75 / 82
最終章 果たされた約束
73話 重なる想い⑵
しおりを挟む
「とても綺麗だ。白のドレスもお揃いの帽子も、よく似合っているよ」
仄かに化粧を施された頬や目、そして瑞々しい唇に、エドガーの心臓が大きく跳ね上がる。繊細な花飾りがついた白い帽子に、黄緑色の珍しいレースがあしらわれた白いドレス。それらは、レインリットの緑色の大きな瞳や垂らされた艶やかな紅い髪を強調し、まるで可憐な白い花の妖精のようだった。
「ありがとうございます……気に入って、いただけましたでしょうか?」
「もちろんだ!」
エドガーはすかさずそう答えた。いつもそらんじていた、陳腐な賛美の言葉などではうまく言い表せないくらいにレインリットは美しい。その髪に指を通すと、するすると手触りのよい感触が指先から伝わってくる。何度かそれを繰り返しながら、エドガーは少しだけ躊躇して、それから静かに語り始めた。
「レインリット、私は君を騙していたわけじゃないんだ」
それだけは違う、とエドガーは目に思いを込めて訴える。何があっても嘘などないことを信じて欲しかった。抱擁を解き、レインリットを一人がけのソファに座らせ、傍に跪くと視線を合わせる。
「私たちが出会ったのは偶然だ、レイン。確かに私はソルダニア帝国陸軍の少佐で、ソランスターの調査を命じられていた。ファーガルのこともあって承諾したが……私はそもそも、君に一目惚れしたんだ」
「エドガー、さま」
「愛している」
エドガーは、レインリットが何か言う前に告げた。今までレインリットからは同じ言葉を返してもらったことはないが、だからと言って諦められるような想いではないのだ。膝に揃えられた手の甲に、エドガーは自分の手のひらを重ねてもう一度告げる。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ、君を愛している。閣下……お父上のために必死だった君も、凛とした貴族たらしめんとする君も、エーレグランツの景色を楽しんでいた君も」
エドガーは、恐る恐るレインリットの手を取ると、指を這わせた。何も言わないが、その緑色の瞳に見え隠れしているのは嫌悪ではないという確信があったから。
「その紅い髪をいつまでも梳いていたい、その緑色の瞳を独り占めしたい、その柔らかな唇に、何度でもキスをしたい」
エドガーの指は髪に触れ、頬に触れ、そして、艶やかな唇を掠める。まさに、蕩けるような熱い眼差しで、レインリットの緑の瞳を捉えた。
「レイン、君は……何故私に会いにきてくれたのか、聞いてもいいか?」
すると、レインリットは一度目を伏せた。拒絶するのか、と思った瞬間、エドガーの臓腑にぞわぞわとした嫌なモノが走る。どす黒くドロドロとした、決して見せられないような負の感情だ。
――駄目だ、嫌だ、嫌だ、拒絶しないでくれ、頼む。
エーレグランツの街屋敷のベランダで、シェーリンク行きの蒸気船の甲板で、ソランスターの屋敷で、お互いの間に確かに宿ったその想いを、間違いだと言わないでくれ、とエドガーは銀色の瞳に想いを乗せる。すると、レインリットはエドガーの手を握ると、その指先に小さくキスをした。
「エドガー様、私……愛していると、言ってもいいのですか?」
それは、レインリットが必死に守ってきたものと相反する想いだった。それに気づいたエドガーは、小刻みに震えるレインリットの身体に両腕を回した。
「言ってくれ、大丈夫だから、何度でも聞きたい」
「愛しています、エドガー様、いつからなんてわかりません、でも、私、その銀色の瞳も髪も、温かい手も、低い声も」
レインリットは、貴族としての義務と責任を重んじていた。それは美徳であったが、同時に枷となるものだ。エドガーが一方的に押し付けてきた好意が、どれだけその心を苦しめてきたのだろう。
「すまない、レイン。でも好きだ、愛してるんだ」
「私も、愛しています……ですが」
「今さら拒否なんてしないでくれ! 約束する、君と結婚できるように、必ず迎えに来る」
エドガーは言葉を切ると、その唇を塞ぐようにキスをした。温もりを分け合うように、甘やかな唇を食む。レインリットの甘い吐息がエドガーの情熱を煽り、いつまでも貪っていたいくらいに酔いしれる。
「待っていてくれ。絶対に君を迎えに来るよ、約束だ」
瞼に、頬に、鼻にキスの雨を降らせ、エドガーはレインリットの頬を両手で包む。柔らかで滑らかな頬は、ふんわりとして熱を持っていた。
「はい……いいえ、エドガー様」
「レインリット?」
「エドガー様、待てません。貴方が約束を守ってくださることは、頭では理解しているのです……ですが私は、確たる証が欲しいのです」
今度はレインリットがエドガーの頬に手を伸ばし、それから同じように、顔中にキスを落としていく。そして、とうとう唇に触れる瞬間
「エドガー様、私の心を、貴方に捧げます」
レインリットが、ソランスターの地に古くからある愛の言葉をエドガーに贈り、そしてゆっくりと唇にキスをしてきた。
仄かに化粧を施された頬や目、そして瑞々しい唇に、エドガーの心臓が大きく跳ね上がる。繊細な花飾りがついた白い帽子に、黄緑色の珍しいレースがあしらわれた白いドレス。それらは、レインリットの緑色の大きな瞳や垂らされた艶やかな紅い髪を強調し、まるで可憐な白い花の妖精のようだった。
「ありがとうございます……気に入って、いただけましたでしょうか?」
「もちろんだ!」
エドガーはすかさずそう答えた。いつもそらんじていた、陳腐な賛美の言葉などではうまく言い表せないくらいにレインリットは美しい。その髪に指を通すと、するすると手触りのよい感触が指先から伝わってくる。何度かそれを繰り返しながら、エドガーは少しだけ躊躇して、それから静かに語り始めた。
「レインリット、私は君を騙していたわけじゃないんだ」
それだけは違う、とエドガーは目に思いを込めて訴える。何があっても嘘などないことを信じて欲しかった。抱擁を解き、レインリットを一人がけのソファに座らせ、傍に跪くと視線を合わせる。
「私たちが出会ったのは偶然だ、レイン。確かに私はソルダニア帝国陸軍の少佐で、ソランスターの調査を命じられていた。ファーガルのこともあって承諾したが……私はそもそも、君に一目惚れしたんだ」
「エドガー、さま」
「愛している」
エドガーは、レインリットが何か言う前に告げた。今までレインリットからは同じ言葉を返してもらったことはないが、だからと言って諦められるような想いではないのだ。膝に揃えられた手の甲に、エドガーは自分の手のひらを重ねてもう一度告げる。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ、君を愛している。閣下……お父上のために必死だった君も、凛とした貴族たらしめんとする君も、エーレグランツの景色を楽しんでいた君も」
エドガーは、恐る恐るレインリットの手を取ると、指を這わせた。何も言わないが、その緑色の瞳に見え隠れしているのは嫌悪ではないという確信があったから。
「その紅い髪をいつまでも梳いていたい、その緑色の瞳を独り占めしたい、その柔らかな唇に、何度でもキスをしたい」
エドガーの指は髪に触れ、頬に触れ、そして、艶やかな唇を掠める。まさに、蕩けるような熱い眼差しで、レインリットの緑の瞳を捉えた。
「レイン、君は……何故私に会いにきてくれたのか、聞いてもいいか?」
すると、レインリットは一度目を伏せた。拒絶するのか、と思った瞬間、エドガーの臓腑にぞわぞわとした嫌なモノが走る。どす黒くドロドロとした、決して見せられないような負の感情だ。
――駄目だ、嫌だ、嫌だ、拒絶しないでくれ、頼む。
エーレグランツの街屋敷のベランダで、シェーリンク行きの蒸気船の甲板で、ソランスターの屋敷で、お互いの間に確かに宿ったその想いを、間違いだと言わないでくれ、とエドガーは銀色の瞳に想いを乗せる。すると、レインリットはエドガーの手を握ると、その指先に小さくキスをした。
「エドガー様、私……愛していると、言ってもいいのですか?」
それは、レインリットが必死に守ってきたものと相反する想いだった。それに気づいたエドガーは、小刻みに震えるレインリットの身体に両腕を回した。
「言ってくれ、大丈夫だから、何度でも聞きたい」
「愛しています、エドガー様、いつからなんてわかりません、でも、私、その銀色の瞳も髪も、温かい手も、低い声も」
レインリットは、貴族としての義務と責任を重んじていた。それは美徳であったが、同時に枷となるものだ。エドガーが一方的に押し付けてきた好意が、どれだけその心を苦しめてきたのだろう。
「すまない、レイン。でも好きだ、愛してるんだ」
「私も、愛しています……ですが」
「今さら拒否なんてしないでくれ! 約束する、君と結婚できるように、必ず迎えに来る」
エドガーは言葉を切ると、その唇を塞ぐようにキスをした。温もりを分け合うように、甘やかな唇を食む。レインリットの甘い吐息がエドガーの情熱を煽り、いつまでも貪っていたいくらいに酔いしれる。
「待っていてくれ。絶対に君を迎えに来るよ、約束だ」
瞼に、頬に、鼻にキスの雨を降らせ、エドガーはレインリットの頬を両手で包む。柔らかで滑らかな頬は、ふんわりとして熱を持っていた。
「はい……いいえ、エドガー様」
「レインリット?」
「エドガー様、待てません。貴方が約束を守ってくださることは、頭では理解しているのです……ですが私は、確たる証が欲しいのです」
今度はレインリットがエドガーの頬に手を伸ばし、それから同じように、顔中にキスを落としていく。そして、とうとう唇に触れる瞬間
「エドガー様、私の心を、貴方に捧げます」
レインリットが、ソランスターの地に古くからある愛の言葉をエドガーに贈り、そしてゆっくりと唇にキスをしてきた。
0
お気に入りに追加
3,789
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~
三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた!
しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様!
一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと!
団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー!
氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
快楽のエチュード〜父娘〜
狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい……
父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。
月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる