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最終章 果たされた約束
72話 重なる想い⑴
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本国からの艦隊が到着し、いよいよ二日後に帰ることになった。これからエドガーは益々忙しくなる。ウィリアム・キーブルやディーケン教導師、そしてウィリアムに追従した元軍人たちを徹底的に取り調べ、魔薬の取引先なども洗い出さなければならない。エドガーはその中心になり、指揮を執ることが決まっていた。
「少佐、そんな浮かない顔を毎日毎日飽きもせず。もうすぐ帰国するんですから、やり残したことを全部やってきてくださいよ」
「やり残したことなど何かあったか?」
「そうですね。私であれば、妖精のお守り役と仲を深めることですかね」
「ダニエル……お前、言うようになったな」
エドガーの部下であるダニエルは、最近よく別邸に顔を出しているようだ。妖精のお守り役……エファと何かやり取りをしているようで、ほぼ毎日のように彼の口からエファやレインリットのことを聞かされて続けていた。
「エファさんでさえ、我々の仕事が秘密だということくらい理解してますよ。問題は別なのでは」
「わかっている」
ムッとしたエドガーは、したり顔のダニエルを睨む。すると彼はわざとらしく時計を見て、ポンと手を叩いた。
「ああ、こんな時間に! あと三十分くらいでお客様が訪ねて来られるんですよね。支度を始めないと間に合いませんよ、少佐」
「何故私が……なんだ、一体誰が」
「もちろん私に会いにエファさんが来てくれるんです。そのついでに妖精も来られるとか」
エドガーの腐れ縁な友人に似てきたダニエルは、最早ニヤつく笑みすら隠さずに浮かべている。まんまとはめられた形になったエドガーだったが、それでもレインリットがここに来ると聞いて、急に落ち着かなくなった。
――レインリット、私に会いに来てくれるのは嬉しいが……。
総督執務室でオーウィンからすべてを聞かされたレインリットが、こちらに対して壁を作ってしまったことを感じていた。気まずい雰囲気になってしまったことに、エドガーはどんな風に接していいのかわからなくなった。エーレグランツの社交界でしていたように、花束なんて渡してみたが彼女の満面の笑みは見られない。「隠していてすまなかった」という謝罪も、「お仕事ですから」の一言で終わってしまった。今さら自分が何を言ってもレインリットの心には響かないのではないか。最近ずっと途方に暮れており、らしくもなくウジウジと考えては溜め息の日々だ。
「断られたら立ち直れない」
「え?」
「いや、なんでもない。顔を洗ってくる」
つい声に出してしまったエドガーは、言わなくてもいい行き先を告げると扉を開ける。するとそこには、ちょうどノックをしようとしていたエファが立っていた。
「エファ、ああ、その、いらっしゃい」
「は、はぁ……」
妙にギクシャクとしたエドガーに不審な顔を向け、エファは後ろに控えていたレインリットのために場所を開ける。エドガーの背後では、ダニエルが笑い声を上げまいと必死に堪えていた。
「私はそこのダニエル様に用がありまして。伯爵様には大変申し訳なく思うのですが、私たちが戻るまでの間、お嬢様のお相手をしていただきたく」
どうやら、エファとダニエルはぐるになっていたようだ。なんともこじつけられた無茶苦茶な理由に、エドガーは閉口する。しかし、もじもじとしながらもエドガーを必死に気にすまいとしているレインリットの姿に、なんとも言えないものが込み上げてきた。
「そうか……ダニエル、午後いっぱい休憩してこい」
「ありがとうございます、少佐」
「レインリット、君はどこか行きたいところはあるかい?」
なるべく普通を装ったエドガーは、レインリットの手を取る。びくりと震えたその手が振り払われることはなかったので、少しホッとしながら部屋の中へと招き入れた。
「あ……の……あの」
「どうした、レインリット」
俯き、うろうろと視線を彷徨わせたレインリットは、ちらりとエドガーを見るとまた視線を逸らす。何かあるのだろうか、と思い、レインリットの顔を見ようと屈み込んだ。近づいたエドガーにまたもびくっと震えたレインリットは、聞こえるかどうか怪しいくらいの囁き声で喋り始める。
「お、お怪我の方は」
「ああ、それならすっかり大丈夫だ」
レインリットの奪還の際にエドガーは太腿を撃たれていた。幸い掠めただけで大した出血もなかったので、まだ少し引き攣れるものの支障はない。レインリットは安心したような表情になり、そしてまだ何かあるのか話を続けた。
「今日は、その……エドガー様にお会いしたくて……もうすぐお帰りになられてしまうので、時間が許す限り、お話ができたら、と」
その瞬間、エドガーはレインリットを抱きしめ、勢いよく扉を閉めた。「少佐、いきなり危ないじゃないですか!」というダニエルの抗議の声が聞こえたが、今はそれどころではない。勇気を出して、わざわざ会いにきてくれたのだ。レインリットの心に何が起きたのかわからないが、エドガーは一分一秒すら無駄にはしたくなかった。
「エドガー様、少し、痛いです」
思わず力が入ってしまったようで、レインリットが苦しそうな声を上げる。わずかに力を緩めたエドガーだったが、抱擁は解きたくなくて渋々片腕を離すに留めた。
「少佐、そんな浮かない顔を毎日毎日飽きもせず。もうすぐ帰国するんですから、やり残したことを全部やってきてくださいよ」
「やり残したことなど何かあったか?」
「そうですね。私であれば、妖精のお守り役と仲を深めることですかね」
「ダニエル……お前、言うようになったな」
エドガーの部下であるダニエルは、最近よく別邸に顔を出しているようだ。妖精のお守り役……エファと何かやり取りをしているようで、ほぼ毎日のように彼の口からエファやレインリットのことを聞かされて続けていた。
「エファさんでさえ、我々の仕事が秘密だということくらい理解してますよ。問題は別なのでは」
「わかっている」
ムッとしたエドガーは、したり顔のダニエルを睨む。すると彼はわざとらしく時計を見て、ポンと手を叩いた。
「ああ、こんな時間に! あと三十分くらいでお客様が訪ねて来られるんですよね。支度を始めないと間に合いませんよ、少佐」
「何故私が……なんだ、一体誰が」
「もちろん私に会いにエファさんが来てくれるんです。そのついでに妖精も来られるとか」
エドガーの腐れ縁な友人に似てきたダニエルは、最早ニヤつく笑みすら隠さずに浮かべている。まんまとはめられた形になったエドガーだったが、それでもレインリットがここに来ると聞いて、急に落ち着かなくなった。
――レインリット、私に会いに来てくれるのは嬉しいが……。
総督執務室でオーウィンからすべてを聞かされたレインリットが、こちらに対して壁を作ってしまったことを感じていた。気まずい雰囲気になってしまったことに、エドガーはどんな風に接していいのかわからなくなった。エーレグランツの社交界でしていたように、花束なんて渡してみたが彼女の満面の笑みは見られない。「隠していてすまなかった」という謝罪も、「お仕事ですから」の一言で終わってしまった。今さら自分が何を言ってもレインリットの心には響かないのではないか。最近ずっと途方に暮れており、らしくもなくウジウジと考えては溜め息の日々だ。
「断られたら立ち直れない」
「え?」
「いや、なんでもない。顔を洗ってくる」
つい声に出してしまったエドガーは、言わなくてもいい行き先を告げると扉を開ける。するとそこには、ちょうどノックをしようとしていたエファが立っていた。
「エファ、ああ、その、いらっしゃい」
「は、はぁ……」
妙にギクシャクとしたエドガーに不審な顔を向け、エファは後ろに控えていたレインリットのために場所を開ける。エドガーの背後では、ダニエルが笑い声を上げまいと必死に堪えていた。
「私はそこのダニエル様に用がありまして。伯爵様には大変申し訳なく思うのですが、私たちが戻るまでの間、お嬢様のお相手をしていただきたく」
どうやら、エファとダニエルはぐるになっていたようだ。なんともこじつけられた無茶苦茶な理由に、エドガーは閉口する。しかし、もじもじとしながらもエドガーを必死に気にすまいとしているレインリットの姿に、なんとも言えないものが込み上げてきた。
「そうか……ダニエル、午後いっぱい休憩してこい」
「ありがとうございます、少佐」
「レインリット、君はどこか行きたいところはあるかい?」
なるべく普通を装ったエドガーは、レインリットの手を取る。びくりと震えたその手が振り払われることはなかったので、少しホッとしながら部屋の中へと招き入れた。
「あ……の……あの」
「どうした、レインリット」
俯き、うろうろと視線を彷徨わせたレインリットは、ちらりとエドガーを見るとまた視線を逸らす。何かあるのだろうか、と思い、レインリットの顔を見ようと屈み込んだ。近づいたエドガーにまたもびくっと震えたレインリットは、聞こえるかどうか怪しいくらいの囁き声で喋り始める。
「お、お怪我の方は」
「ああ、それならすっかり大丈夫だ」
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