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38 壁画のくれた縁
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アパートに着くとサオリは先に戻っていた。
「おかえり。夕飯作ってみたんだけど」
俺は嬉しくて泣きそうになった。誰かが部屋で待っていてくれるって良いもんだなあ。そしてその誰かが可愛い娘だと尚、嬉しさ倍増だ。更に夕飯を作ってくれているなんて俺を嬉しさで殺すつもりだろうか?
「居候さしてもらってるんだから、これぐらいはするわよ」
サオリは首を傾け微笑んだ。
夕飯を食べながら先程のファミレスでの話を切り出した。
「ああ、そう言えば新しい仕事見つけたよ」
「昨日聞いたよ、なれるかも、ってやつでしょ」
「いやサオリの」
「えっ私の? ちょ、どういうこと? 」
サオリは狼狽えた顔で俺を見た。勝手に話しを進めた事は悪いとは思うが友人が困っていると伝えると喜んで了承してくれた。
「ええええぇっ!! ハル、友達なの? ビーンズグループの会長と! 」
「だったらハルも関連会社に就職できたんじゃないの? 」
「イヤ、俺はいいのよ」
俺は返事を濁した。
恭也が跡を継いだと聞いた時は、就職さして欲しいと心より願った時期も確かにあった。だけど俺の中で何故か絶対に言ってはいけない一言になった。
「ちゃんと話しておいたから。すぐにサオリの会社の部屋もマンションも用意するって言ってたよ。家賃タダだぞ」
「すごく助かるしありがたいけど、私に務まるのかな。そんな大きな………」
「大丈夫でしょ。信頼できる秘書が欲しいって言っていたから」
「ありがとう。ハル、ありがとう。本当にありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。友達の力になってくれて」
「明日、不採用になっちゃったらどうしよう? 」
「そんなわけないじゃん、ハハハ」
俺たちは次の日約束の時間に恭也の会社を訪ねた。俺もスーツで行く事にした。
そういえば石田会長の会社に出入りするんだからあと何着か必要になるだろうな。
石田会長がくれた一週間の準備期間なんて必要ないと思っていたけど丁度良かったな。
ビーンズグループの巨大ビルを前にしても、俺の採用試験でもないし総帥が恭也ということもあって今回は全く緊張しなかった。二日前に石田会長を訪ねた際に圧倒されたおしたのは遠い昔の様に余裕の態度で臨むことが出来る。
圧倒的存在感のビルの正面に立ち、俺の隣でサオリは深呼吸を何度も繰り返す。
「緊張してんの? もう話通ってるから大丈夫だよ」
「わかってても緊張・す・る」
サオリは硬い顔で余裕なく答える。彼女が緊張すればするほど俺は可笑しくてからかいたくなった。
受付を経て会長室までスマートにスムーズに辿り着いた。当然石田会長のビルでの経験が生かされたわけだが。
だが天下の全日本警備会社の本社といえどここまで圧倒的気合の入った大建築物ではなかった。ニューヨークやパリといった主要都市にも多数支店や枝会社を持つビーンズグループ、本音を言えば死ぬほど入社したい。
会長室と書かれた真鍮仕上げのドアプレートを見て、激しくノックを七回してドアを勢いよく開けた。中で恭也と涼介が笑って出迎えた。
「ワハハハ、お前もムカついたのか? そのイキッたドアプレート」
涼介が腹を抱えて笑っている。
「言っとくが俺が発注したわけじゃないぞ」
恭也が弁解した。
「ああっと、君が三島 早織さんだね。ようこそ! 私が須藤 恭也です」
恭也がサオリを見て爽やかな笑顔で自己紹介をした。
「ビーンズグループ幹部の森元 涼介です」
涼介が出来る社員の顔で挨拶をした。お前はまだ幹部でも社員でもないだろうがと心の中で呟いた。
二人は生まれながらのエリートのような顔と立ち振る舞いでサオリと話している。場所と服装、肩書さえ有れば人はこんなにも上手に化けることが出来るのだろうか。
サオリは恭也を見てボーとなっている。俺は恋に落ちた瞬間を目撃出来たのだろうか。
サオリが恭也と涼介とニセ面接のような事をしている間に俺はアロハ坂田さんと深見さんに連絡することにした。俺は涼介に声を掛け部屋の端に移動して電話した。敏腕マネージャーにでもなった気分だ。
坂田さんに電話すると俺が坂田さんの作った会社スーパーメロンに入社したいと勘違いしたのかいきなり謝られた。坂田さんは会社を畳んだそうだ。
「いやーどこの会社もセキュリティーに重きを置かないねぇ。全然依頼がこなかったぜ、実際。そうだ、今日呑みに行こうぜ、ハル。奢ってやるよ会社たたみ記念だ」
電話の向こうで仕事を無くした坂田先輩は明るい口調でに俺を誘った。俺は丁度良かったと、恭也の会社の事を話した。
「おおおお! そんなデカイ仕事出来るのか? そんな巨大な会社で? ホントか? 」
「じゃあ今から言う場所で待ってます。くれぐれもアロハシャツで来ないで下さいよ」
俺は電話を切って直ぐに深見さんの携帯に電話した。昼休み時間だから運が良ければ出てくれるはずだ。
「やあハルくん。今週末辺りハルくんのところに行こうと思っていたんだけど」
ワンコールで出た深見さんは穏やかな口調で話し始めた。
俺は以前に一度、恭也の話をした事がある。
「前に聞いたけど、ビーンズグループの話だったとはね。そこまで大きな話だったんだね。そりゃ流石に誰でも羨むね。
たくさん会社持ってるんだから頼んだら直ぐどこかの会社に入れてくれるんじゃない?
いや、前に僕が友達と仕事は一緒にしない方が良いって言ったことは気にしないでね。
あれはそうでも言った方がハルくんが納得できるかなって思って言っただけで、いや良いと思うよぼくは友達と働くのも、うん」
深見さんは相変わらずで、淀みなく流暢に話し出すと、なかなか止まらない。
「いえ、僕の話は今は良いんですよ」
俺は慌てて話を戻した。どうしても深見さんの昼休み中に話をつけたかった。
「不明な金の流れを突き止めるんでしょ。何人か助手は必要だけど自信あるよ。僕はこう見えても数字の事だけは自信がある」俺の心の師匠、謙虚な深見 鉄心さんが自分で言うからには相当優秀なのだろう。
だが流石に会社を辞めてビーンズグループの一員になってくれなんて言えず後は口達者の涼介に任せる事にした。
あまりにトントン拍子に話が進み過ぎる、こういう時は何か落とし穴に気をつけなければならない、が、恭也と涼介なら大丈夫だろう。
俺の場合ならどこかでコケてしまうだろうが。
「おかえり。夕飯作ってみたんだけど」
俺は嬉しくて泣きそうになった。誰かが部屋で待っていてくれるって良いもんだなあ。そしてその誰かが可愛い娘だと尚、嬉しさ倍増だ。更に夕飯を作ってくれているなんて俺を嬉しさで殺すつもりだろうか?
「居候さしてもらってるんだから、これぐらいはするわよ」
サオリは首を傾け微笑んだ。
夕飯を食べながら先程のファミレスでの話を切り出した。
「ああ、そう言えば新しい仕事見つけたよ」
「昨日聞いたよ、なれるかも、ってやつでしょ」
「いやサオリの」
「えっ私の? ちょ、どういうこと? 」
サオリは狼狽えた顔で俺を見た。勝手に話しを進めた事は悪いとは思うが友人が困っていると伝えると喜んで了承してくれた。
「ええええぇっ!! ハル、友達なの? ビーンズグループの会長と! 」
「だったらハルも関連会社に就職できたんじゃないの? 」
「イヤ、俺はいいのよ」
俺は返事を濁した。
恭也が跡を継いだと聞いた時は、就職さして欲しいと心より願った時期も確かにあった。だけど俺の中で何故か絶対に言ってはいけない一言になった。
「ちゃんと話しておいたから。すぐにサオリの会社の部屋もマンションも用意するって言ってたよ。家賃タダだぞ」
「すごく助かるしありがたいけど、私に務まるのかな。そんな大きな………」
「大丈夫でしょ。信頼できる秘書が欲しいって言っていたから」
「ありがとう。ハル、ありがとう。本当にありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。友達の力になってくれて」
「明日、不採用になっちゃったらどうしよう? 」
「そんなわけないじゃん、ハハハ」
俺たちは次の日約束の時間に恭也の会社を訪ねた。俺もスーツで行く事にした。
そういえば石田会長の会社に出入りするんだからあと何着か必要になるだろうな。
石田会長がくれた一週間の準備期間なんて必要ないと思っていたけど丁度良かったな。
ビーンズグループの巨大ビルを前にしても、俺の採用試験でもないし総帥が恭也ということもあって今回は全く緊張しなかった。二日前に石田会長を訪ねた際に圧倒されたおしたのは遠い昔の様に余裕の態度で臨むことが出来る。
圧倒的存在感のビルの正面に立ち、俺の隣でサオリは深呼吸を何度も繰り返す。
「緊張してんの? もう話通ってるから大丈夫だよ」
「わかってても緊張・す・る」
サオリは硬い顔で余裕なく答える。彼女が緊張すればするほど俺は可笑しくてからかいたくなった。
受付を経て会長室までスマートにスムーズに辿り着いた。当然石田会長のビルでの経験が生かされたわけだが。
だが天下の全日本警備会社の本社といえどここまで圧倒的気合の入った大建築物ではなかった。ニューヨークやパリといった主要都市にも多数支店や枝会社を持つビーンズグループ、本音を言えば死ぬほど入社したい。
会長室と書かれた真鍮仕上げのドアプレートを見て、激しくノックを七回してドアを勢いよく開けた。中で恭也と涼介が笑って出迎えた。
「ワハハハ、お前もムカついたのか? そのイキッたドアプレート」
涼介が腹を抱えて笑っている。
「言っとくが俺が発注したわけじゃないぞ」
恭也が弁解した。
「ああっと、君が三島 早織さんだね。ようこそ! 私が須藤 恭也です」
恭也がサオリを見て爽やかな笑顔で自己紹介をした。
「ビーンズグループ幹部の森元 涼介です」
涼介が出来る社員の顔で挨拶をした。お前はまだ幹部でも社員でもないだろうがと心の中で呟いた。
二人は生まれながらのエリートのような顔と立ち振る舞いでサオリと話している。場所と服装、肩書さえ有れば人はこんなにも上手に化けることが出来るのだろうか。
サオリは恭也を見てボーとなっている。俺は恋に落ちた瞬間を目撃出来たのだろうか。
サオリが恭也と涼介とニセ面接のような事をしている間に俺はアロハ坂田さんと深見さんに連絡することにした。俺は涼介に声を掛け部屋の端に移動して電話した。敏腕マネージャーにでもなった気分だ。
坂田さんに電話すると俺が坂田さんの作った会社スーパーメロンに入社したいと勘違いしたのかいきなり謝られた。坂田さんは会社を畳んだそうだ。
「いやーどこの会社もセキュリティーに重きを置かないねぇ。全然依頼がこなかったぜ、実際。そうだ、今日呑みに行こうぜ、ハル。奢ってやるよ会社たたみ記念だ」
電話の向こうで仕事を無くした坂田先輩は明るい口調でに俺を誘った。俺は丁度良かったと、恭也の会社の事を話した。
「おおおお! そんなデカイ仕事出来るのか? そんな巨大な会社で? ホントか? 」
「じゃあ今から言う場所で待ってます。くれぐれもアロハシャツで来ないで下さいよ」
俺は電話を切って直ぐに深見さんの携帯に電話した。昼休み時間だから運が良ければ出てくれるはずだ。
「やあハルくん。今週末辺りハルくんのところに行こうと思っていたんだけど」
ワンコールで出た深見さんは穏やかな口調で話し始めた。
俺は以前に一度、恭也の話をした事がある。
「前に聞いたけど、ビーンズグループの話だったとはね。そこまで大きな話だったんだね。そりゃ流石に誰でも羨むね。
たくさん会社持ってるんだから頼んだら直ぐどこかの会社に入れてくれるんじゃない?
いや、前に僕が友達と仕事は一緒にしない方が良いって言ったことは気にしないでね。
あれはそうでも言った方がハルくんが納得できるかなって思って言っただけで、いや良いと思うよぼくは友達と働くのも、うん」
深見さんは相変わらずで、淀みなく流暢に話し出すと、なかなか止まらない。
「いえ、僕の話は今は良いんですよ」
俺は慌てて話を戻した。どうしても深見さんの昼休み中に話をつけたかった。
「不明な金の流れを突き止めるんでしょ。何人か助手は必要だけど自信あるよ。僕はこう見えても数字の事だけは自信がある」俺の心の師匠、謙虚な深見 鉄心さんが自分で言うからには相当優秀なのだろう。
だが流石に会社を辞めてビーンズグループの一員になってくれなんて言えず後は口達者の涼介に任せる事にした。
あまりにトントン拍子に話が進み過ぎる、こういう時は何か落とし穴に気をつけなければならない、が、恭也と涼介なら大丈夫だろう。
俺の場合ならどこかでコケてしまうだろうが。
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