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第5章 奪還作戦

67話 奪還作戦⑼

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 その声に下を向くと、ぼろぼろになったエドガーがこちらに向かってものすごい速さで走ってきていた。レインリットはその姿に安堵する。そして両腕を広げてこちらを見るエドガー目掛け、ぎゅっと目を瞑ると迷わず飛んだ。

 ――エドガー様!

 木から落ちた時と同じく、地面に落ちた衝撃はない。代わりに感じたのは温かく逞しい身体だった。初めて出逢った日にエドガーから抱きとめてもらった時に感じた温もり。そして安心感。間違いなく、ここはエドガーの力強い腕の中だ。

 目を開けたレインリットは、この世界で一番安心できる人の腕の中にいることに、全身の力が抜けていくのを感じていた。

「エドガー様」

 レインリットは、エドガーの煤汚れがついた顔をまだ痺れが取れない手で撫でる。するとその手を取られ、指先に唇を当てられた。

「レイン、レインリット……怪我はないか?」

「はい、エドガー様のお陰で、私は無事です」

「助けるのが遅くなってすまない……辛かっただろう、もう大丈夫だから」

 エドガーは、離さないとばかりに抱きしめてくる。レインリットも離してほしくなくて、でも腕に力が入らないもどかしさから、その広い胸に頬を擦り寄せた。

「すまない、君を守ると言いながら……」

「いいえ、エドガー様はこうして私を助けてくださいました」

「愛してる、レイン。君を、愛してる」

 震える声で愛を囁くエドガーに唇を求められ、レインリットはたまらず唇を迎え入れる。労わるようなキスは、すぐさま激しくなった。貪り尽くされるように、舌を吸われて絡めとられ、レインリットも負けじと応える。

「そうだ、レインリット」

「ふぁっ、んっ、エド、ガー、さま」

「君に、会わせたい人がいるんだ」

「んっ、い、今、ですか?」

 今はまだ、エドガーの温もりに包まれていたい。そう感じていたレインリットは、ますます身体を擦り寄せる。そしてしばらく戯れるように唇を食んでいたエドガーが微笑み、レインリットの髪に頬を寄せると囁きかけてきた。

「ほら、レインリット……あそこの窓から、君のことを心配そうに見ているよ」

 その声に、レインリットはエドガーと同じ方向を見る。そこは応接間で、硝子が割れた酷い状態の窓があった。

 ――あの姿は……?

 その窓から一人の大柄な男性がこちらを覗いている。シャナス公国の軍人のようで、威厳ある肩章のついた、公国海軍の総督の軍服だ。レインリットは、それを身にまとうことができる人物を一人しか知らない。

「エドガー様……あの、私の目は、おかしくなってしまったのでしょうか」

 それを認めるには、レインリットの神経はすり減りすぎていた。何度夢の中に出てきたことか、そして、何度虚しい気持ちになったことか。身体を震わせるレインリットを、エドガーはあやすように頬を撫でくれた。

「レイン……大丈夫、夢じゃないよ。自分で歩けるかい?」

「いいえ、いいえ」

 ゆるゆると首を横に振ったレインリットは、エドガーによってまるで宝物を抱えるかのように横抱きにされる。そしてゆっくりと、負担がかからないように進んでいった。近づいていくにつれ、レインリットの目に映る軍服の男性の姿が、段々と歪んで見えてくる。

「どうして、ここに……エドガー様、どうして」

 レインリットの瞳には、前がよく見えなくなるくらい涙が溜まっていた。そして、その雫がこぼれ落ちる前に、涙に揺れる男性に向けて手を伸ばす。

「お父様」

 あの日、失ってしまったとばかり思っていたその人――第十六代ソランスター伯オーウィン。それは確かに、レインリットの父親だった。

「お父様、お父様……」

「ああ、私だよ」

「生きて、いらしたのですねっ!」

「レイン、私のレインリット!」

 幻ではない証拠に、窓から飛び出てきたオーウィンが、エドガーからレインリットを受け取る。その逞しい腕でレインリットの腰を抱えたオーウィンは、頭上高くに持ち上げてクルクルと回った。

「お父様、お父様!」

「すまないね、お前には一人辛い思いをさせてしまった」

「いいえ、お父様、私には、私にはたくさんの人が側にいて下さいました」

 涙に濡れたレインリットは、父親に手を伸ばして力の限り抱き着いた。自分は決して一人ではなかった。エファが、カハルが、アンが……エドガーがいてくれた。レインリットは父親にそのことを伝えようとして下に降ろしてもらうと、キョロキョロと辺りを見回しエドガーを探す。そして、応接間の割れた窓の側で、シャナス公国の軍人や先ほど助けてくれたマクシミリアンと名乗った軍人と話しているエドガーを見つけた。

「エドガー様、こちらに……」

 レインリットはエドガーを呼ぼうとして、応接間の奥にギラリと鈍く光る何かを見咎める。

 ――あれは、何?

 嫌な予感がした。その光は、真っ直ぐにエドガーに向けられている。レインリットはその鈍い光の正体に気づき、父親の側から転がるように駆け出した。

「エドガー様っ、危ない!」

 悪意の弾丸が火を噴いたのが先か、それともレインリットの思いが届いたのが先か。

 辺りに真っ白な光が溢れ、その場にいた全員がその光に飲み込まれる。ガゥンという銃声が鳴り響いた庭には、その他に音一つない。

「レイン?」

 やがて光が消えたその場には、呆然と立ち尽くす軍人たちと、レインリットの身体を抱きとめたエドガーの姿があった。

「レイン? レインリット?!」

「エドガー様、ご無事、ですか」

 レインリットは微笑むと、色を無くしたエドガーに手を伸ばす。その指先は、力の名残りによって淡く光を放っていた。

「ウィリアム、貴様っ!」

「ばっ、化け物めっ、この、魔女が、お前のせいでっ!」

「黙れこの外道!」

 応接間の方から、エドガーに向けて拳銃を撃ったウィリアム・キーブルと誰かが争う声が聞こえる。しかし、レインリットにはその声すらも遠くなり、今にも泣きそうな顔をしているエドガーのことしか見えなかった。

「レイン、撃たれた、のか」

「どう、でしょう……どこも、痛くは、ありません」

 焦ったようにレインリットの身体中を弄り無事を確認するエドガーの隣に、同じく悲痛な顔をした父親の姿がある。

「レインリット、力を使ったんだね」

「お父様、ごめんなさい……どうしても、守りたかったの」

 レインリットが放った光は、思惑どおりに弾丸を弾いてくれたようだ。誰も怪我をしなかったことに安堵し、力のことを皆に知られてしまったことは、最早どうでもよく思えた。

「エドガー様、隠していて、ごめん、なさい」

「そんなこといいんだ、知っていたから。君の秘密ごと、君を愛しているよ。だから、それを理由に離れない……レインリット?」

 今までの緊張が一気に解けてしまったレインリットは、ゆっくりと目を閉じる。

「閣下、気を失いかけています!」

「いかん、早く休める場所へ」

 レインリットは再び誰かに横抱きにされ、どこかへ移動しているのを感じた。ふわふわと意識が朦朧とし始め、急速に力が抜けていくような感覚に襲われる。途中、何度もオーウィンとエドガーの心配そうな呼びかけを耳にしたが、返事をする間もなく意識を失ってしまった。
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