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第十章

第九話 クロエのお兄さんの様子が可笑しいのだが

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 ~シロウ視点~



 俺はエルフの里を散歩しながら、考えごとをしていた。

 百十年前にクロエが声を出すことができなくなった呪い。そして今回、彼女の両親が深い眠りに陥ることになった呪い。この二つは無関係なのだろうか? 普通に考えれば時系列に差があるから、無関係とも言える。だけどクロエたちは家族という関係性がある。

「うーん分からない。もう少し共通点があればいいのだけどなぁ」

 足を止めて胸の前で腕を組み、顔を俯かせる。すると、後方から殺気を感じて振り返った。

 鬼の形相で俺を睨み付けながら、斧を振り上げているアーシュさんの姿があった。

 一瞬の判断で後方に跳躍。すると、約一秒後には斧が振り下ろされ、空を斬る。

「アーシュさん。これは何の冗談だ!」

「冗談なんかではない。よくも俺の可愛いクロエを穢そうとしてくれたな」

 はぁ? 穢す? 何のことだ?

「穢すってどう言うことだ? 俺はクロエに手を出そうとは思っていないぞ。大切な仲間なんだ。そんなことは決してしない!」

 きっと彼は何か勘違いをしている。

 クロエの親父さんが言っていたが、アーシュさんは妹を大事にしすぎているところがある。シスコンである彼は、余計な妄想を膨らませて心配しているのだろう。だったら彼を安心させて、ちゃんとした交友関係であることを伝えれば、得物を離してくれるはず。

 そう思っていたが、アーシュさんは斧を手放そうとはしない。

「しらばっくれるな! お前の魂胆は分かっている! クロエが五十歳のときに声が出ない呪いをかけ、百十年後に呪いを解いて彼女の心を掴みやがった! そしてその後、父さんと母さんに目覚めることのできない呪いをかけ、助けたと見せかけてクロエとの交際を認めさせようとした!」

「何それ?」

 予想すらしていなかった彼の言葉に、俺は思わず間抜けな声が出てしまう。

 いやいや、頭大丈夫か? 俺は人間の十七歳だぞ。どうやって百十年前のクロエに呪いをかけることができるって言うんだよ。まともな人ならそんな突拍子もない発想、普通は出てこないぞ。

「アーシュさん、失礼ですけど頭大丈夫ですか? 一度医者に診てもらったほうがいいのでは?」

「ふざけやがって! 俺は正常だ! 馬鹿にするな!」

 アーシュさんは斧をめちゃくちゃに振り回す。

 軌道は見え見えだったので、躱すことは容易だ。きっと感情的になって頭に血が昇っているのだろう。だから冷静に物事を考えられなくなり、あのような発言をしてしまったに違いない。好きなだけ暴れさせてしまえば、疲れて冷静になるはずだ。

 反撃をすることなく、僅かな動きで躱す。

「うそ! 何やっているのよ、兄さん!」

「これはいったいどういうことなのですの?」

「シロウが何か挑発的なことを言って怒らせたとは思えない。クロエの兄が暴走していると考えたほうが自然だね」

「ミラーカさん。呑気に分析していないでシロウさんを助けますわよ!」

 彼の攻撃を回避していると、騒ぎを聞きつけたのか、クロエたちがやって来る。

「クロエ、兄さんがこの男を今から倒すからな。そうすればお前は、こいつの呪縛から解放される」

「皆んな安心しろ! ただ戯れあっているだけだ。その証拠に、一度も攻撃が当たっていないだろう」

 彼女たちを安心させようと、アーシュさんの一撃を躱しながら、笑みを浮かべて親指を出す。

 これで俺が、余裕であることが伝わってくれればいいのだけどな。

「ふん……はぁ……とりゃ!」

 何度も大振りを繰り返していたからか、アーシュさんの動きが次第に遅くなっていく。

 さて、そろそろ体力の限界が訪れたころかな。それなら、そろそろまともに話ができる状態になっているはず。

「身体を思いっきり動かしたんだ。これですこしは冷静になったはずだろう。何かあったのか、教えてくれないか?」

「黙れ、黙れ、黙れええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 俺は大切なクロエを、悪魔のようなお前から守るううううううううううううううぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 パチン。

 うん? 今の指パッチンの音は何だ?

 急に聞こえた音に気を取られていると、目の前にいたアーシュさんの様子が変わっていることに気づく。彼の長髪が自然の法則を無視して跳ね上がっており、白目を剥き出しにしていた。

「クロエは俺が守るううううううううううううううぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 アーシュさんの髪が独りでに絡まっていくと、大きな束の三つ編みを作る。そしてその髪は俺に向かって来た。

 横にずれて回避すると、後方から地面が砕かれるような音が聞こえた。状況から考えて、彼の髪が地面を砕いたのだろう。

 マジか。こんな魔法聞いたことがないぞ。

「クロエ、君のお兄さんはこんな魔法が使えたのか!」

「私知らないよ! 魔法が使えたこと自体初めて知った」

 クロエは知らなかったのか。魔法ぐらいなら、普通は家族に秘密にすることはない。と言うことは、最近になって習得したと考えるのが普通だよな。

「クロエと話すなあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 地面に突き刺さった髪が元の位置に戻ると、今度は鎌のような形を模る。

 魔法で髪の強度を上げているのであれば、髪の毛に触れただけでも切れてしまうだろうな。

 鎌の形をした髪が、俺の首を取ろうと横薙ぎに振るわれる。

 体勢を低くして彼の一撃を躱した。そしてすかさず足を前に出して足払いをかける。

「グアッ!」

 放った足はアーシュさんの足に当たり、彼は顔面から地面に倒れようとした。

 よし、バランスを崩したうちに背後から攻撃だ。

 次の手を考えている最中、アーシュさんが予想外の行動に出る。

 髪の毛の束を八つに分けると、それらを地面に突き刺す。地面に深く突き刺さり、足場を固定すると蹴りを放ってきた。

 思っていたのよりも早かったが、目で終える程度の速さだ。彼の足首を掴むと、直撃を避ける。

「放せええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 アーシュさんが叫ぶ。すると今度は二つの髪の束が地面から抜け、俺の肉体を貫こうとする。

 この魔法を使うのは、少しだけ気が引けるけれどしょうがないよな。

「ヘヤレス」

 スキンヘッドの男のときに使った毛無しの魔法を使う。

 すると、魔法の効果が発動し、彼の頭部から毛が抜け落ちる。二つの髪の毛の束は、俺の肉体に接触する前に地面に落ちた。

 アーシュさんに視線を向けると、彼の頭はロングからボールドヘッドに変わり、身体を支えていた髪を失ったことで、無様にも顔面を地面にぶつけて倒れていた。

「アーシュさん。ごめんな。髪なんかで攻撃するから、これしか対処法が思い浮かばなかった」

 彼が髪の毛を大事にしている人であれば、申し訳ないことをしたと本気で思っている。なので、念のため彼に謝った。
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