってなさいよ!! 」と小声で怒った。

 俺たちが息を潜めながら部屋でおとなしく過ごしていると、初音ちゃんが気不味そうな顔のお兄さんを伴って部屋に戻って来た。

 お兄さんは、角刈りで、大人しそうで、そして真面目な青年に見えた。美人の初音ちゃんとは兄妹とは思えないくらい似ていないと思った。鼻は治ったのか何もつけてはいなかったが、左手首から指にかけてのギブスが痛々しかった。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
 初音ちゃんは何事もなかった様に愛想良く話した。

 角刈りのお兄さんは俺を見て「あっ」と呟いた後「えーと、古川さんでしたっけ? 」と言った。

 俺もお兄さんをどこかで見たことがあるような気がしたが思い出せなかった。
「はい、えっと……」
「初音の兄の結城 明です。大和大学で一度お会いましたよね」

 結城 明と名乗った初音ちゃんのお兄さんが以前に大和大学の校門前のベンチで話した美大の女王の隣に座っていた人物だった事を、俺はようやく認識できた。彼がいちいち俺の名前まで覚えていた事に驚いた。流石、大和大生。

 兄の明は俺たちの前に座ると居心地が悪そうに項垂れた。
「あのぉ……」
 明は恐る恐る話し始めた。
「ええ、はい、なんでしょう? 」
 俺は気不味い雰囲気を変える為、出来るだけ明るい声で返事をした。
「夏目くんから聞いたんですけど、古川さんが空手部の連中と夏目くんのトラブルを解決されたんですよね? 」
 明はおずおずと俺の顔色を伺う様に話出した。
「ええと、まあ、そうなりますかね、ハハハ」
「彼らは信じられないくらい本当に危ない人種なんです。それでも力になってくれますか? 」
「当然です。そのために来ました。勿論お金は頂きませんし、かと言って怪しい宗教勧誘なども一切致しません、ハハハ」
 和ませるために返事に加えて冗談も上乗せしたが全員ピクリとも笑ってくれなかった。
 代わりにアオイから信頼を寄せる眼差しを受け、初音ちゃんから希望を抱いた視線を向けられ、何故か結城明から熱い視線を感じた。そして俺は遂に正確な説明を訊くことが出来ると思いホッとした。


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