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第五章

第九話 トリプルクイーンのチェリーブロッサム賞

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 タマモとウイニングライブのやり取りを見守っていると、彼女たちの会話に1人の女の子が割って入って来た。

 長いロングの黒髪に頭部には小さい2本の角が生え、背中からは黒い翼が生えている。

 翼が悪魔ではないが、きっと魔族の子だろう。魔族には黒鳥の羽を持つ者もいる。

 彼女の制服のリボンの色は赤色と言うことは同級生か。顔に見覚えがないので、他のクラスなのは間違いない。

「すみません。ビラを貰っても良いですか?」

 女の子は聞こえなかったと思ったのだろう。先程よりも強めの口調で、もう一度ビラが欲しいと告げる。

「あ、ごめんね。はい、どうぞ。ライブをするので、お友達を誘って観に来てください」

 アイドルスマイルを浮かべながら、ウイニングライブは手に持っていたビラを女の子に渡す。

「ありがとうございます! 例え嵐が来ようが、世界が滅ぼうが、絶対に観に行きます!」

 女の子は興奮しているのか、少し鼻息を荒くしながら縁起でもないことを口走る。

「それと、ウイニングライブさんは、チェリーブロッサム賞に出られるのですよね! わたしもそれに出場するんです! ウイニングライブさんと一緒に走れるなんて光栄です!」

「本当! それは楽しみ! まさかファンの子と一緒に走ることができるなんて夢みたい! お互いに楽しみながら走りましょう! えーと、あなたのお名前は? いつも最前列でライブを見てくれているから、顔を覚えているのだけど?」

「わたしの名前はシャワーライトって言います!」

 ウイニングライブが笑顔で訊ねると、女の子は自分の名前を告げる。

「ウイニングライブさんがわたしのことを覚えてくれて幸せです。ああ、興奮して鼻血が」

 シャワーライトと名乗った女の子の鼻から、赤い液体が流れ出て来る。

「ごめんなさい。急いで保健室に向かうので、わたしはこの辺で」

 軽くお辞儀をすると、シャワーライトはこの場から去って行く。

「あの子本当に大丈夫かしら? ライブを観に来る度に鼻血を出して倒れているから、一番印象に残っているのよね」

 心配そうな顔をしながら、ウイニングライブはシャワーライトが向かった昇降口の方を見る。

「チェリーブロッサム賞……か……あの時転んでいなければ、あたしも出られたんだろうな」

 ポツリとタマモが呟く声が耳に入る。彼女の右足は無限回路賞で転倒した際に骨折してしまった。そのせいで、2ヶ月間は走ることを医者から止められている。

「チェリーブロッサム賞、絶対に負ける訳にはいかないわ。トリプルクイーンが、手の届くところまで来ているのだから」

 タマモに続き、今度はウイニングライブが呟く。

「ウイニングライブって2冠を取ったのか?」

「あれ? 今の聞こえちゃった? うん、私は去年、トリプルクイーン路線の『ティアラ』と『シュウカ』で1着を取っているの。だから次のチェリーブロッサム賞は、絶対に負ける訳にはいかないんだよ。私が3冠を取ってトリプルクリーンになれば、逃げ切りシスターズの知名度も上がるし、多くのファンを走りと歌と踊りで元気づけられるからね。去年のチェリーブロッサム賞は、タマモちゃんみたいに怪我をして出場できなかったから」

 2冠を取った彼女は、俺が訊ねてもいないことを次々と語り出す。

 だけど、確かにクラウン路線やトリプルクイーン路線で3冠を取れば、それだけで影響力はでかい。誰もが放って置けない存在となるだろう。

 まぁ、興味のない俺からしたら、どうでも良い話しだけどな。

『ゴーン! ゴーン! ゴーン! ゴーン』

「あら? 予鈴が鳴ってしまいましたね。早く教室に行かないと遅刻してしまいますよ」

 予鈴の鐘の音が鳴った瞬間、クリープがおっとりとした口調で急いだ方が良いと告げる。

「そうだった! 私、次に遅刻したら早朝からのビラ配りを禁止にされるんだった! それじゃあ私はこれで失礼するよ。良ければライブを観に来てね。きっと後悔はさせないから!」

 聞いてもいないことを口走ると、ウイニングライブは踵を返して走り、昇降口へと駆けて行く。

「あたしたちも急ぎましょう。学級委員長が遅刻するなんて、クラスメイトたちに示しがつかないわ」

「おい、お前は走れないだろう……たく面倒臭いことをさせやがって」

 俺はタマモの腕を掴むと、そのまま勢い良く持ち上げて彼女をお姫様抱っこする。

「きゃっ! 何をするのよ!」

「遅刻したくないんだろう? なら少しの間くらい我慢しろ」

「あら、あら? タマちゃん、シャカール君にお姫様抱っこされて羨ましいですね。ママもされたい。やっぱり、シャカール君は、良い子に戻れる素質がありますね」

 俺の行動を見て、クリープが茶化してくるが、今はそんなことは関係ない。地を蹴って急いで走り、昇降口を抜けるとそのまま教室へと向かう。

 その後、どうにか担任教師が来る前に教室の前に辿り着き、抱き抱えていたタマモを下す。

 さすがにお姫様抱っこをされた状態で教室に入るのは、彼女の学級委員長として面子が潰れてしまうだろう。

「ありがとう。一応礼だけは言っておくわ。」

 俺に抱き抱えられたことが恥ずかしかったのか、タマモは頬を赤らめながら礼を言ってくれた。

 少し前の彼女なら『女の子の体を触りたかったからこんなことをしたのでしょう。変態! さすが年中発情期種族! 死ね!』などと言って、睨み付けながら俺に暴言を吐いていたかもしれない。

 これもカリキュラムで同居生活をしたお陰なのかもな。

 少しだけタマモとの心の距離が縮まったような気がした。
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