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第三章

第四話 レーサーなのにモンスターと戦うことになりました

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 レース会場へと向かっている最中の森で、俺たちを乗せた馬車はモンスターと遭遇してしまった。

 モンスターが現れたことを教師が告げると、馬車の中は混乱が起きる。

 突然の不幸に嘆き悲しむ者、今すぐにでも飛び出して逃げ出そうとする者、恐怖で思考が停止しているのか、その場で白目を剥いて意識を失っている者などもおり、馬車の中はカオス状態だ。

 教師が馬車から飛び出し、俺は窓から外の様子を伺う。

 前方には、ブタゴリラのようなモンスターが、棍棒を持って立ち塞がっている。

 頭部はイノシシで鋭い牙を持ち、下半身は筋肉隆々の鍛え上げられた肉体をしている。

『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

 まるで理性のない獣のような雄叫びを上げる生き物は、間違いなくモンスターだ。

 確かあれらの特徴を持つモンスターは、デスファンゴと呼ばれるモンスターだ。

「ファイヤーボール!」

 引率の教師が火球を放つ。しかし、彼の魔法はデスファンゴが横薙ぎに振った棍棒の風で掻き消されてしまう。

「何だと! 私の火球を掻き消しただと!」

 炎と言うのは風に弱い。炎の元となるものは、可燃ガスと呼ばれる物だ。小さい火球では、風を受けたことで内部の可燃ガスが吹き飛ばされ、燃焼が止まってしまう。

 あのデスファンゴは、本能でそれを感知して、直ぐに対応してきたのだろう。

 意外と知恵があるみたいだな。案外ブタゴリラよりも頭が良いのかもしれない。

「グアッツ!」

 そんなことを考えている間に、デスファンゴが振るった棍棒が教師の腹部にぶつかる。モンスターの攻撃を受けた彼は後方に吹き飛ばされた。そして木に激突すると、意識を失ってしまったのか、その場から動こうとはしない。

「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ! 先生!」

 引率の先生が倒されたことで、馬車の中にいる女子生徒が悲鳴を上げた。

 このままでは不味い。何もしなければ、俺を含めてこの場にいる全員は、あのモンスターに蹂躙されて殺されてしまう。

 くそう。こんなところで死んでたまるか!

 馬車の扉を開けて外に飛び出す。

「シャカール! 何をするつもりなの!」

 馬車から飛び出した俺を見て、タマモが声を上げる。

「俺はこいつをこの場から引き剥がす。倒すことは無理でも、時間を稼ぐことはできるだろうからな」

「無茶よ! もし、足に大怪我をしたら、二度と走れなくなるかもしれないのよ!」

「ここで殺されたら走るどころの話しではないだろう! タマモは先生の代わりに司令塔になってくれ。学級委員長のお前ならできるはずだ!」

 タマモに指示を出し、モンスターの方を見る。

 まずは狙いを俺だけに絞らせる必要があるな。

「スピードスター! エンハンスドボディー!」

 俊足の魔法で足の筋肉の収縮速度を早くして一気にモンスターの懐に入る。そして肉体強化の魔法で脳のリミッターを外し、筋肉の抑制を無くした状態になった俺は、そのままモンスターにタックルをお見舞いする。

 やつに腹部に思いっきりぶつかった刹那、デスファンゴは後方へと吹き飛ぶ。

 これであいつが俺を一番の敵と認め、襲いかかってくれば良いのだが。

『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

 吹き飛ばされてゆっくりと起き上がったデスファンゴは、上空を見上げながら雄叫びを上げる。すると、俺を見ながら物凄いスピードで突っ込んで来た。

 どうやら俺を、最初に倒す敵として認識してくれたみたいだ。これなら、タマモたちが襲われる心配をしなくて済む。

「こっちだ! 薄鈍うすのろ! 悔しかったら捕まえてみろ!」

 敵を挑発しながら逃げる。既に俊足魔法の効果は切れている。速度アップのバフがない状態では、あのモンスターから逃げることはほぼ無理だろう。

 魔法を発動するには、もう一度魔力を練り上げて魔力回路全体に行き渡らせる必要がある。でも、そんなことをしている間に、あの素早いモンスターに捕まってしまう。

 だが、俺なら逃げ切れる自信がある。

 俺のユニークスキル、メディカルピックルは、これまで投与された薬の効果を薬物なしで引き出すことができる。つまり俺は、魔法なしでも足の筋肉の収縮速度を早くすることが可能だ。

「さぁ、追いかけて来い!」

 追いつかれる前に走ってとにかく逃げる。周辺にある木が道を塞いで邪魔だ。しかしこいつらを、何かのギミックや前方を走っている走者だと思い込めば、精神的負担は軽減される。

 木の間をすり抜け、フットワークを利かせながら逃げ続ける。

 後方から木が倒れる音が聞こえる。どうやらあのモンスターは、動物のイノシシと一緒で、基本的には真っ直ぐにしか走ることができないようだ。

 これなら、相手が自滅するのを待つこともできる。

 さて、どうやってこいつを倒そうか。

 思考を巡らせながらひたすら走っていると、前方に崖の壁があることに気付く。

 行き止まりか。

 壁の周辺は巨大な岩石が崩れて道を塞ぎ、袋小路の状態になっている。

 逃げ場所はないか。なら、ここで勝負を決める。

 速度を落として絶壁の前に止まると、踵を返してモンスターを待ち受ける。

 すると、鋭い牙を持つイノシシ頭の男の姿が見えた。やつは俺が逃げ道を失っていることに気付くと、勢い良く突っ込んで来る。

 イチカバチかだが、やってみるとするか。

 モンスターが距離を詰め、1メートルまで接近を許したあと、俺はその場で跳躍してデスファンゴの上を飛び越える。

 突然標的を見失ったモンスターは、その特性から急に立ち止まることができずに、岩壁に激突した。

 頭が壁の中にめり込んで出られないのか、やつは両手を壁に置き、足も使って頭を引き抜こうとする。

 滑稽な光景に思わず笑い声が漏れそうになるのを我慢し、両手を前に出す。

 魔力を練り上げ、全身の魔力回路に行き渡らせると、頭の中でイメージを膨らませる。

「パップ!」

 音の魔法を発動した瞬間、岩壁が崩れてモンスターの真下に落下し、敵を押し潰す。

 音による空気の振動だけで物を壊すには、空気の振動が対象物の強度を上回ればできる。この性質を利用し、俺は音の力だけで岩壁に穴を開け、その反動で岩を落とした。

 押し潰されたモンスターは死んだのか、地面に青色の血液が流れ、血溜まりを作る。

 これが魔族とモンスターの違いだ。魔族は人間と同じように赤い血をしているが、人形のモンスターの血は青色をしている。

「ふぅ、どうにか倒すことができたな。案外モンスターもたいしたことがないじゃないか」

 初めてのモンスターとの戦を終えて安堵していると、岩の間に赤い宝石のようなものが落ちていることに気付く。

「これってもしかして魔石ってやつか?」

 昔、この世界に多くの冒険者が居た頃、魔物を倒してはその魔石を使って強化をしていたと言う。

 とりあえずは、モンスターを倒した証として持っておくか。

 デスファンゴを倒し、来た道を引き返す。すると乗って来た馬車を発見した。

 タマモがテキパキと指示を出しており、気を失っていた先生は意識を取り戻したようで、生徒から頭に包帯を巻かれていた。

「どうやら、先生は意識を取り戻したみたいだな」

「シャカール!」

 馬車に戻ると、俺の存在に気付いたタマモが声を上げ、松葉杖を使いながらこちらに歩いて来る。

「バカ! あんたなんて無茶をしたのよ! 心配したのだから!」

 本気で心配をさせてしまったようで、彼女は目尻から涙を流していた。

 これは後でお説教コースになるだろうな。今から気が重い。

「本当に悪かった。でも、あのモンスターはきっちりと倒して来たから安心してくれ」

「何だって! あのモンスターを倒したと言うのか!」

 デスファンゴを倒したことを告げると、治療を受けていた教師が声を上げ、俺のところにやって来る。

「ほら、これがその証拠だ。魔石ってやつだろう。モンスターを倒した時に出て来るとか言われている」

 ポケットから先ほど入手した赤い宝石を見せる。

「俺も見るのは初めてだが、確かに論文に乗っているものと同じ形をしている。本当にあのモンスターを倒したのだな」

 教師が安堵の表情を見せると、俺に背を向けて生徒たちに声をかける。

「聞け! 運悪くモンスターと遭遇してしまったが、同乗してくれたシャカールのお陰でモンスターの危機は去った。本来であるなら、一度引き返すところだ。だが、ナイツ賞に向けて努力をしてきた者もいるだろう。よって、このまま前進する! すぐに馬車に乗り、出発するぞ!」

 先生が宣告すると、生徒たちは互いに顔を見合わせる。最初は無言であったが、数秒後には喜びの声を上げていた。

「やった! これで俺たち、レースに出られるんだな」

「ありがとうシャカール! 最弱種族なんてバカにして悪かったな。お前こそ、最高の走者だぜ! モンスター退治では右に出るものがいないな! さすが人族! お前は命の恩人だ!」

「ありがとう。本当にありがとう。今日のことは絶対に悪れないから、あなたのお陰で私、また走ることができる」

 生徒たちはモンスターと出会った恐怖よりも、レースに出られる喜びを分かち合っていた。

 さすが魔走学園の走者たちだ。レースに出場することを第一に考えているとは。

 直ぐに出発をするために次々と生徒たちが馬車に乗り込む。

 馬車の中でまたモンスターが出てきたらどうする? など話していたが、俺がモンスターを倒したと言う実績があるからか、全員が俺のことを信頼し、安堵の表情を浮かべていた。

 ナイツ賞が始まるまで時間は少ない。俺が頑張ったのだ。間に合わなければ、あの魔石を粉々に砕いて八つ当たりをしてやる。
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