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62 蔵の中

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「ふふ、ハルたちって面白いね。須藤さんも森元さんも仲が良いんだね。いつもこんな感じなの? 」
 里香ちゃんが俺を呼び捨てにした。俺の事を呼び捨てで呼んでくれた事に俺はただただ感動した。これは俺との距離がさらに縮まったことを意味するのではないだろうか。

 ただ呼び捨てにされただけなのに、何故こうも嬉しくて少し恥ずかしくて幸せな気持ちになるのか。きっと幸福の鍵の仕業だなぁ、なんて。
 俺がもし呼び捨てにされた事を意識してぎこちなくなってしまったら、次から呼び捨てで呼んでくれなくなるかもしれない、なんて下らない事を考えてしまった。彼女は全くそんな事を気にもしないだろうが。
 俺は里香ちゃんが俺を呼び捨てにした事には全く気にしていないように振る舞う事に決めたのだが、足元が少しフワフワする。

「そう、うん、いつも、俺たち、こんな、感じ…………ハハ、ハハハ」
 少しぎこちなくはなってしまった。
「楽しそう」
 里香ちゃんがクスクス笑う。
「へへへ、ハハ」
「ふふ、フフフ」
 何だか照れくさくも幸福な気持ちである。

「オイ、何してんだよ、早く来て手伝えよ! 」
 恭也が蔵から出て来て言い終わるとまた戻って行った。
「うっせえ、分かってるよっ!! 」
 折角のいい雰囲気をブチ壊された俺は、腹立ち紛れに恭也の言葉に食い気味に叫んだ。
「ハハハ、じゃ探そうか」
 俺は里香ちゃんと一緒に蔵に入った。

 蔵の中は思ったより大分広く風通しも良い。一階と二階があり薄暗いイメージを持っていたのだが電球も点くので案外明るい。壁も床も黒一色に塗装されている。
 そして兎に角、物で溢れ返っていた。一階では涼介と恭也が一生懸命、衣装ケースや葛籠《つづら》千両箱などを開けて手掛かりを探っている。

 俺と里香ちゃんは二階に上がった。二階の床も黒色の木の床で、歩くとキシキシ音が鳴る。ここでは夏目と舞ちゃんがせっせと手掛かりを探している。一階よりも二階の方が更にゴチャゴチャ物凄いことになっている。

 ツボや置物、茶碗など様々な月島コレクションがゴチャゴチャ乱雑に置かれてはいるが古く価値の有る物だろうと容易に想像できる。刀袋に入った状態の刀も何本か見つかった。本物の刀をこんな適当に置いておいてもいい物なのなのだろうか?
「すごいお宝の山だね、これ」
 俺は思わず呻いた。古物などにあまり興味はないのだけれど。
「ええ、本当」
 里香ちゃんも呟いた。

 もし月島さんが犯人だとして、手がかりをを探すと言っても壁画がある訳でもないし壁画の一部分をわざわざ切り離して隠しておくとも思えない。
 壁画を盗み出す時の計画書などでもあれば別だがそんな物をこんな蔵に置いておくのだろうか? この蔵は唯一鍵が掛かっていた場所だけに重要な物が保管されてはいるのだろうが。

 南田師匠の蔵にも沢山の南田コレクションが有るのだろうか等と想像していると
「おーい、みんな来てくれ」
 一階から涼介の呼ぶ声が聞こえた。

 二階から降りて行くと涼介と恭也が階段の後ろ側で待っていた。

 涼介の指さす方を見ると沢山の金色の留め金付きの長さニメートル縦五十センチ程の大きさの豪華な箱が階段の後ろ側に隠すように安置されていた。
 箱の四隅の角と真ん中部分は金色の金具で装飾がされており、真ん中に金色の鍵穴がある。金箔で梅や松が描かれ漆塗で漆黒の大きな箱はそれだけでかなりの価値はあるようにみえる。
 
「俺たちはこの鍵を見つけた。今からこの箱を開けてみようと思う」


「多分そんなところには手掛かりなんてありませんよ」
 夏目が二人を否定した。
「やかましぃ! んなこたぁ、いいんだよっ! この中には間違いなく凄いもんが入ってるんだから」
 涼介が目を血走らせ、興奮して夏目を怒鳴りつける。そういえばコイツは歴史物が好きだったな。
 確かに代々受け継がれて来た家系には国宝級の宝物があっても不思議ではない。
「いいか、この蔵の中には刀や茶器などの値打ちもんが山ほどあったよな。しかも適当に置かれていたけど、この真っ黒の箱を見てみろ! この中にはその辺に置いてある物を遥かに凌ぐ物が入っている、はずだ! お前たちはそれを見ずに帰る気か? 見ずに帰れるのか? 君たちはそんな人間か? 俺は君たちにそういう夢も希望も無い大人になって欲しくは無い。そんな事で来年の就活面接で大学時代に社会勉強を頑張ったって言えるのか? 君たちにはこの先就職して、ただ毎日ダラダラ働いてそして枯れていくだけのそんな人生を俺は送って欲しくは無い。」
 気持ち良さそうに大学生たちに説教をかます涼介。
 急に演説が始まりポカンとする学生たち。

 永久に続くかと思うほど語り続ける馬鹿の演説を意外にも恭也は箱の蓋に手を掛けたまま黙って聞いている。

「なげぇよ、能書きはいいから早く開けろよ! 」
 俺は涼介の下らない演説を遮った。

「そうだろう、そうだろう。早く見たいよな、ハル」
「だから早く開けろって」
「よし、いいか、みんな開けるぞ! 乞うご期待! 」
 涼介は箱の蓋の端を持ち、同じく箱の蓋の端に手を掛ける恭也に合図した。
 思ったよりも重いのか蓋は少しだけ開いただけで、それ以上開かなくなってしまった。

 最早、当初の目的である壁画の手がかりなどどうでも良くなっている。全員国宝級の宝物を期待して恭也と涼介が二人係で開けようとする箱を固唾をのんで凝視している。夏目名人は蓋の隙間を覗き込む勢いで前かがみになっている。

「いっせいのーで、んにょーん! 」
 全員が身守る中、涼介はアホな掛け声と共に恭也と二人で一気に蓋を開けた。
 

 期待に胸を膨らませ箱の中を見た全員に戦慄が走った。


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