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第九章

第三十五話 エコンドル杯②

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 ゲートが開き、俺は走り出す。

 今回のレースは、何がなんでも負ける訳にはいかない。

『ゲートが開き、一斉に走者が走り出します。先頭ハナに立ったのはなんとコールドシーフだ! 彼女が逃げるとは、珍しい!』

『コールドシーフは、基本的には追い込みの脚質なのですが、何かをする時に限って脚質を変えます。なので、今回もまた、何かをするつもりでいるのでしょう』

 実況担当のアルティメットと、解説担当のサラブレットの声が耳に入ってきた。

 コールドシーフは、基本的には後方で待機する脚質なのか。なら、どうして今回は逃げている?

 彼女の走りに不審に思っていると、彼女はポケットから平べったくも、四角い物体を複数取り出した。

「アタシからのギミックプレゼントだ! 今からコールドシーフ様のグラビアチェキをばら撒くぞ! 中には、際どい水着を着ているものもあるからな! 血眼になって探せ! もし、見つけることができたら、アタシのおっぱいを揉む権利を与えてやろう!」

「何! それは本当か!」

「くそう。本当なら嫌なのだから、ギミックである以上は仕方がない。コールドシーフの際どい水着チェキを探せ!」

「どこだ! どこにあるんだ!」

『おっと! ここでいきなりコールドシーフの先制攻撃だ! 彼女が勝手に作ったギミックにより、シャカール走者以外の男性走者は全部が彼女のグラビアチェキを物色し始める!』

『観客席からもブーイングは鳴り止みません。特に女性客の声が酷いですね。まぁ、その気持ちは分かりますが』

 彼女の妨害は、俺を除いての男子走者にクリティカルヒットしたようだ。彼女の攻撃を回避できたのは、俺と女性走者のみ。

 それにしても、あいつらアホだな。コールドシーフが簡単に胸を揉ませる訳がないだろう。

 夏の強化合宿の間、俺はコールドシーフと同じ屋根の下で暮らしていた。なので、彼女の性格は分かっているつもりではいる。

 コールドシーフは自分の願望を叶えるためには手段を選ばない。そして意外とガードが硬い女性だ。

 きっと、グラビアチェキと言うのは本当でも、際どい水着をばら撒いていると言うのは嘘だろう。もし、存在していたとしても、彼女が肌に離さず持っているはずだ。

「くそう! どれもこれもワンピースタイプの水着ばかりだ! どこに際どい水着チェキお宝が隠されている!」

「おっぱいを揉む権利は俺のものだ! 誰にも渡さねぇ!」

 後方からアホたちの声が聞こえてくる。

 それにしても、開始早々殆どの走者が脱落状態だな。まだ最初のギミックにも辿り着いていないのに。

 彼女の攻撃を回避できたのは、全員で5人か。

 最初のギミックエリアに向かって走ると、先頭を走っているコールドシーフが速度を下げて俺と並走してきた。

「くそう、どうしてお前には効果がないんだよ! アタシのグラビアチェキだぞ! 持っているだけでオカズにできるだろうが!」

「俺をあいつらと一緒にするな。あんなもので惑わされる訳がないだろう」

 弱みを見せないためにうそぶく。

 確かに俺に対しては効果がなかった。しかしそれはグラビアチェキ以上の刺激を受けている生活を送っているからだ。

 クリープに抱き締められ、顔を胸に埋めたり、浴室でサザンクロスの裸体を見たりと強い刺激を受けている。なので、今更グラビアチェキ程度では心が揺れ動かされるようなことはない。

 もし、過去にラッキースケベが起きていなかった場合は、どうなっていたのか分からない。

「そうかよ。なら、こいつはどうだ!」

 コールドシーフが服に手を突っ込むと、胸の谷間に隠していたと思われるものを取り出した。

 それはチェキだった。チェキに映っているのはコールドシーフであり、ほとんど紐のような水着だった。

「こいつをくれてやる。受け取れば、アタシのおっぱいが揉み放題だ」

「断る」

「即断るのかよ! 少しくらい動揺してくれないと、アタシが傷付くのだけど!」

 目を隠す仮面で、彼女がどんな表情をしているのかは分からない。だけどおそらく睨みつけているだろう。

 コールドシーフは何をしてくるのか分からないやつだ。欲望に負けて受け取れば、それをネタに脅しをかけてくるかもしれない。

 危険な橋は渡らない方が良い。

「俺は際どい水着よりも、全裸の方が興奮する。だからお前の全裸の写真をくれよ」

「いや……全裸は流石に……裸を見せるのはやっぱり愛し合う仲になった人に……って、何を言わせるんだ! バーカ! バーカ! 馬に蹴られて死んでしまえ!」

 全裸のチェキをくれと要求すると、コールドシーフは俺を罵倒してきた。

 何か大切な物を失ったような気もするが、俺の言葉が彼女の心を揺さぶった。その結果、コールドシーフの走りに乱れが生じている。

「くそう! 走りながら声を上げたせいで、いつもよりも疲れてしまったじゃないか。どう責任とってくれるんだ」

「なら責任を取ってお前の胸を揉んでやろう」

「アホ!」

 俺の精神的ダメージと引き換えに、彼女の走りを乱し、体力を奪っている。果たして、この長距離戦の中で、スタミナが持つかな。

『さぁ、ここで最初のギミックです』

『このギミックは次々とコンドルが襲いかかって来るのですが、コールドシーフのギミックと比べると、なぜか見劣りしているのは気のせいでしょうか?』

 ようやく最初のギミックに辿り着いたか。

 次々とコンドルが上空から翼で打ってきたり、嘴で突き刺そうとしてくるが、軌道は一直線なので、躱すことは容易だ。

「さぁ、ここでコールドシーフちゃんによるサポートだ! 見劣りするギミックを盛り上げてやろうじゃないか!」

 声を上げると、コールドシーフは再びポケットに手を突っ込み、何かを俺に向けて投げ付ける。

 これは、動物の死肉を細かく切ったものか?

 投げ付けられたものを認識した瞬間、ギミックのコンドルたちが一斉に襲いかかってきた。四方八方から攻められ、逃げ道はほとんどない。

「マジかよ」

 囲まれるようにして一斉に責められ、俺はどうしたものかと悩んだ。

 さて、この状況をどうやって打破しようかな。
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