AIは電気脳の死を喜ぶか?

幻奏堂

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When I see children, I see the face of God. 前奏

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 暗闇に浮かび上がる青い扉と赤い扉。その手前で、白いうさぎがこちらを振り返っている。赤い瞳。

 ――全てを見透かし、受け入れているような、神性を感じる。

 やがてうさぎは赤い扉の前へと跳ね歩き、耳障りな音を立てながら扉が開いた。真っ暗だ。
 そっちはいけない、衝動的にそう思った。

 しかし、うさぎは脇目も振らず、暗がりの中へと消えていった。扉が勢いよく閉まる。
 沈黙。一人取り残された。選択を迫られている気配。

 青い扉を選びたいが、叫び声が洪水のように押し寄せる。

「自分さえ良ければいいのか」「That you are a slave,Yuke.」「次はお前の番になる」「After this,there is no turning back.」「他力本願か? 他に誰もいないというのに」

 赤い扉があちら側から激しく叩かれる。子供の泣き叫ぶ声。子供の嘲笑う声。

 気付くと、赤いドアノブに手をかけていた。帰りたい、ただそれだけが頭に残っていた。

 ドアを開け、一歩踏み出す。目の前に浮かび上がる巨大な白ウサギ。
 踏み出した足が、空を切った。床がない。

「I show you how deep the rabbit hole goes.」

 落ちていく――。





 飛び起きる悠久。冷や汗がこめかみを伝う。
 悠久は何かの気配を感じ取り、自室の電気を点けた。特に変わった様子はない。

「またあの夢か……リアルだけど、リアルじゃない……」

 やがて夢の感覚が薄れていく。悠久は再びベッドに寝転がり、天井を見つめた。

 あれから数ヶ月。悠久は着実に力を付け、戦場でも問題なく動けるようになった。怪我をすることも少なくなっていた。
 父親の行方は調査中だ。海外の拠点も含め、救出された人々の中にはいないと報告を受けた。しかし地上で生き残っている可能性がまだ僅かながらあるらしい。
 みな同じような状況だ。それでも滅多に弱音を吐くことはない。悠久も、後ろ向きな考えは意識的に打ち消す癖がついていた。一度立ち止まってしまったら、足が竦んでしまいそうだった。

 各地に赴き、終わりの見えぬ戦いに身を投じる。アトレカルが同行することも少なくなっていた。
 アフトラガ兵は体が丈夫なようで、治療を受ければ大半は全快するらしい。いつでも十分な人員で出撃できた。
 ごく稀に、生き残った地球人を保護できることがあり、みな意欲的に任務に取り組んでいた。

 AリバーサーとMリバーサーは、あれから姿を見せていない。あの時と同様の再生魔術を目にすることはあるが、どこかに潜んでいるのだろうか。

「悠久っ考え事?」

 束の間、目を閉じていた悠久。いつのまにか愛利が部屋に入ってきていた。いつもながら元気そうだ。

「ううん。二度寝しようと思って」

「もうお昼だよ?! せっかく月イチのお休みなんだから、時間は有効活用しないとっ」

 愛利がぐいぐいと悠久の腕を引っ張る。

「だからこそ寝たいのっ」 抵抗する悠久。

 休みはないと言い切ったアトレカルだったが、ストイックに頑張る悠久を見て考えを改めたのだった。
 結局、愛利に根負けし、身支度を整える悠久。

「早く早く」と愛利が急かす。

「まずはヘルスチェック! 次に腹ごしらえっ」

 こぶしを天に突き上げる愛利。悠久はあくび混じりに同意した。





 悠久にとっては遅い朝食をとった後、二人並んで廊下を歩く。昼食を終えた人々の賑わいが心地いい。

「で、この後どうするの?」 悠久が愛利を見やる。

「うん……えへへ、実はノープラン」

 恥ずかしそうに舌を出して見せる愛利。

「じゃ、寝てもいい?」 すかさず提案する悠久。

「だめだっても~! あっじゃあさ、みんなのとこ行ってみよ!」

「みんなのとこ?」

 「悠久は一日中トレーニングしてるから知らないだろうけど、みんな午後は働いてるんだよ。べつにお金もらってるわけじゃないけどね。ボランティアってやつ! 何してるか、気にならない?」

 悠久はしばらく考えたのち、「気にならない」と答えた。

「も~も~」 悠久の背中を叩き出す愛利。

「わかった、わかったって! めっちゃ気になるから行こう!」





 連れてこられたのは研究所エリア内にある、託児所と表記された一室だった。
 中に入ると、数十人の子供がおもちゃや遊具に夢中になっている。

 その様子を見守っているのが――エプロン姿の雅仁と佳乃だった。
 悠久と愛利に気付き、少し驚いた様子の二人。走り回る子供を避けながら近付いてくる。

「どうした? 珍しいな。今日休みだろ。いいのか、寝てなくて」

 からかうように笑う雅仁。胸には蝶々のワッペン。まさひとの文字。

「マジ寝たい。すぐ寝たい」 虚ろに呟く悠久。

「ダメだって~も~」

 悠久は辺りを見回した。喧嘩をしたのか怪我をしたのか、あちらこちらで子供が泣き叫んでいる。

「いつも二人でやってるの? 大変そうだね」

「まぁな。でもやりがいがあるっつーか、単純に楽しいぞ。子供っていいよな」

「そーそー。お師匠に鍛えられるよか断然マシ」

 佳乃も雅仁に同調する。なんだかんだ息が合っているようだ。

「まさ~遊ぼ~」

 遠巻きにこちらの様子を窺っていた男の子が駆け寄ってきた。

「わたちが先!」「ぼくもぉ」 どんどん子供が集まってくる。

「おぉ、いいぞ。何がいい? 鬼ごっこか隠れんぼか……」

 屈託のない笑顔の雅仁。子供達もつられて笑顔になる。

「雅仁くん大人気だね。やっぱ安心感あるもんなぁ。家庭的な匂いがするというか」

「そうか?」

 目を輝かせる悠久に、小首を傾げる雅仁。雅仁は後ろから抱きついてきた女の子を背負い、両腕にしがみついてきた男の子二人を軽々と持ち上げる。

「うん。愛されて育ったんだろうなっていうのが伝わってくるというか。イメージだけど、……お母さんがつきっきりで子守唄とか歌ってくれたんだろうな、とか」

「妙に具体的だな」と佳乃。

「なんだそれ」 雅仁は吹き出した。

「ごめん、わかったような口きいて。でも、雅仁くんってそういう母性的な優しさがあると思って。優しくて、強い。みんなを幸せにできる力」

 悠久がそう言うと、雅仁は一瞬、眉根を寄せた。しかしすぐに表情を変え、「褒めすぎだろ」と笑い飛ばす。

「こんな筋肉質な母親やだわ」

 吐きそうとばかりに嗚咽する佳乃。それを見た男の子が楽しそうに真似をする。

「そう考えると、雅仁くんがお母さん、佳乃ちゃんがお父さん、ですごいしっくりくる。天職じゃん」

 雅仁と佳乃を交互に見ながら感心する悠久。

「普通に考えて逆だろ。や、佳乃はどっちでもないか」 半笑いの雅仁。

「でも佳乃ちゃんって周りに流されないというか、忖度なしで意見できるじゃん。裏表なくてブレない感じ、父親っぽいと思うけどな」

 悠久の熱弁に雅仁が唸る。佳乃はというと、まんざらでもなさそうだ。
 「わかるかも!」と愛利、「かもっ」と女の子。

「俺、佳乃ちゃんのそういうとこほんと尊敬してて。佳乃ちゃんの存在に救われたって人多いと思う。俺もその一人だし」

「大げさだな~やはは」

 佳乃はそわそわと落ち着きなく動きながらも、嬉しそうに笑った。

「おい、悠久。寝ろ」

 寝不足のせいで悠久がおかしくなったと思い込んでいる雅仁。

「そういえば子守唄で思い出したけど、俺、ずっと前から知ってる歌があるんだよね。母さんが歌ってくれてたんだといいなぁ」

 悠久が思いを馳せる。

「どういう歌? 聞きたい」と愛利、「きーたい!」と女の子。

「え~全部は歌詞覚えてないんだけど……ひかりーはほし~フンフフンフン~フンフン~フンフフン~ひかりーはーあーなーた~~……みたいな?やつ」

 照れくさそうに披露する悠久。「いやわかんな!」と佳乃。

「聞いたことないなぁ」

 そう言って思案顔になる愛利。「へたぁ~」と、男の子が悠久を指して笑う。

「ふははっ……それにしても、こんなに子供がいたんだね。なんか嬉しい。この子たちの為にも頑張らないと」

 悠久が息巻いて見せると、みな感慨深げに頷いた。「がんばえー」と子供達が合唱する。

「じゃ、お仕事の邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こっか」

 愛利が悠久の手を引く。

「ばーばい」「またきてえー」「いぁち!」 子供達が二人を見送る。

 悠久は後ろ髪を引かれる思いで、部屋を後にした。





「うわ、すごい行列」 目を見張る悠久。

 居住エリアに戻ってきた二人。蜜花の部屋の前に沢山の人が並んでいる。ほとんどが男性だ。

「私たちも並ぼっか」 愛利が悪戯っぽく笑う。

「何待ちなのこれ」

 そう尋ねる悠久だったが、「なんだろね」と愛利ははぐらかした。
 前の人が退出したのを見計らい、遠慮がちに入室する悠久。

「もー早くっ」 愛利が悠久の背中を押す。

「あれっどうしたの? 何か相談事?」

 蜜花はベッドに腰掛け、丁寧に髪を梳いていた。

「相談……?」

「えへへっ蜜花ちゃんはねぇ、お悩み相談室やってるの! 話聞いてもらうだけで元気でるって評判なんだよ」

 状況が飲み込めないでいる悠久に、愛利が誇らしげに説明する。

「そんな大したものじゃないよ」 謙遜する蜜花。

「へ~たしかに蜜花ちゃんって癒しパワーあるよね。頭良いからアドバイスも的確そうだし」

 悠久がそう言うと、蜜花は恐れ多いとばかりに首を振った。
 蜜花の部屋も悠久の部屋と同様の作りだ。私物がほぼない為、寒々しい印象を受ける。

「せっかくだし、悠久も悩み聞いてもらえば?」

「いやいやそんな……」

 悠久は慌てて一歩後ろに下がる。

「私は大丈夫だよ。なんでもお気軽にどうぞ」

「あ、じゃあ俺が蜜花ちゃんの相談に乗る!逆に」

「えっ」 驚く蜜花。

「勘違いだったらごめん。最近あんまり元気ないなって……俺、蜜花ちゃんの笑顔好きだから、元気づけたい。力不足だろうけど」

 困ったように笑う悠久。

「え~男前やだ~」 口を尖らせる愛利。

「ふふっいいの? 嬉しい。じゃあここ、来て。話聞く時は並んで座るようにしてるの。その方が落ち着くから」

 蜜花が座り直して左横にスペースを空ける。

「あ、うん。はい」

 ぎこちない動きで隣りに座る悠久。束の間の沈黙。

「な、なんか蜜花ちゃん良い匂いするね。お花みたいな」

「そう? 特に何も付けてないんだけど……」

「きゃー! ヘンタイだー!」

 突如、愛利が大声を上げながら二人の間に突っ込んでくる。

「ぉわっ」 仰け反る悠久。

「わたしのことはいいから、気にしないで! ほら相談相談っ」 

 そう言って二人の間でジタバタしている愛利。ベッドが大きく揺れる。

「俺、ヘンタイ……チガウ……」 ショックで片言になる悠久。

「悠久くん、あのね……私、優柔不断で、何を選ぶかで迷うことがすごく多いの。どれが正しいんだろうとか色々考えちゃって。そういう時にスパッと決めるには、どうしたらいいかな?」

 おずおずと切り出す蜜花。神妙な面持ちで蜜花に向き直る悠久。

「あ~でも俺も結構そうだなぁ」

 何度も唸りながら考え込む悠久。

「……答えになってないかもだけど、今思ったこと言ってもいい?」

 悠久は真っ直ぐに蜜花を見据えた。

「もちろん」

 即答する蜜花。愛利がジタバタをやめた。

「何が正しいかとかは俺も全然わかんないけど、単純に蜜花ちゃんが幸せになれそうな方、を選んでほしい。蜜花ちゃんには幸せでいてほしいし、辛い思いもしてほしくない……って自分勝手かな。ごめん」

 アハハと自嘲気味に笑う悠久。蜜花は何も言わず、俯いた。

「マ、マジでごめん! 無責任なこと言って。俺、相談向いてないわ。察し悪いし」

「ヘンタイだしっ」 割り込む愛利。

「ヘンタイデワナイ……」

「違うの……私、嬉しくて……ありがとう」

 溢れる涙を拭きながら顔を上げる蜜花。潤んだブラウンの瞳、紅潮した頬。

「あっいやっ俺はっ」 思わず目をそらす悠久。

「泣かした~きゃ~」

 愛利がなぜか興奮し、ベッドの上で飛び跳ねる。反動で上下に振動する二人。

「もし蜜花ちゃんがつらい思いしなきゃいけなくなったら、俺が代わりになるし……なれなくても、半分くらいにはできるよう頑張るから、絶対言ってね」

 ためらいながらも、力強く悠久はそう言った。蜜花は深く頷き、心からの笑顔を見せた。





「あ~もう夏も終わりかぁ~海行きたかったな海!」

 その夜。みなで食卓を囲んでいると、佳乃が嘆く。

「結局行けなかったもんねぇ」 同調する愛利。

「そういえば初戦で行ったとこ、近くに海あったよ。上空から見えた」

 悠久は野菜スティックを食べながらそう言った。背の高いカップにオーロラソースが入っている。

「マジか! てか今何月?最近全然時間の感覚ないんだけど」 はしゃぐ佳乃。

「十月中旬」

 流輝が呟く。流輝はミネラルウォーターをがぶ飲みしている。

「ならギリ海いけるか?! いけるな?!」

「そもそも外出許可おりねーだろ。どんだけ泳ぎたいんだよ……」

 雅仁は呆れ顔だ。目の前の皿には山盛りのピザ。肉系のトッピングが目立つ。

「プールでもよければ、研究所エリアにありますよ。食後にひと泳ぎいかがでしょうか。水着もシンプルなものですが、各種取り揃えております」

 偶然通りがかったアレディヴが助言する。アトレカルはというと悠久らとは距離を置き、チーズチキンパスタを食べている。

「屋内プールなら季節関係ないね」 チーズケーキを食している蜜花。

「余力が残っているならトレーニングを追加するか?」

 アトレカルの一言に悲鳴が上がる。

「余力、ありません!」

 高らかに宣言する愛利。訝しげに面々を観察するアトレカル。

「よしっプールに決定! 食べたら集合! はい解散!」

 佳乃の一声に、みな思い思いに返事をする。アトレカルは不満げに鼻を鳴らした。

 愛利が期待の込もった視線を悠久に向ける。とてつもなく嫌な予感に、身震いする悠久であった――。





「ちょ、何着てんの悠久! やばいんだけど!!」

 プールサイドで爆笑する佳乃。予感が的中し、落ち込んでいる悠久。

 ――スイカ柄の水着。しかもブーメランタイプだ。中央にアメコミ風の吹き出しがあり、C'mon!と描かれている。

「卒業旅行に持ってきてた水着、次の日海だったから下に着てたんだ。で、悠久のもポケットに入れてて無事だったの! ついに着られて嬉し~」

 上機嫌な愛利。愛利の水着も同じくスイカ柄だが、地の色がミントグリーンなおかげでポップな印象だ。三角ビキニタイプで随所にフリルがあしらわれている。もちろん吹き出し等はない。

「あの状況でずっと持ってたんだ」

 苦笑する蜜花。蜜花はホルターネックのビキニだ。大きな胸が強調されて見える。下はフレアスカートタイプで、フェミニンな印象。

「いやかっけぇよ……負けたわ」

 悠久を眺めながら悔しがる雅仁。雅仁は競泳用の水着を着用している。

「たしかに心意気はロックか? っでも、ひ~笑える……!!」

 笑い過ぎて涙目になっている佳乃。佳乃は上はバンドゥタイプ、下はブラジリアンビキニ。全体的に布面積が小さいが、幼児体型の為にスポーティーな印象だ。
 蜜花、雅仁、佳乃の水着は総じて白地で柄はない。備え付けの中から各自選んだものだ。

「皆さんお似合いですね。記念にお写真はいかがですか?」

 白衣姿のアレディヴがカメラを片手に呼びかける。立方体の白い小型カメラだ。

「わーいお願いします!」 両手を上げて喜ぶ愛利。

「アレディヴも泳ごうぜ。得意なんだろ?」

「それがこれから会議なんですよ。またの機会にぜひ」

 雅仁の誘いを丁重に断るアレディヴ。

「では撮りますよ? ……悠久くん、水着を隠さないで……お顔が暗いですよ……あ、いい感じです。はい、チキン」

 アレディヴがシャッターを押した瞬間、みなが吹き出す。

「チキンて!」 腹を抱える佳乃。

「あぁすみません。チーズでしたっけ?ちょっと勉強中で。ふふ」

 朗らかに笑うアレディヴ。ストレートヘアーが柔らかく揺れる。

「じゃ、遊ぶぞ~!!」

 佳乃が雄叫びを上げた。



「水泳は苦手ですか?」

 プールサイドのベンチに腰掛けていた悠久。アレディヴが隣に座る。

「あー水泳というか、水自体があんまり得意じゃなくて」

 歯切れの悪い悠久。天井に反射する、揺らめく光の水面。
 女子三人はビーチボールと戯れ、雅仁はひたすら泳いでいる。

「大変な思いをされたのですから、無理もありません。きっと時間が解決してくれます」

「あ、いや……この前のでというか、物心ついた時には既に。心当たりはないんですけど」

「ああ、ありますよね。そういうの」 微笑むアレディヴ。

「ありますよね! 今日はこんなだしってのもあって、大人しくしてようかなと」

 水着を示し、笑って見せる悠久。

「ふふ、前衛的で素敵ですよ」

 アレディヴは気を遣った。悠久に三百のダメージ。

「ね~悠久も一緒にやろ~っ」

 愛利がビーチボールを掲げながら呼びかける。

「ん~」 気乗りしない様子の悠久。

「着替えてきてはいかがですか? 更衣室に色々と用意がありますよ。きっとお気に召すかと」

 見かねたアレディヴが助け船を出す。悠久の表情が晴れる。

「そうですね、着替えてきます! ありがとうございます」

 悠久は小走りで更衣室へと戻っていく。その後ろ姿を見て佳乃が吹き出す。笑いがぶり返したようだ。

「私もそろそろ失礼いたしますね」

 アレディヴもプールサイドを後にする。



「なー先生もう行った? 戻ってこなそう?」

 悠久が水着を選んでいると、佳乃が更衣室に入ってくる。

「ちょ、ヤダ! ここ男用!!」 オネエ化する悠久。

「いーじゃん、まだ着替えてないんだし」

 適当にあしらう佳乃。悠久はため息をついた。

「先生ってアレディヴさんのこと? 会議に行ったみたいだけど……」

 悠久の返答にガッツポーズをする佳乃。

「なに、なんか企んでる?」 身構える悠久。

「悠久さ、さっき言ってた初戦の番号覚えてる? ほら、お師匠がエレベーターに入れてたやつ」

「あぁ覚えてるけど。多分」

「よっしゃ! じゃ今から行こ! 海!」

 佳乃はそう言うなり、強引に悠久の手を引く。

「は?! むりむりむりむり!!」 必死で抵抗する悠久。

「大丈夫大丈夫! すぐ帰ればバレないって! いつも朝まで会議してるらしいし」

 聞く耳を持たない佳乃。ぐいぐいと悠久を引っ張る。

「待って! せめて着替えさせて! イヤァ!!」

 更衣室に悠久のダミ声が反響した。





「ねぇ、これ番号入れた時点でバレない? そもそも終わった任務の番号で動くの?」

 エレベーターを前にして怖気付く悠久。

「物は試しっしょ! やっちゃえ悠さん!」

「張り倒したい……」

 悠久は思わず毒づき、不安げに周囲を見回した。気味が悪いくらい静かだ。

「全部自動でやってるっぽいからバレないと思うんだよな~」 佳乃が呟く。

 悠久は普段着に着替えていた。佳乃も流石に水着だけでは寒いと思ったのか、白いパーカーを羽織っている。

「まぁじゃあ、やってみるだけだよ?」

 観念して数字を入力する悠久。すぐにエレベーターが開いた。「ナイスゥ♪」と佳乃が乗り込む。

「なにやってるの?」

 真後ろで声がして、硬直する悠久。

 恐る恐る振り向くと――愛利が立っていた。
 佳乃と同じパーカーを着ている。右手には刀。プールから出たばかりなのか、髪先から水が滴り落ちている。

「あ、えっと……」 口ごもる悠久。

「ちょっと海行こうと思って。愛利も行く?」

 佳乃が平然と愛利を誘う。激しく首を横に振り、佳乃に視線で訴える悠久。

「え、勝手に行っちゃダメでしょ」

「だよね! 俺もそう思ったんだけど、全然聞いてくれなくて……」

「じゃ~うちと悠久で行くから愛利はお留守番な!」

 そう言って悠久をエレベーター内に引きずり込む佳乃。

「あ、ずるーい! だめぜったいっ!!」 悠久に飛びつく愛利。

「どうした? 騒がしいぞ」

 雅仁と蜜花が駆けつける。二人ともまだ水着姿だ。

「佳乃ちゃんが勝手に海行こうとしてるの! 悠久まで無理やりっ」

 愛利が言いつける。両腕を強く引っ張られ、意識が遠のく悠久。

「っは~まだ諦めてなかったのかよ」

「こんな夜に危ないよ?」

 呆れ顔の雅仁と蜜花。雅仁は一呼吸おくと、大股でエレベーターに踏み込んでいく。

「わっやめ、離せゴリラ! 森に帰れ!!」

 雅仁に担ぎ上げられそうになり、暴れる佳乃。
 それを避けようとした悠久にぶつかり、尻餅をつく愛利。刀を取り落とす。

「蜜花ちゃん~それ取って~」 涙声になる愛利。

 佳乃も愛利も、悠久にしがみついて離れない。苦痛に耐える悠久。エレベーター内はもうめちゃくちゃだ。

「ぽち」

 すると間の抜けた声がしたかと思うと、エレベーターの扉が閉まった。凍りつく五人。

「出発進行」

 ――流輝だ。ベンチの隅にお行儀良く足を揃えて座っている。

「流輝くんいたの?!」 驚く悠久。

「最初からいた」

 動き出すエレベーター。下へ下へと降りていくのを感じる。雅仁がでたらめにパネルをいじるが、止まらない。

「ねぇ。これ、七十一になってるけど、海あったとこは十七だよね……?」

 壁に取り付けられたモニターを指す蜜花。青緑色で大きく七十一と、任務ナンバーが表示されている。

「あ、やば」 青ざめる悠久。

「え、じゃあうちらどこ向かってんの? 海は?」 呆気にとられている佳乃。

「ごめん間違えた……やらかした……」

「直近の任務が三十五とかだろ? 七十一なんて、見当もつかねーよ」

 エレベーターの停止を諦め、ため息をつく雅仁。

「任務地はその時になるまでわからないはずだけど……」

 眉をひそめる蜜花。不穏な空気が漂う。

「ま、まぁすぐ帰ればいいよね! どこに着いたって」 悠久が拳を握って見せる。

「お前はもっと反省しろ」と佳乃。

「お前がな!」

 すかさず突っ込む雅仁。やけになって笑い出す四人。愛利はふてくされているようで、会話に加わろうとしなかった。




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