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第二章

第四話 マリー! どうして俺を攻撃する! お前のものにならないからと言って八つ当たりはやめてくれ!

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 背後を見ると、マリーが今にも鞭を叩きつけようとしていた。

「おい、マリー。それは何の冗談だ?」

 俺は彼女に問う。しかしマリーは返答をすることなく、振り上げていた腕を振り下ろす。

 その瞬間、俺は後方に飛んだ。ギリギリで回避をすると、鞭が地面と接触し、バシッと音を奏でる。

「レッサーデーモン! あなたはこのワタクシが倒してみせますわ!」

 そう言いながら、マリーは俺に向けて鞭を放つ。

 どうやら彼女もレッサーデーモンと同様に、何者かの攻撃を受けて幻覚を見ているようだ。このままだと、俺も幻覚を見せられるかもしれない。俺までも幻覚を見てしまえば、仲間同士で殺し合うことになる。

 やれやれ、何だか面倒臭い展開になってしまった。

「ブレイン――」

 魔法を唱えようとした瞬間、マリーが鞭を放ち、俺の呪文を遮った。

 彼女の攻撃は地面に触れると、線が描かれる。

 マリーの武器である鞭は、元々は拷問器具として使われていた。殺傷能力はないものの、上手く扱うことができれば皮膚にダメージを与え、苦痛により動きを止めることができる。

 彼女を見ると、鞭を後方に下げていた。再び俺を攻撃するつもりなのだろう。

 こいつは参ったな。マリーの素早い攻撃の前には、俺の呪文を唱える隙すら与えてくれない。

 再びマリーが鞭で攻撃をしてきた。どうやら俺の足下を狙っているようで、低めの攻撃をしてくる。

 軌道を読んだ俺は、彼女の攻撃を跳躍して躱す。再び鞭は地面に接触すると線を描いた。

「参ったなぁ、マリーを攻撃するのは気が引ける。だけどそもそも、魔法を唱えようにも遮られてしまうから、どっちにしろ攻撃は難しいか」

 彼女は基本的に俺の足元を狙った攻撃をしてくる。そのお陰で攻撃を躱すのは容易だ。

 だけど逃げてばかりだと何も進展はしない。何か解決策を考えなければ。

 思考を巡らせていると、俺は壁側に追い詰められていることに気づく。そんなとき、マリーの攻撃パターンが変わった。足もとを狙う攻撃から、俺の首付近を狙うように攻撃をしてくる。

 身体を屈ませて攻撃を躱すと、壁に線が描かれる。

 その後もマリーの猛攻が続き、このフロアは、彼女の立てた爪痕がそこら中にあった。

 鞭の軌道を読ませないようにするためか、マリーは鞭をしなやかに動かし、先端を前後左右に向ける。

 どうにか鞭の軌道を読もう。絶対に彼女の動きに食らい付いてみせる。

 眼球を素早く動かし、鞭の動きに追いつく。

 よし、これなら上手く行きそうだ。

「仕方がない。防戦一方というのも格好が悪いし、ケガをしても俺の魔法で回復させる。だから少しは我慢してくれよ」

 マリーが鞭を手元に引き寄せた瞬間に隙が生じる。

 魔法を撃つなら今だ!

「ファイヤーボール」

 一瞬の隙を突き、呪文を唱えた。生み出された火球は彼女に向って行く。

 だが、ギリギリのところで躱されてしまった。

 部屋の壁に沿ってマリーは駆けだす。

「アイシクル」

 今度は氷の魔法を唱え、三角柱の氷を出現させた。

 この魔法は一直線にしか進まない。正確に狙わないと当てることができないだろう。

 壁に沿って走るマリーの動きに注視しつつ、俺は氷を飛ばした。

 彼女の動きを読んだ上での発射だ。今度こそ当たる。

 そう思っていた。しかしマリーは急に足を止めると、逆回転で走り始める。

 その結果、俺の魔法は標的に当たることなく熱で焦げた壁にぶつかり、突き刺さった。

 先ほどファイヤーボールが当たった場所と同じだ。

 炎と氷を交互に放つが、マリーに当たることなく、時だけが過ぎていく。

「シロウ、そろそろ終わりにしましょう」

 彼女が俺を攻撃し始めて、数分振りに口を開いた。彼女の言葉を聞き、俺は口角を上げる。

「ああ、そろそろ終わりにするとしよう」

 マリーが再び鞭をしなやかに動かし、俺に攻撃の軌道を読ませない。俺はいつ来ても躱せれるように、鞭の動きを目で追う。

 しかし、マリーの鞭捌きのほうが早かった。気がつくと俺の身体には鞭が巻き付き、身動きが取れない状態にある。

「さぁ、決めますわよ」

「させるかエンハンスドボディー」

 俺は肉体強化の呪文を唱えた。するとマリーは、火事場のバカ力を出したのか、鞭を使って俺を一時的に空中に浮遊をさせると、通路側の壁に向けて投げつける。

「ファイヤーボール!」

 目の前に大きめの火球を生み出し、壁に向けて放つ。

 別に反動で衝撃を和らげようとしているわけではない。壁を攻撃しているのだ。

 火球が壁に触れた瞬間、壁は崩れて砂のようになる。

 そう、俺は最初からこれを狙っていた。

 壁の中から二人組の男女が姿を現す。

 一人は赤い髪のツーブロックで鎧を纏っている男、もう一人は杖を握っている紫髪の女だ。

 二人は驚いた表情を見せている。女は両手に杖を持っていた。あの形状の杖は確か幻覚の杖。なるほど、あの杖の効力で、レッサーデーモンが一時的に幻覚を見せられ、俺を襲ってきたのか。

「レオ、エリナ!」

「どうして俺たちがここに隠れていることがわかった! それにお前たちは、杖の効果で仲間同士、殺し合っていたはず!」

 動揺しているようで、レオが声を荒げる。

「それはワタクシが気づいたからですわ」

 俺の隣にマリーがやってくる。

「ワタクシはあなたたちの幻覚にかかった振りをしていましたのよ。レッサーデーモンが倒れたあと、光が漏れていることに気づきましたの。状況から考えて、何者からの攻撃であり、おそらく幻覚を見せられていると感じたワタクシは、幻覚を見ているかのように演じましたわ」

「そして、どうして幻覚にかからなかったのかと言うと、脳の治療を行うブレインセラピーは、予防効果もある。最初にレッサーデーモンにかけたときに、俺とマリーにも同じ魔法をかけていた」

 マリーに引き続き、どうして幻覚にかからなかったのか、その説明を俺は言う。

「ですが、本当に苦労しましたわ。あなたたちを欺くためとは言え、シロウに鞭を向けることになってしまいましたもの。ワタクシ、胸が張り裂けそうな思いでしたわ」

「でも、先にマリーが気づいてくれて助かったよ。攻撃しているふりをしながら地面に文字を書くなんて」

 マリーは俺に攻撃をする振りをしながら、地面や壁に文字を書いていた。もちろんレオたちにバレないように、バラバラにだ。

 そして最後に、彼女は鞭をしなやかに動かし、鞭の先端で文字を読む順番を示した。

 すると、『あのかべにてきあり』と書かれていたのだ。だけどダンジョンの壁というのはとても分厚く、そう簡単には壊せれない。そこで俺は、異世界の知識を利用して壁を風化させたのだ。

 炎と氷で壁に温度差を生じさせれば、壁を構築している鉱物がバラバラになる性質を利用し、壁に穴を開けた。

「ありがとうな」

 彼女にお礼を言うと、マリーは顔を綻ばせる。

「こ、これはパーティーなのですもの! シロウのお役に立つことをして当然ですわ!」

 喜んでいる彼女から視線を外すと、今度はレオたちを見る。

「さて、どうしてこんなことをした。話を聞かせてもらってもいいか?」

「うるさい! どうしても、こうしても、すべてお前たちのせいだ! お前たちのせいで、俺は借金を背負うことになった! そのうえ降格して、俺の世間の評価はダダ下がりだ!」

 こちらに指を向けながら、レオは吼える。

 彼の言葉を聞き、俺は小さく溜息を吐いた。

 全部自業自得じゃないか。まさか、彼がこれほど器の小さい男だとは思わなかったよ。

 きっかけを作ってしまったのは俺かもしれないが、最終的に行動に出たのはレオだ。

 彼がマリーを引き止めれば、マネットライムのいる洞窟に入ることはなかった。それに洞窟の中に入ってしまったとしても、こうなる未来を避けるポイントはあった。

 マリーが襲われそうになったとき、彼女を助けて一緒に逃げてさえいれば、俺はマリーを助けることはなく、無許可でダンジョンの中に入っていたことを知らずに、ギルドマスターに話すこともなかった。

 レオの行動のすべてが自分に返ってきていることに気づいていない。

「何を人のせいにしているのですか、レオ! 今のあなたに降りかかっているできごとは、すべてあなたが蒔いた種の結果ではないですか!」

 どうやってそれをさとすように誘導しようかと考えていると、マリーが直球でレオに言う。

「何だと! もう一度言ってみろ! この結果は俺のせいだと言うのか!」

「ええ、何度でも言ってあげますわよ。今の状態はあなた自身が招いた結果ですわ! それをシロウの責任にするなんて。あなたがそんなに器の小さい男だなんて思いもしませんでしたわ」

「このやろう!」

 レオが拳を振り上げた。

 まさか、マリーを殴ろうとしているのか! それはいくら何でも男として最低の行為だぞ。

 マリーの腕を引っ張り、彼女を俺の背中に隠す。そして俺は肉体強化の呪文を唱えようとして口を開いた。

 すると、不思議なことにレオニダスの動きが止まった。そして次第に顔色が悪くなっていく。

『お前は見覚えがあるぞ! よくも我の卵を壊してくれたな! 子どもの仇だ!』

 背後からレッサーデーモンの声が聞こえ、振り返る。

 目を覚ました魔物がレオたちを見ていた。

『赤ちゃんの仇!』

 レッサーデーモンは俺の横を通り過ぎるとレオたちに迫る。

「くそう! 覚えておけよ! 絶対にお前を俺と同じ目に遭わせてやるからな!」

「卵を壊してごめんなさい! でも、これはレオのせいなんです! 私は彼に無理やりさせられたの! だから許して!」

 標的が自分たちだと認識した彼らは、脱兎の如くこのフロアから逃げて行った。










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