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36 恭也の懺悔

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「ハル、ちょっとハル、起きてよ!」

 サオリに揺すって起こされるまでぐっすり眠っていた自分に驚いた。
 いつもなら俺が先に起きるはずなのに最近ちょと疲れ気味かなと思いながらサオリを見た。
「もう十二時まえよ」
 彼女は朝ご飯の目玉焼きとベーコンを用意してくれていた。

 遅めの朝ご飯を食べ終えると彼女はいろいろしないといけない手続きが有ると言って出掛ける準備をし始めた。
 暫くは念の為に俺のアパートいてもいいかと聞いて来た。
 俺は夕方から恭也と出かけるのでサオリに合鍵を渡し「なんだか同棲する恋人どうしみたいだな」と言うと、彼女は大笑いして出かけていった。

 夕方、恭也がアパートに車で迎えに来た。会社帰りでスーツ姿の恭也は出来る男にしか見えなかった。相変わらずの男前だが、やはり少し元気が無いように見えた。

 前回のBMWとは違う高級車が停まっている。白色の何かだ。
「いい車乗ってんなぁ、おい」
 俺はふざけたように明るく言った。車の事は余り解らないが。
「お前は、羨ましがんないだろ、フフ」
 恭也はそう言うとタバコに火を点けた。

 前回と違い俺たちは歌までは歌わなかったが、やはり恭也も気分が良くなったのか明るい口調で喋り出す。俺は会社の事は解らないので聞かなかった。
「涼介怒っていただろ? 」
「恭也の事は何進《かしん》だって言っていたけど。三国志の人物の事みたいだけど、そんなのいたか? 」
「ああ、そりゃ俺の事で間違いないな、フフ」
 恭也が自嘲気味の笑いを浮かべた。

 俺は壁画が一つ盗まれた事を教えるかどうか悩んだが、向こうに着いてから説明すれば良いだろうと考えた。

 鳳村に着いて丘を目指して俺たちは歩き出した。まだ夕焼けだがこの場所は直ぐに夕暮れに変わり薄暗くなるのを俺は知っている。
「相変わらずここは、長閑で気持ちが良いな」
 恭也は元気なく笑った。
 丘へ近づくにつれ恭也が急ぎ足になったような気がする。
 本当に壁画が無くなっているのか、どのように盗まれたのか調べるつもりで俺は先日購入したデジタルカメラを持ってきている。

 俺たちが一つ目の丘の洞窟に着いた時にはやはり辺りは薄暗くなっていた。
 恭也が先に洞窟の石の階段を降りて行く。俺は奴に続き石段を下へ降りた。

 恭也が呆然と壁を見つめている。
 洞窟の壁にあった筈の壁画の描かれていた部分が全部キレイに抉り取られている。
 俺はデジタルカメラで壁画の無くなっている壁の写真を撮った。フラッシュの光を気にもせず恭也は呆けている。
「無くなってるな」
 恭也がポツリと力なく呟いた。俺は壁画が盗まれた事実を黙っていた事を少し後悔した。こいつがこれほど壁画を見る事を楽しみにしていたとは思わなかった。

「他の壁画を見に行こうぜ」
 落ち込んだ恭也の肩を叩き俺は石階段を上がった。ひょっとしてもう二つ目、三つ目が盗まれているなんて事ないだろうなと、俺も少し焦って来た。

 二つ目、三つ目の壁画は幸いにもまだ無事だった。まだという言い方は可笑しいが。盗まれた壁画は俺の願いを込めた統率と団結の壁画だったことに少し動揺はしたが恭也ほど愕然とはしていない。

 俺たちは一番高い広い丘まで上がった。
「残念だったな。壁画一つ見損ねて」
 一番高い丘に立ち俺は恭也を慰めるように言った。辺りは暗くなっていた。

「ハル、俺、もうダメかもしれない」
 へたり込む恭也。
「ダメって、そんなにショックだったのか? 壁画見れなくて」
「いや、俺の人生がってことだ」
「人生って、お前何言ってんだよ! どういう事だ? 」

「実は前ここに来た時あの壁画に願い事したんだよ」
 恭也の言葉に俺は耳を疑った。

「俺が話した親父の話覚えてるか? 」
「ああ、うん、まあ」


 恭也は父親の葬儀に顔を出す前から、存在と会社の事は知っていたらしい。ただ母親が彼の愛人で捨てられたと思っていて父親である立花 和也を恨んでいたのだ。
 壁画の願いを叶えるという話を美大生から聞き、俺と以前ここを訪れた時に試しにビーンズグループを継がせてくれと壁画に頼んだそうだ。
 俺の知っている通り、あくる日会長である立花 和也は亡くなり須藤 恭也が会社の全権を継いだ。

「俺の父親な、ずっと俺の事気に掛けていてくれてたみたいで、子供の頃の行事やイベントはどんなに忙しくてもこっそり来ていたらしいんだ」

「会社が大きくなるにつれ俺と母親の身が危なくなりやむなく離婚したそうだ」

「将来俺に会社を譲るつもりだったらしいし、その前に一緒に働きたかったそうだ」

「全部母親に聞いたんだけどな。その母親も死んじまってな」
「えっ?! 」
「二週間ほど前にな」
 恭也は心底落ち込んだ声だ。
 俺は恭也を芝生に座り込む恭也を見下ろしながら掛ける言葉を探したが見つからなかった。

「俺、父親のこと何も知らなくてな、罰が当たったんだな」

「パッと出てきた俺を気に入らないんだろうな。
 俺を引きずり落とそうとする者、会社を私物化しようとする者、いろんな裏切り者がいてもう収拾できないよ。
 誰も信じられる者もいないし。グループ内で不正を働いている人間もいる。分かっていても証拠も探し出せないしな。
 殆ど全部の幹部連中は信用出来るかどうかも何もわからん。でも俺、何にもで出来ないんだよ、もう無理なんだよ」

「俺、自分でこんなにも役立たずだと、こんなにも何も出来ない人間だとやっと思い知ったよ。それでもう一度、壁画にお願いに来たらこんな状態だろ。もうビーンズグループは終わりってことだ」

 見ると恭也が涙を流して泣いている。
 なんでも器用にこなす、いつでも自信たっぷりな恭也が目の前で小さくなって泣いている。
 コイツの泣き言を初めて聞いて驚いた。こいつが泣くことなんて一生ないだろうと思っていたが。

「ダメかどうかはお前次第だろ! お前が終わりなだけで、ビーンズグループは終わりじゃないだろう。いや違う、そうじゃなくて、俺が言いたいのは壁画はお前の会社に全く関係ない。
 お前が願ったからお前の親父さん亡くなったわけじゃないぞって事だ。お前のお母さんもだぞ。
 お前の願いを聞いてお前を直ぐにビーンズグループの会長にしたわけでもないぞ。壁画にそんな力は絶対無いからな! 俺が保証する、本当だ! 」
 俺は恭也に力強く言い切った。言い切ったのには理由がある。俺は壁画が願いを叶えることなどないと確信している。

 恭也は壁画に願い事をして次の日、叶った。
 俺は一心不乱にお願いして、今だに何も起こっていない。この違いは一体?

 俺は業を教えてもらった事や、里香ちゃんと出会った事など壁画の不思議な力の導きのお陰だと感謝している。だけど今だ恋人は出来てはいない。そう考えると俺の中で答えは既に出ている。

 結局は何事も自分次第だ。神頼みをする時期は俺の中ではとっくに通り過ぎた。泣き言ばかりも言っていても時間が無駄だ。

 それにしてもコイツ、あの時俺の事を笑っていたくせに、こんなにどデカイ願い事をしてやがったとは。

「どうしても気になるなら壁画は俺が見つけてやるから心配すんな! 」
 俺と石田会長と壁画の関係を、そして今警備会社を上げて壁画を探している事を説明した。
 石田会長は一族の為に、俺は俺の太陽である里香ちゃんの為にということは言わなかった。

「それから会社の事は涼介に助けてもらえ! 」
「は? 」
 恭也が初めて俺を見上げた。

「涼介ってあの涼介? 森元 涼介か? 」
 恭也は「何言ってんだコイツ」と言いたげな顔で俺に聞き返した。

「それからあいつ何かの企画でチームリーダーですごい成績叩き出して今や係長から部長だぞ。いや、課長から部長か? いや支社長だったかな。小さな会社と言えどだ、言えどもだぞ! 」
 俺はこの間の涼介と部下のやり取りと、奴の部下からの証言を恭也に教えた。

「あいつが? あいつがチームリーダーやってたの? 補欠だけどキャプテンみたいなこと? ムードメーカー的リーダーってこと? 中小企業だとしても課長、部長? マスコット的存在の支社長ってか。ホントかよ」
 恭也はどうしても涼介の実力を否定したいようで、信じられないとばかりに捲し立てた。

「そんな愉快なポジションは無いだろ。あいつの実力だろ認めろよ。いいから雇えよ! 」
 俺は言い終わるとその場で涼介に電話した。恭也はヤレヤレといったポーズをしているが少し嬉しそうだ。

 丘で携帯を使えないのを思い出し俺たちは丘を降りた。真っ暗の道、俺は二度目で慣れているが、恭也は少しビビっているようだ。

 駅前に着き車に乗り込んで運転する恭也の横で俺は涼介に電話をした。

 果たして涼介が頼りになるかどうか、もしならなかったらマスコット幹部にでもしてもらったらいいだろう。


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