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最終章 果たされた約束
70話 語られた真実⑶
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「まずはあの男、クロナン・ヒギンズ、いやウィリアム・キーブルについて話そう」
オーウィンは眉間に皺を寄せ、難しい顔で話し出した。
クロナン・ヒギンズは、確かにオーウィンの異母弟だった。しかしその人物は、戦争によって亡くなってしまったらしい。亡くなったのはティルケット砦で、彼は軽騎兵旅団の一員であったようだ。ファーガルは偶然にもそこでクロナンと知り合い、そのことを手紙で知らせて来た。何度か本人と手紙のやり取りもしたオーウィンは、戦争が終わったらクロナンと会う約束をしていたのだ。
しかし戦況が激しくなったのか、手紙が途絶えてしまった。そして戦争が終わり、ファーガルの訃報を届けに来たのが、クロナン・ヒギンズに扮したウィリアム・キーブルだったというわけだ。
「私は愚かにも、それをすっかり信じてしまったんだよ。まさか、ウィリアム・キーブルがファーガルの私物から手紙のことを知り、最初から私を騙すために来たのだとは思ってもみなかった」
それから、クロナン・ヒギンズを異母弟として迎え入れる準備を進めていたオーウィンだったが、ファーガルに続けて妻まで亡くしてしまったことに意気消沈し、気づけばすっかり懐に入り込まれてしまっていた。そしてあの寒い冬の日、自分の友人だという男たちを連れてきたウィリアムによって、オーウィンは魔薬を飲まされたのだ。
「魔薬、ですって……あの男は、お父様に魔薬を使ったの?!」
「お前も脅されていたようだね。あれはその名の通り悪魔の薬だ。私はあの頃、心労のせいか常に頭が痛くてね。よく効く薬だと言われて、それを飲んでしまったんだ。そしてぼんやりとしてしまった私は、ウィリアムが差し出してきた書類に何の疑いもなく署名をしてしまった」
ウィリアムが連れてきていたのは、ソランスター乗っ取りに加担した、ソルダニア帝国の元軍人たちだった。何かがおかしいと勘づいたオーウィンは書類を奪い取って逃げたのだが、魔薬のせいなのかうまく考えがまとまらなかった。そして咄嗟に向かったのがフィゲンズにある教会だ。まさか新しく来た教導師までがウィリアムの仲間で、彼に撃たれて瀕死の重傷を負うとは思ってもいなかった、とオーウィンが重い溜め息をつく。
「私は運よく、心配して追いかけてきてくれた馬丁に助けられんだ。そしてカハルの妻の元に匿われた私は、少し動けるようになってからエーレグランツに渡ったんだよ」
オーウィンはそこまで話すと、意味ありげにレインリットを見つめてきた。父親の生死はこうして秘されたのだ。そして、そのあまりの壮絶さに彼女は何も言えなくなった。教えてもらえる状況ではなく、また、知らないことによって守られていたという事実を悟る。
「思いの外、身体の回復が遅れてしまって、お前を危険な目に遭わせてしまったことが悔やまれてならないよ。だが、不幸中の幸いだ。エドガー君たちが間に合ってよかった」
「エドガー様が、間に合った?」
「ああ、お前は詳しく知らされていなかったのだったね。エドガー君はソルダニア帝国陸軍の情報部の人間なんだよ」
「陸軍、情報部」
「私の古い知り合い、クリムゾール准将のところの秘蔵っ子さ。私はエーレグランツに渡ってしばらくしてから極秘裏に相談したんだが、まさかそこの主力幹部をつけてくれるとはね」
レインリットは殴られたような衝撃を受けた。オーウィンはまだ何か話していたが、まったく耳に入ってこない。陸軍情報部といえば、いわば密偵……諜報員が暗躍する機関のことだ。あまり軍隊のことに詳しくないレインリットでも名前だけは知っていた。
――では、私たちの出会いは、仕組まれていたの?
エドガーは最初からレインリットを保護し、そしてソランスターを守るため、ウィリアムを捕まえるために動いていたというのだろうか。
――そんな……あの時言ってくださった言葉は、想いは。
今思い出すと、エドガーは始め、レインリットに対して契約結婚のような申し出をしてきた。そうだった、と思い出して恥ずかしくなる。エドガーは最初からそのように提案してきたではないか。わからなかったのは、勘違いしたのは、自分の方だったのだ。
オーウィンは眉間に皺を寄せ、難しい顔で話し出した。
クロナン・ヒギンズは、確かにオーウィンの異母弟だった。しかしその人物は、戦争によって亡くなってしまったらしい。亡くなったのはティルケット砦で、彼は軽騎兵旅団の一員であったようだ。ファーガルは偶然にもそこでクロナンと知り合い、そのことを手紙で知らせて来た。何度か本人と手紙のやり取りもしたオーウィンは、戦争が終わったらクロナンと会う約束をしていたのだ。
しかし戦況が激しくなったのか、手紙が途絶えてしまった。そして戦争が終わり、ファーガルの訃報を届けに来たのが、クロナン・ヒギンズに扮したウィリアム・キーブルだったというわけだ。
「私は愚かにも、それをすっかり信じてしまったんだよ。まさか、ウィリアム・キーブルがファーガルの私物から手紙のことを知り、最初から私を騙すために来たのだとは思ってもみなかった」
それから、クロナン・ヒギンズを異母弟として迎え入れる準備を進めていたオーウィンだったが、ファーガルに続けて妻まで亡くしてしまったことに意気消沈し、気づけばすっかり懐に入り込まれてしまっていた。そしてあの寒い冬の日、自分の友人だという男たちを連れてきたウィリアムによって、オーウィンは魔薬を飲まされたのだ。
「魔薬、ですって……あの男は、お父様に魔薬を使ったの?!」
「お前も脅されていたようだね。あれはその名の通り悪魔の薬だ。私はあの頃、心労のせいか常に頭が痛くてね。よく効く薬だと言われて、それを飲んでしまったんだ。そしてぼんやりとしてしまった私は、ウィリアムが差し出してきた書類に何の疑いもなく署名をしてしまった」
ウィリアムが連れてきていたのは、ソランスター乗っ取りに加担した、ソルダニア帝国の元軍人たちだった。何かがおかしいと勘づいたオーウィンは書類を奪い取って逃げたのだが、魔薬のせいなのかうまく考えがまとまらなかった。そして咄嗟に向かったのがフィゲンズにある教会だ。まさか新しく来た教導師までがウィリアムの仲間で、彼に撃たれて瀕死の重傷を負うとは思ってもいなかった、とオーウィンが重い溜め息をつく。
「私は運よく、心配して追いかけてきてくれた馬丁に助けられんだ。そしてカハルの妻の元に匿われた私は、少し動けるようになってからエーレグランツに渡ったんだよ」
オーウィンはそこまで話すと、意味ありげにレインリットを見つめてきた。父親の生死はこうして秘されたのだ。そして、そのあまりの壮絶さに彼女は何も言えなくなった。教えてもらえる状況ではなく、また、知らないことによって守られていたという事実を悟る。
「思いの外、身体の回復が遅れてしまって、お前を危険な目に遭わせてしまったことが悔やまれてならないよ。だが、不幸中の幸いだ。エドガー君たちが間に合ってよかった」
「エドガー様が、間に合った?」
「ああ、お前は詳しく知らされていなかったのだったね。エドガー君はソルダニア帝国陸軍の情報部の人間なんだよ」
「陸軍、情報部」
「私の古い知り合い、クリムゾール准将のところの秘蔵っ子さ。私はエーレグランツに渡ってしばらくしてから極秘裏に相談したんだが、まさかそこの主力幹部をつけてくれるとはね」
レインリットは殴られたような衝撃を受けた。オーウィンはまだ何か話していたが、まったく耳に入ってこない。陸軍情報部といえば、いわば密偵……諜報員が暗躍する機関のことだ。あまり軍隊のことに詳しくないレインリットでも名前だけは知っていた。
――では、私たちの出会いは、仕組まれていたの?
エドガーは最初からレインリットを保護し、そしてソランスターを守るため、ウィリアムを捕まえるために動いていたというのだろうか。
――そんな……あの時言ってくださった言葉は、想いは。
今思い出すと、エドガーは始め、レインリットに対して契約結婚のような申し出をしてきた。そうだった、と思い出して恥ずかしくなる。エドガーは最初からそのように提案してきたではないか。わからなかったのは、勘違いしたのは、自分の方だったのだ。
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