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第十章

第九話 カレンニサキホコルの思惑

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~カレンニサキホコル視点~





「ああ、やってやるさ。絶対にナナミの体からお前を追い出し、ナナミを救ってみせる!」

 シャカールの迷いのない言葉を聞いた瞬間、妾は安心した。

 妾はシャカールと言う男がどれほどのものなのかを試すために、敢えて焚きつけるような言葉を発したが、まさかこれ程強い思いで言葉を放つとはな。

 ナナミは良い兄貴分を持ったものよ。

『そうか。なら、お手並拝見と行こうかのう。お主がどうやって妾をこの肉体から追い出すことができるのか楽しみにしておる』

 捨て台詞を吐くと、妾はシャカールの隣を通り過ぎ、扉を開けて廊下に出た。

 さてと、やつが妾を消す資料を探している間に、妾は自身がすべきことをするかのう。

「ナンバー0773、こっちから、変な声が聞こえたのだが、何か知らないか?」

 扉の前で待ち構えていると、思った通りに研究所の職員が来よった。

 やはり、あやつの声は響いておったか。やれやれ、世話の焼けるやつじゃ。

『あの声を妾じゃ。ちょっとネズミを見つけてしもうてのぉ。はしたなかったが、つい、声を荒げてしまった』

「お前の声だったのか? やけに低い声だったような?」

『お主はオナゴに夢を見過ぎじゃ。妾だって、時には男のように低い声を出してしまう。そんなことにも気付かないとはな。それだから、お主は年齢=彼女居ない歴=童貞なのじゃ』

「童貞は関係ないだろうが! 俺に彼女が居ないのは、俺の魅力に気付けないバカな女共ばかりいるからだ!」

 顔を真っ赤にしながら、職員の男は憤慨の声を上げる。

 やれやれ、モテない男の典型的なセリフじゃな。ちょっとはシャカールを見習ったらどうだ。

『とにかく、ここには何もなかった。だからさっさと仕事に戻れ。でなければ、お主がサボっておったと、所長に言いつけてやるぞ』

「チッ、調子に乗りおって。被験体モルモットの分際の癖に。良いか! お前がふんぞり返っていられるのは、レースに勝っているからだ! 1回でも負けてみろ! お前なんか薬漬けで思考回路を飛ばした上で、俺の性奴隷にしてやるからな!」

『おお、怖い、怖い。だが安心しろ。そのような未来は来ぬのでな』

 不機嫌そうな顔をしたまま、職員の男はこの場から離れて行く。

 さて、これでしばらくはこの部屋に近付く者は居ないだろう。

(ねぇ、どうしてゼロナにいに協力してくれるの?)

 脳内にナナミの声が響いた。どうやら彼女が目覚めたみたいじゃ。

 それにしても、今の口調からして、シャカールとのやり取りを聞いておったな。全く、抜け目のない子じゃ。

 妾が心の中で呟く。こうすることで、ナナミとの会話が成立する。

(ナナミ、目が覚めたようじゃな。さて、どうする? お主が表に出るか?)

(まだカレンニサキホコルさんがナナミの体を使って良いよ。ナナミが表に出て、もし、またゼロナ兄の顔を見たら、一緒に居たいって気持ちの方が強くなってしまうもの)

 どうやら、まだこの肉体を借り受けることができるらしい。

(話を戻すけれど、どうしてゼロナ兄に協力してくれるの? だって、ナナミの体から追い出されたら、カレンニサキホコルさんは行き場を失ってしまうんだよ。下手したら、消滅してしまうかもしれない)

(何を言っておる。そもそも、この肉体はお主のものじゃ。それなのに、くだらない実験のせいで、お主の生活は一変してしまった。妾は異物じゃ。ウイルスのようなもの。肉体を蝕む前に、追い出さなければならぬ。それが本来あるべき姿なのだから)

(カレンニサキホコルさんは異物じゃないよ! ナナミは、カレンニサキホコルさんに感謝しているよ。だって、カレンニサキホコルさんのお陰で、ナナミは走者として、走るためのコツとか教えて貰ったし、勝負時の駆け引きも教えてもたった。だからこれまでのレースで優勝できたし、ある程度は自由に動ける権利ももらえた。今のナナミでいられるのは、カレンニサキホコルさんが居てくれたからだよ!)

 ナナミの訴えに、心に来るものがあった。

 全く、熱く語りおって。そんなことを言われたら、未練が残るではないか。

 妾はナナミの肉体には居ってはならない存在。だから妾はこの世界での魂の消失を望んでおる。そして正しい世界に戻り、今度こそ、カレンニサキホコルとしての正しい在り方のある馬生を過ごしたい。

(嬉しいことを言ってくれる。じゃが、それは甘えじゃ。今は右も左も分からないから甘えても良い。じゃが、これから先は自分で考え、そして行動をするのじゃ。妾に甘えてばかりじゃと、走者として成長できぬ。お主には、お主のことを大事に思ってくれておる下ネタ番号がある。何かあった時は、妾ではなくあやつに頼るのじゃ。あやつなら、なんとかしてくれる)

(下ネタ番号って、ゼロナ兄のことだよね? どうして下ネタ番号になるの?)

 ナナミの言葉に、妾は一瞬だけ言葉を失う。

 こやつ、気付いておらぬのか? いや、いくら研究所で育ったとは言え、ちょっとした性知識くらいは身に付いていそうなものなのじゃが。いや、深くは考えないでおこう。

 口走ってしまっては、藪をつついて蛇を出すことになりそうじゃ。

(ナナミは気にしなくて良い)

(えー、どうして教えてくれないの! 他の研究所の人たちも、教えてくれないんだよ! カレンニサキホコルさんだけが頼りなの! だから、教えてよ!)

 うーん、困った。こんなに純粋な少女を汚す訳にはいかぬ。

(分かった。なら、お主が成人したら、その時に教えようではないか)

(本当! 約束だよ!)

(ああ、約束じゃ)

 ふぅ、これでひとまずは安心じゃな。彼女が成人する頃には、妾は消滅しているはず。これで、妾がナナミを汚すことがなくなるじゃろう。

 ナナミとの会話がひと段落していると、所長が血相を変えてこちらに向かって来た。

「ナンバー0773、こっちにナンバー0721が来なかったか?」

 どうやら、所長はシャカールのことを探しているようじゃな。でも、こやつをあの部屋に近づけさせる訳にもいかぬ。

『下ネタ番号なら、さっき上の階へと上がって行くのを見たぞ。どうやら妾を探している様子じゃったな』

「あいつ、この隙にナンバー0773を連れ出そうと考えておったのか。良いか、お前は資料があるあの部屋に閉じこもっていろ。鍵を渡しておく」

 所長はポケットから資料室の鍵を手渡した。

 ほぅ、これは予想外の展開じゃ。どうやら風はこちらに向いているようじゃな。これでシャカールが資料を探す時間を伸ばすことができる。

 所長に気付かれない程度に、妾は口角を上げた。
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